俳句ポスト365結果発表

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第5回 2013年2月21日週の兼題

春の月

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天

春の月もぐらの罠の濡れてゐる
松本 だりあ
「朧月」という季語もあるように、「春の月」は湿度を帯びて滲んでいる印象があります。それを思うと「濡れてゐる」はいかにもありそうな下五ですが、「もぐらの罠の」という中七の措辞により、一句の光景は薄闇の中から確かな手応えで浮かび上がります。
この「もぐらの罠」はどんなものでしょう。「もぐら」の進路に仕掛けられ、挟んだり突き刺したりする金属製の「罠」を想像しました。「春の月」の朧なる湿度は冷たい鉄の「罠」を濡らし、その「罠」の存在を感じつつ「もぐら」は息を潜めます。「春の月」の湿りが、やがて土中の「もぐら」たちへと及んでいくかのような夜の静けさ。優しい微笑みのような「春の月」の悪意。

地

一山は花の篁春の月
 「篁」は「たかむら」と読みます。【竹が群がって生えている所。たけやぶ】の意です。いやあー、それにしても佳い光景をごらんになりましたね!
 「ここに住んで二度目の竹の花です。一度目は二十数年前の女竹の花。二度目は今の真竹の花です。あまりにも美しい満月に照らされた篁でした。」と語る水さん。羨ましいなあ。
 「竹の花」は何十年に一度咲いて、その後一気に枯れてしまうのだと聞いております。「一山」を覆い尽くした「篁」の「花」の光景は、やがて愕然と枯れる「篁」のさまをオーバーラップさせます。下五に現れる「春の月」は、山の背後に現れる美しい月。「一山とまではないのですが少しオーバーに詠みました」とも書いてらっしゃいましたが、いえいえ、これは表現上の誇張。「一山」という言葉の持つ格調が、一句の世界を凜と広げます。
春月を吸い込むやうに象の鼻
ぼたん
 アニメーションのようなこんな味わいの一句にも惹かれました。夜の空にある「春月」のやわらかな光が優しくもあり、切なくもあり。「象のお腹がひかり浮いて故郷へ帰れたらいいです」という作者ぼたんさんの思いにも共感いたします。
春の月凭れて眠る象使
たかこ
 こちらも絵本のような一句。「象使」が象に「凭れて(もたれて)」眠っている、と読みました。サーカスのテントの片隅で、小さな象と小さな象使いが寄り添うように眠っている光景を「春の月」が優しく見守る、そんな物語を想像しました。同時投句「スプーンに乗せれば溶けて春の月」の発想も愉快です。
ペンギンの低く啼きたり春満月
毛利あづき
 動物が続きますが(笑)、大きな「春満月」と俯いた「ペンギン」のシルエットだけだとリアリティーの分量にやや不足を感じますが、中七「低く啼きたり」が「ペンギン」の存在を確かなものにしますね。自分が飼育係になって「ペンギン」のすぐ近くで、かすかな唸りのような声を聞いたかのような気持ちになりました。
純白の鸚鵡献ぜよ春の月
神楽坂リンダ
 またも生き物ですが、この一句は随分趣きが違います。一読したとたん、ワタクシの脳内に出現したのは、西太后の宮殿。「純白の鸚鵡(おうむ)献ぜよ」という静かな命令口調が、そんな妄想を引き出したのでしょうか。色鮮やかな「鸚鵡」ではなく「純白」という高貴と「春の月」の艶美な妖しさが、心を惹きつけてやまない一句でした。
宿題をしない子とゐて春の月
阿昼
「宿題はなかなかしないけど、好きなことのいっぱいある子です。月を見ることもそのひとつ」と語る阿昼(あひる)さん。この句の「春の月」は実に優しい色合いですね。「宿題をしない子」のやんちゃに手を焼きながらも、「春の月」の美しさには心を動かす子なのでしょうね。「~とゐて」の措辞に、親子で過ごすささやかな時間の感触を受け止めました。
 当の「宿題をしない子」からも届いておりました。「春の月おかあちゃんはへんなひと/ソウソウ」ははは!いいなあ、こんな親子。「へんなひと」呼ばわりされている「おかあちゃん」は、子どもの宿題が終わっても、お縁側で「春の月」をじーっと眺めてるような「ひと」かもしれないなあ(笑)。
春月と明日には歌う金糸雀と
すな恵
 この「春月」は淡いカナリア色なのでしょうね。♪歌を忘れたカナリアは♪という歌がありましたが、「明日には歌う」に違いない「金糸雀」は、今は籠のなかで静かに眠っているのでしょう。「~と~と」という並立と切れのない型が、一句の内容にも似合っています。
春の月花のかたちの蒙古斑
ふづき
 「蒙古斑」は赤ん坊のお尻にある青い痣のこと。大きくなっていくうちに消えていくものですが、その「蒙古斑」が何かの「花のかたち」に似ているという小さな発見。赤ん坊のももいろのお尻、ももいろの「花」、俳句で「花」といえば桜を指しますから、その連想もまた「春」のイメージに繋がります。潤んだような「春の月」が、しっとりと美しい夜です。
病む姉の春の月へと横たはる
てん点
 この句の眼目は「春の月へと」という表現。「病む姉」が寝ていて、そのベッドの向こうに「春の月」が見えるという単純な光景にしてないのが、「~へと」という措辞でしょう。「へ」は動作の方向、「と」は変化の結果を意味しますから、「春の月」へ向かってその場所へと今、横たわった…というニュアンス。「病む姉」の実体が「春の月」のように柔らかい微光を発しているような印象もあり、「春」という一語の感触に救われたような心持ちになりました。
退院前夜色あるものは春の月
初蒸気
 いよいよ明日が「退院」という夜。「色あるものは春の月」ということは、色のないものが別にあるということ?病院の白い壁、我が家ではない場所、そこで過ごした日々、それらに対して「退院前夜」の「春の月」は「色あるもの」として作者の心に息づいているのでしょう。明日の夜は、我が家で見ることができる「春の月」でありますね。
春の月光の縺れあつてゐる
樫の木
 さて、皆さんはこの句をどこで切って読みますか。「春の月」で切って「光の縺(もつ)れあつてゐる」と読めば五七五のリズムになりますが、「春の月光(げっこう)は縺れあつてゐる」と読むと、八八の破調となります。
 「春の月」の「光」は柔らかく、あえかで、かすかな湿度をおびていて、月光の一筋ひとすじは細い絹糸のように縺れ合っている、という感覚がいかにも繊細な一句。これは好みの問題になってくるのかもしれませんが、ワタシは断然「春の月光」と読みたい派です。なだれるような声調が一句の心をさらにかきたてると思うのですが、いかがでしょうか。

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