俳句ポスト365結果発表

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第5回 2013年2月21日週の兼題

春の月

  • よしあきくん一期一会の一句
  • 初心者向け解説コーナー今週の俳句道場
  • 今週のお便り
  • 人・並選の俳句
  • 天・地の俳句

今週のお便り&俳句道場

☆今週の俳句道場~初級者向け解説コーナー
 
 さあ、今週も皆さんからいただいた投句をもとに、俳句のイロハを解説していきます。毎週読んでいるうちに俳句の作り方がわかってくる講座でございますよ。

●今週の「季重なりブラザーズ」 

春の月春野の夜は黙り込む 花粉症
 「この時期、月光はいささか消極的に映る。作者自身、あまり好きでないかも・・・」と子細ありげに語る花粉症さん。「春の月」も「春野」も季語だよ、と突き放そうとしたのですが…いや、待てよ。これは高知県の地名「春野」という可能性も否定できないなあ(笑)。
春の月桜舞う夜輝くよ なのは
春月に蟄居とかれる虫あるや 旭
隕石を懐手して春の月 相模の仙人
歌舞伎座の上に朧な春の月 笑酔

 俳句修行の第一歩は、歳時記と仲よくなること。各句のどれとどれが季語なのか、調べてみましょう。

●添削という杖~♪ 

ラテアートこれまたうれし春の月 竹春
 この句を文字通り読むと、「ラテアート」がこんなに可愛くて、なんて嬉しいことでしょう、見上げると「春の月」も美しく上っていますよ、という意味合いになりますが、作者の意向は少し違っているみたいです。
 「カフェラテのカップの表面に絵を描くラテアート。カフェの店員さんは、いとも簡単にハートや葉っぱをかいてくれるのですが、自分ではなかなかうまくできません。春の月という季語を知って、わたしのは春の月ということにしました。味はかわらないのだから。」というのが、竹春さんが表現したかったことなのですね。ならば、「ラテアート」で描かれた「春の月」であるよ、ということが伝わる表現にすべきかと思います。上五字余りになりますが、例えばこんな具合に。

 【添削例】 これまたうれしラテアートなる春の月

 ただこうした時に、「ラテアート」で描かれた「春の月」が季語として機能するかどうかについては、俳句界では意見が二つに分かれます。実際の「春の月」でないから季語として認めない派と、「春の月」が持つ季節の気分が感じられるからよいではないか派。意見の相違は相違として、まずは自分が表現したいことを正しく表現できる力を身につけることが、初級者コース到達目標です。

鉛筆を削りし窓に春の月 いーなん
 「難問がなかなか解けない私に、春の月は優しく応援をしてくれます」と語る作者いーなんさん。試験勉強中かな。
 さて、この句の問題点はたった一つ。中七「削りし」の「し」です。これは過去の助動詞「き」の連体形になりますので、過去においてすでに削り終わっている、という意味になります。作者のコメントから判断すると、これは今削っているという場面。ならば以下のように表現されるべきでしょう。

 【添削例】 鉛筆を削れる窓に春の月
       鉛筆を削る窓辺に春の月

 今ふと思ったのですが、イマドキ「鉛筆を削る」学生っていない?…んじゃないかな。ひょっとすると、いーなんさんは学生の頃を思い出して作ったから、「削りし」という過去の表現が思わずでてきたのかもしれないなあ、と。そう思って、年齢を確認してみると…五十代!なるほど、納得の過去の助動詞でありました(笑)。

 ついでの話になりますが、先ほどの添削例の「窓に」の部分を、「窓の」「窓へ」と変えてみると、「春の月」の様子(動き?)が違ってきます。比較してみて下さい。どの助詞が、いーなんさんのイメージした「春の月」に一番近いのでしょうか。

春月や大和眠るる海の底 稲穂
清談のひとつ生まるる春の月 稲穂
 こちらは動詞の問題です。
 前句「眠る」は四段活用の動詞で【ら・り・る・る・れ・れ】と活用しますから、連体形は「眠る」ですね。「眠るる」という活用形はありません。
 後句「生まるる」は、「生まる」が下二段活用【れ・れ・る・るる・るれ・れよ】ですから、連体形の「生まるる」は正しい形です。ただ、この句の場合は「生まるる」が「春の月」にかかっていくことをどう解釈するのか。「春の月」が「清談」のように生まれてくるよ、という比喩表現と読むべきなのでしょうか?そこは、ちと悩みます。

 初級者コースから、文法をマスターしようと焦ると俳句作りが辛くなる(苦笑)ので、まずは毎週作り続けていくことを実践しまょう。文法は、中級者コース上級者コースと進みながら、次第に覚えていけますのでね。

図書館という孤独かな春の月 ひで
 言葉には、その意味やイメージ、響き、字面、ニュアンス等からなる「質量」があると考えます。俳句は、言葉の質量のバランスをはかりつつ構成される十七音詩です。
 掲出句の場合、「~という」やや理屈めいたニュアンスの言葉、「孤独」という観念を、詩として一句に結実させたいわけですから「言葉の質量」のバランスに、もう少し心を砕く必要がありそうです。さらに「大学の図書館を見て詠みました。学部棟から離れて静かに佇むようすにはっとした感慨を込めています」という作者のコメントを踏まえて判断すると、中七「~かな」という詠嘆が、前半の理屈と観念を助長しているためバランスが崩れているのだと考えられます。

 【推敲ヒント】 春の月○○図書館という孤独 
  春月○○○図書館という孤独

 人によっては、「~という孤独」は理屈と観念である、と切り捨てる考え方もあるでしょう。が、時にはそういう言葉でそういう心を表現したいことだってあるわけですから、頭から否定するのではなく、作品として成立させるために「言葉の質量」について思いを巡らせることもあっていいだろうと、ワタクシは思います。

夏井先生

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