俳句ポスト365結果発表

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第51回 2014年1月16日週の兼題

節分

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今週のお便り&俳句道場

■今週の俳句道場~初級者向け解説コーナー
さあ、今週も皆さんからいただいた投句をもとに、俳句のイロハを解説していきます。毎週読んでいるうちに俳句の作り方がわかってくる講座でございますよ。

◆俳句の正しい表記とは
福は内 笑顔に勝る 福はなし  忠男
節分で 投げた豆が 晩ご飯  おーかゆかり
節分の うっかり豆を 買い忘れ  権蔵
どこよりも うちは賑やか 節分は  三丁目のママ
節分の 夜は忙し 鬼が島  相模の仙人
○俳句は五七五の間を空けず一行に縦書きするのが正しい表記です。ネット俳壇の横書きは、泣く泣く許容しております。強い芸術的主張がある場合、敢えて分かち書きしたり、多行書きしたりもしますが、初心の時期は基本を守っていきましょう。
 俳句の修行の第一歩は、正しい表記から~♪次のご投句待ってますよ。

節分や俳句は分かち書きなくす  写俳亭みの
●暦の季節の区切りはいいが、俳句の分かち書きはダメよ、ぐべの実君。でも、タイムラグがあるから、急にはムリですよね。/写俳亭みの
●「俳句の正しい表現とは」のトップに2回も登場して、「目立っていいや」とか半ば喜んでいたら~(ああ鈍感)今回から直しましたので、前回2回分は大目に見て下さいね(笑) /ぐべの実
○気づいて下さってうれしいよ、ぐべの実くん!時間をかけて一つ一つ覚えていけばいいですから、ご安心を~。ゆっくりたっぷり学びましょう♪

◆季重なりブラザーズ
節分や 隙間風さえ 鬼にみゆ  芥川 光正
春ちかしせつぶんに豆まきたのし  れい子
受験生母の巻き寿司節分に  つむぎ
○季語が複数入っている名句もあるので、絶対にダメ!とは言いませんが、複数の季語を作品として成立させるのは、上級者コースの技。まずは、一句一季語からコツコツ練習です。

◆兼題の考え方
お人よし今年も豆に打たる役  太
パンパンや一年分の豆と福  水澤縫包
●やっぱりいっぱい食べちゃいますよね! ほんともう食べんでいいなってくらいまでwちっさな幸せですが、これから一年の期待にしちゃうなーって感じです。/水澤縫包
○本サイトでは毎週「兼題」と呼ばれるお題を出していますが、季語が出題された場合はその季語(あるいは、その季語の傍題)を必ず詠み込む、というのがたった一つのルールです。今回の場合でしたら、「節分」という季語(あるいはその傍題)が必ず入っていなくてはいけません。「節分」が一体どういう季語なのか、次の「季語深耕」をじっくりと読んで下さい♪

◆季語深耕
節分や気分新たに明日からは  八木高穂
節分は季節変わりの前日だ  みかん
四季と言う季節の扉節分か  竹庵
●本来の節分は四季を分ける扉だった。…それを開けると次の季節がやってくる。/竹庵
○まさに「節分」とは、四つの季節の分かれ目でした。かつては、四季の分かれ目がそれぞれ「節分」だったのですが、次第に「立春」の前日を指すようになりました。
●時候の季語「節分」は難しかったです。発想が、どうしても「豆まき」になってしまい、立春の前日との本意をうまく捉えられませんでした。/大五郎
●直接形が見えない季語はやっぱり難しいです。豆、鰯、鬼からなかなか抜け出せません。無理に抜け出そうとすると、立春と何が違うのかってなるし。。。/夢堂
●「節分」、難しいです。節分=豆まき、と思ってしまうけれど、節分はあくまで時候、豆まきは行事と、季語の分類上は別物。豆まきに寄り過ぎないようにしなくてはならなかったのかな…ぐぬぬ…。/とおと
●節分は時候の季語、豆撒きは人事の季語なのですか。またこれは混同してはいけないところなのでしょうね。むー難しい~。/鞠月
●最初、節分の季語を見た時、節分会の事だと思って、豆まきや鬼やらいの俳句を考えました。歳時記で確認をして、別の季語と知り慌てました。/きのと
○きっちりと季語の本意を調べた皆さんは、一様に困惑してますね。小さな歳時記や季寄せでは、「節分」の項目に「追儺・鬼やらい・豆撒き・年の豆・福は内・鬼は外」等が一緒に載ってるものもあると思います。本サイトは、講談社版『新日本大歳時記』を底本としていますが、本来「節分」は時候の季語であり、「追儺・鬼やらい」「豆撒き・年の豆・福は内・鬼は外」等は人事の季語となります。ジャンルそのものが違うということです。

撒くよりも食べるが良しと豆が減る  蒼晴
犬小屋に福は内にと豆を撒き  誉茂女(よもじょ)
○こちら二句は、「節分」の句ではなく「豆撒」の句になっています。

節分や隣家の声で豆撒きし  しかもり
○「節分」は時候の季語、「豆撒」は人事の季語。季重なりということになります。

吉報の待ちきれず咲く節分草  みけ
○こちら「節分草」は、植物のジャンルの季語。春の季語になります。

追儺鬼子らはゲームにしがみつき  赤色
鬼遣らひ吾に巣くひ住む鬼も又  すみ女
鬼やらふ道を開けさす警察官  太
●初めて投稿させていただきます。ご指導、よろしくお願いしたします。(*_ _) 兼題の「節分」は、節分の周辺の鬼やらい・福はうち等は、兼題「節分」には、使えないのでしょうか。/宙
○基本的には、別のジャンルの季語になるわけですから、使えないというよりは、別の季語として表現するのがベストだと考えるべきでしょう。

節分会豆の絡まる親不知  赤色
蒼天にかぶら矢ひびく節分会  浅葱
せめて甥のために鬼なる節分会  四万十太郎
街道に豆てふ灯節分会  希望峰
節分会火箸の触るる音のする  登美子
節分会門前町の善哉屋  山歩
節分会終わりて凛と夜広し  ノリコ
節分会鰯の匂い持ち帰り  山風禅
出番待つ笑顔の鬼や節分会  すみ女
警官の頬の薔薇色節分会  小野更紗
節分会とほくとほくに鬼のこゑ  小泉ルリ
節分会出雲大社に大蛇舞ふ  喜多輝女
節分会清めの香の苦甘し  妙
氏神も氏子の減りて節分会  竹庵
故郷は今町工場節分会  麗門@私の生まれ故郷は東京下町。零細工事用と機械油の臭いの漂う町でした。
弁慶のゆかりの土地の節分会  芭村@兵庫県播磨地方にある書写山は、弁慶ゆかりの場所です。
軍師官兵衛豆を撒く節分会  目黒輝美
撫で肩も鬼になりけり節分会  クズウジュンイチ
節分会児等を泣かせて襖陰  金平糖
母の忌の一日前の節分会  木よし
園児みな鬼役志願節分会  渕野陽鳥
全世界家内安全厄参り  しおかぜ
節分会家族のルーツ語る父  津葦
曇りなき天地人に節分会  かを丸
鬼の面並ぶ園児の節分会  かなぶん
○本サイトの底本である講談社版『新日本大歳時記』には、「節分会」「厄参り」は載っていません。「年越詣」の傍題として「節分籠」「節分詣」がありますので、これを指すのかもしれません。「厄落し」「厄払」は別の季語として採録されていました。

節分や豆の数だけ鬼が来る  みちる
●節分は、本来時候の季語なので、豆や鬼を言うなら節分会とか追儺を使うべきかと思ったのですが、この点、過去の作例は余り厳密ではないような気がします。/みちる
○歳時記によると、全く厳密でないものもありますね。過去の作句例も然りです~(苦笑)。歳時記編者の考え方によって、かなりバラツキがあるのが現状ですが、『新日本大歳時記』には、時候の季語と把握している例句もちゃんと載っています。さすがですね!

節分や灰をならしてしづごころ  久保田万太郎 
  節分や梢のうるむ楢林  織部仁喜
  節分の雲の重たき日なりけり  稲畑汀子

節分や今宵は鬼も揚々と  うに子
●「泣いた赤鬼」の異形の悲しみはおさな心に染みました。節分と鬼はありきたりですが年に一度くらい鬼も待ち望まれる夜があっていいはず。「鬼やらい」とかぶりそうですが鬼という言葉は使ってもいいのでしょうか?/うに子
○「鬼」という言葉を使っても構いませんが、類想類句が沢山でてくる可能性がありますので、いかにして独自性を保つか?というハードルはかなり高いでしょうね。掲出句が、類想類句の同心円の外にあるか?と問われると、ちと微妙かな……。ちなみに『新日本大歳時記』には、こんな例句もありました。さすがですね!

  節分や海の町には海の鬼    矢島渚男

勿論、みちるさん指摘のように微妙な例句もありますが、それらについての考察は次の機会とさせて下さい。

節分や私の中の鬼退治  さとう七恵
節分や来し方我が鬼なりし  しげる
節分や心の鬼を手なずけて  はなこさん
節分や鬼と折り合いつけ生きる  れんげ畑
節分や心の内なる鬼退治  八木高穂
節分や鬼は己の胸の内  ゆう
節分や内なる鬼を又逃がし  むじーじ
節分の小さな鬼を飼ってます  宙
●自分自身の中に、暗いなにかが棲んでいます。多分、それは、小さな鬼だと思います。/宙
○「鬼」という言葉を、自分の心の中の「鬼」として表現した句。これらの評価は悩ましいですね。どの句も「節分」ではない季語との取り合わせを考えてみることで、中七下五のフレーズをさらに活かすことが可能ではないかと思います。推敲してみてはいかがでしょうか。

◆類想類句という落とし穴~『プレバト』の兼題も「節分」だった!
○先週のTBS系『プレバト!』は、豆撒きの写真を見て俳句を作るというのが、兼題でした。出演者の皆さんの句を、「才能あり・ど凡人・才能なし」の三ランクに分けて解説するという教養バラエティー番組ですが、この日の放送でワタクシが「ど凡人」に選んだ数句には、どれも似たようなキーワードがありました。

節分や鬼に当たらぬ豆を食ふ  鼓吟
節分や鬼に豆まき追いはらう  宏海
節分の鬼役いつしか逃げだして  宙
節分の鬼の正体様々に  パオ
節分や豆撒く鬼の哀れなり  ペコちゃん
節分のシャツ裏返し鬼笑う  ゴマ四郎
○「節分=豆、鬼」という発想は、まさに類想類句。「節分」という季語の世界で、「豆・鬼」という言葉を入れて、尚且つ独自の句を作る?というのは、至難の業であります~(苦笑)。

節分や替りばんこの逃げる役  青萄
●「節分」という季語の句に、豆とか鬼が出てくるとゲンナリするだろうな、という組長への忖度はあれども、やっぱりこんな句しか思いつきませんがね(汗)。/青萄
○ふふふ、心配して下さってありがとう。せめて「豆」「鬼」とかを使わないでなんとかしよう!という青萄さんの一句には、涙ぐましい工夫が見て取れます(笑)。

節分や泣きまどう稚児笑う鬼  ぐみ
節分会孫泣き止まず鬼しょげる  志乃@不器用な父でした。
父の鬼節分の豆そっと投げ  いっちょう
節分や見得切り廊下渡る父  あらた
節分で 逃げ惑う父 笑う母  おーかゆかり
節分の鬼は親父に鬼は外  枯れ木の日向
節分や父ならばこそ鬼を追ふ  尚川
節分や未だに出来ぬ父の真似  旧重信のタイガース
●私が子供のころ、当然、うちでは、父親が『鬼』。またこれが、迫力のある鬼でした。そして、私が父になって今年で九年目。毎年『鬼』を演じますが、やはり、未だにあの『父鬼』の真似すらできません。/旧重信のタイガース
○『プレバト』でも、「ど凡人」とされた句は、「豆・鬼・父・子・泣く」という連想上に出来上がってましたね。再度言いますが、これらの言葉を使ってはいけないのではなく、これらの言葉を使って「節分」の名句を作るのはウルトラ技である!ということです。

節分に水戸黄門の福は豆 力
節分や舞妓の投げし豆つぶて  湯生
○うーむ……投げている人を「水戸黄門」「舞妓」にしてみるという工夫は評価できるのですが、結局のところ「節分・豆」というパターンからは抜け出ていないわけで、『プレバト』でしたら、この二句はささやかな工夫を評価して「ど凡人」の上位?ぐらいになるかな…(苦笑)。

節分やスニーカーより豆ひとつ  あつちやん
節分の豆を食みたるパパの靴  舞
○『プレバト』兼題「節分」の回で、1位になったフジモン(藤本敏史)さんの「節分の次の日靴に豆一つ」は、ここに掲げた二句のような類想の範囲にあるのですが、ズブの初心者であるフジモンさんが『プレバト』俳句コーナー出演三回目にして、ここまでやれたのは、やはり誉めるべきでしょう!
 収録の後、フジモンさんに第1位のご褒美がてら『殿様ケンちゃん俳句手帳』をプレゼントしました。「先生、三回目なんでボク本気で考えに考えました!」と句作の苦労と楽しさを熱く語って下さいました。これを機会に、俳句ファンになって下さったら嬉しいなあ♪これもまた小さな『100年俳句計画』だな~♪

◆添削という名の杖~♪
節分や八十路に近しハーモニカ  馬場 馬子
●あと数年で80歳になる。若いころ吹いたハーモニカで、「帰り船」「湯の町エレージ」など何となく吹いてみたくなったのだ。/馬場 馬子
○「節分」=明日から春だ!という季節の気分に対して、「ハーモニカ」を吹きたくなるという思いを取り合わせたところがいいですね!問題点は一つだけです。「節分や」で強く切れて、「近し」が終止形の切れ…ですから、全体がブチブチ切れた感じ(三段切れ)になります。中七を「近き」と連体形にするだけでOKですよ。
   【添削例】 節分や八十路に近きハーモニカ

節分や柊の花咲きにけり  鵯
○「節分」「柊の花」が季重なりで、「~や~けり」と強い切字が二カ所あることがこの句の問題点です。ただ「節分」という時候に匂い立つ「柊の花」の実感はありますから、「柊の花」を比喩として使うことはできそうです。例えばこんな感じ…
   【添削例】 節分は花柊のごと匂ふ

節分や花のかたちの弦を張る  東てるっち
○非常に気になる句なのですが、「花のかたちの弦」というのがどういうものか、ちと分からない…。一つ一つの言葉のもっているイメージの連なりには惹かれているのですが…、これは作者に聞いてみないと分からない範疇の作品。気になるなあ~。

節分に祖母は浴びるやながれだま  麦太朗
○「節分」で「豆撒」というと季重なりになるから、「ながれだま」なんて表現をしたところに工夫があります。が、「節分」が時候の季語だとなれば、ちとマズイ…。人事の季語「鬼やらい」「豆撒や」等を使えばいいですね。例えばこんな感じかな~。
   【添削例】 鬼やらい祖母の浴びたる流れ弾
   【添削例】 豆撒の祖母が浴びたる流れ弾

書置きの筆圧強し節分夜  露玉
●節分で思い浮かぶのは、何故か夜。大晦日とのイメージの違いは、力の入った強い感じ。後は日常の続きみたいな。/露玉
○この取り合わせの感覚は佳いですね。ただ下五は「節分夜=せつぶんよ」と読ませたいのでしょうか。この読み方には、ちと無理があるか。「節分」の傍題に「節分=せちぶ」という読み方があるようですので、せめて「節分の夜=せちぶのよ」としては、いかが。
   【添削例】 書置きの筆圧強し節分の夜

◆質問、お便りきてます!
●組長質問です!兼題「竹馬」の人選、ぼたんさんの「竹馬やいろはにほへと知らない子」は久保田万太郎の「竹馬やいろはにほへとちりぢりに」が元になっていると思われますが、本歌取りというものでしょうか?また、句会においてはどのような位地に置かれるものなのでしょうか?
 ぼたんさん、ただの興味であり、ケチをつけたり非難の意味ではありませんので、お名前と句をだしたことはご容赦願います。また、上記のような意図ではなかった場合も、鼓吟の勘違い野郎め!と笑って許していただけたら助かります。/鼓吟
○どこまでを「本歌取り」と考えるべきかという問題提起でしょうね、鼓吟くん。久保田万太郎の句は非常に有名ですから、「竹馬やいろはにほへと」までくると、さてここから下五をどう引っ繰り返してくれるのか?と期待しますよね。ぼたんさんの句は、かつて万太郎が「竹馬やいろはにほへとちりぢりに」と詠んだ時代を踏まえ、現代にワープします。「いろはにほへと」を「知らない子」たちは「竹馬」にも乗れない…と読んでもいいですし、「いろはにほへと」は知らないけど、かつての子どもたちのように元気に「竹馬」で遊ぶ姿は変わらない!と読んでもいいでしょう。
 「本歌取り」とは、【古歌の語句・趣向などを取り入れて作歌すること】と辞書には解説してありますが、本歌を踏まえた上で新しい世界へと展開してくれなくてはいけない。例えば「竹馬やいろはにほへとまた明日」のような作り方をしては、全くもってつまらない!そこが、判断の分かれ目ではないかと考えております。以上、私見。
 「句会においては…」というご質問の意味は、よく分かりません。句会であろうがなかろうが、基準は同じではないかと思いますが、いかが?

●兼題「霜」で拙句を添削していただきありがとうございました。見違えるようにすっきりした句になってびっくりです!これからは語順や細かい言葉の使い方にも注意しながら作っていきたいです。さて「海原」が季語だと書き込みをした件なのですが、私の勘違いでした……。当時は紙の歳時記を持っておらず、インターネット上で季語を検索したりネット上の簡易版歳時記のようなものを利用したりしていました。季重なりのチェックのために「海原 季語」と検索したところ「海原」を含む句をまとめたページを見つけ、碌に確認もせず「海原」が季語だと勘違いしてしまいました。改めて閲覧すると、どの季節の季語かも書かれておらず、掲載句を見ても季語としての「海原」でまとめたものでないことは明らかでした。とんだ早とちりでお騒がせしてしまって申し訳ありません……。先日書店で歳時記を購入し、以降はそちらを利用しています。学習を重ねていきたいと思いますので、今後とも宜しくお願い致します。/音絵
●「霜」の季語深耕、大変興味深く拝読いたしました。あまり深く考えず、「霜の夜」で投句してしまった我が身が恥ずかしい……。「季語を知る」ということは、何と楽しく奥深いものなのでしょう!/毛利あづき
○いよいよ歳時記を買って下さいましたか、音絵さん。そして、火曜日「季語深耕」を真剣に読んで下さってる毛利あづきさん、ありがとう。今週の「節分」もかなり手強い季語でしたね。ワタクシも、毎週いちいち勉強になってる!というか、勉強させられている感じです(笑)。一緒に、楽しく季語を深耕してまいりましょう♪

夏井先生

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