俳句ポスト365結果発表

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第3回 2013年2月7日週の兼題

金縷梅

  • よしあきくん一期一会の一句
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天

金縷梅や右ポケットに「春と修羅」
樫の木
 北国の春を告げて最初に咲くから「まんず咲く=まんさく」と名が付いたとの説はご存じの通りですが、「金縷梅」「まんさく」「満作」どの表記を選ぶかで、作品の印象が随分違ってくるのもこの季語の特徴。「金縷梅」の表記に、「春と修羅」の響きや字面がこんな具合に似合うのかと、軽い驚きを持って読んだ一句です。
 『春と修羅』は宮沢賢治の詩集。序に次ぐ最初の一編「屈折率」は「七つ森のこっちのひとつが/水の中よりもっと明るく」という一節から始まります。季語「金縷梅」の印象はまさに賢治が生きた北の大地。ひかりの躍る春です。「右ポケット」には愛読の詩集、賢治の国の「金縷梅」は、今その縺れた花弁を解こうとしています。

地

金縷梅のマス目はみ出すこどもの詩
初蒸気
 「金縷梅のマス目」とマ音の響きで始まる一句は、言葉遊びの楽しさ。生き生きと書かれる「子どもの詩」は「マス目」をはみ出す勢いで、生まれてきます。上五を「金縷梅や」と切らず、「金縷梅の」としたのは、その溢れるイメージを表現するための工夫ではないかと推測します。低学年用ノートの「マス目」をはみ出す「子ども」の躍るような文字が見えてくるような一句でした。
 同時投句「金縷梅や出来損ないですが何か」の「金縷梅」になりきった開き直りの台詞も愉快!
まんさくが咲いたと津軽便りかな
甘えび
 「まんさく」という平仮名表記がいかにも柔らかに感じられる一句。「津軽」という地名もさることながら、「津軽便りかな」の詠嘆がはろばろと彼の地を思う心にあふれています。
 「咲いた」は口語表現ですが、「〜かな」は文語の詠嘆。文体が入り混じった一句ですが、文語に統一して「まんさくが咲きぬと津軽便りかな」とすると、「咲く」という動詞の鮮度が落ちるように感じ、敢えてこの表現を選ばれたのではないかと思います。
 同時投句「まんさくや風にめくれる賢治の詩」は、今週の「天」の作品と同じ発想から生まれた一句。
金縷梅やゴッホになると言ふ男
たかこ
 「わだばゴッホになる」と言った「男」とは、青森生まれの版画家棟方志功。彼がこの言葉を叫んだエピソードを、今回改めてしみじみと読み耽りました。早春の寒さの中で一番に花を咲かせる「金縷梅」は、片目失明を乗り越え、ゴッホのように我流を貫き通した「男」に、確かに相応しい花であるよと共感致しました。
 同時投句「まんさくや方言で読む賢治の詩」は、なんと、先ほどの甘えびさんの句と上五下五が同じ。これもまた短詩系文学の面白さです。
まんさくの花東北の力たれ
村夫子
 「まんさくの花」に、日本中の思いを込めたメッセージソング。いち早く春を告げる「まんさく」は、まさに復興への願いそのものです。「〜たれ」は断定の助動詞の命令形。「東北の力たれ」という力強い措辞に胸を打たれた一句です。
 「東日本大震災の時、イギリスにいました。研修旅行の子供たちを引率していて、状況も分からず、帰国できるかどうかも分からず不安でした。帰国後、実態を知るごとに言葉をなくしました。今も震災については語る言葉がありません。昨年の夏、宮城と岩手を訪ねました。何もできなかったけれど、高野ムツオさんが、「来てくれるだけで」と言ってくれた言葉を励みに、遅まきながら、震災と向き合いたいと思うようになりました。句は、自分へのエールでもあります。/村夫子」
まんさくのクラッカー空へ次々
睡花
 「まんさく」の花の形状を、空へ向かって鳴らす「クラッカー」に喩えたのが痛快にして愉快。パパーンと飛び散る感じが、花の形態にも似ています。5534の破調のリズムですが、これがまた内容にぴったり!明るい春の訪れを祝福する「クラッカー」です。
 同時投句「荷をほどくようにまんさく咲きはじめ」も、「まんさく」の咲くさまを喩えた一句ですが、素朴な味わいです。
金縷梅やちりちりちりと充電す
  三橋鷹女の「昼顔に電流かよひゐはせぬか」を思い浮かべもしましたが、作品の趣きは全く違います。「金縷梅」の形状はまさに「ちりちりちり」と縺れたような花。その「ちりちりちり」というオノマトペが「充電」という言葉を連想させたのかもしれません。「充電」が終われば、空へと春を放電するのかもしれないと、そんなことも考えました。
金縷梅や山では父が先に行く
四万十太郎
 「山では」という条件が付くことで、山以外では「父」が先を歩いたりはしないこと、「父」は「山」の仕事で生涯を過ごしてきたに違いないこと、そんなある日の「父」を頼もしく微笑ましく懐かしく眺めている作者がいること等が、立ちどころに思い浮かんできます。かつてこの「父」から、春を告げる「金縷梅」の花を教えてもらったのかもしれないなあと、そんな想像も生まれます。
まんさくや子山羊に峰の名をつけて
ふづき
 春を待つようにして生まれた「子山羊」に「峰」の名前をつけたという一句。「子山羊」の生まれた村から見える「峰」でしょうか。飼い主がいつか行ってみたいと思っている「峰」の名かもしれません。「まんさく」の花の黄と、「子山羊」の白との対比も春らしいですね。
まず咲いてまんさくという名に恥じず
逸子
 「まんさく」という名の由来を詠み込んだ句は沢山ありましたが、ここまでストレートに詠んで、尚且つ詩として成立させているのは、やはりお見事!と誉めるしかないですね。「〜という名に恥じず」の語りに淡々たる説得力があります。
まんさくやわらしべ長者のその後のこと
松本だりあ
 こんな発想も愉快だなあ。拾った藁を他の何かと交換しながら歩いて、ついには長者さまになってしまうのが「わらしべ長者」のお話ですが、「その後」に思いを馳せたことはありませんでした(笑)。長者になってめでたしめでたし……では終わらない物語があるのかもなあ。
 この花がよく咲くとその秋の実りが豊かになると言われることから名付けられたのが、「まんさく」の名のもう一つの由来。「まんさく」「わらしべ長者」の付かず離れずのイメージが楽しい作品です。

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