俳句ポスト365結果発表

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第92回 2014年11月13日週の兼題

  • よしあきくん一期一会の一句
  • 初心者向け解説コーナー今週の俳句道場
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  • 人・並選の俳句
  • 天・地の俳句

天

鯨待つ砲手の洟の乾きけり
クズウジュンイチ
 「鯨待つ砲手」という人物を一句の世界に置いてみるだけならば誰にでもできますが、この人物に強いリアリティをもたせられるか否かが、かなり高いハードルです。
 一句を読んだとたん、行ったこともない南氷洋の捕鯨船の甲板に自分がワープしていることに驚きました。荒れる波、上下に揺れる船、冷たい波飛沫、悴む手、鯨が近くにいると分かる緊張感、「砲手」の横顔。垂れた「洟(はな)」が、そのまま乾いているという描写の、なんたるリアリティでしょう。さらに一瞬も気が抜けない時間の経過が「乾きけり」という詠嘆となります。
 「けり」は過去の助動詞ですが、元々は【気づき】を意味する語であったそうです。その状況は兼ねてからそこにあったのに、今、ハッとワタクシが気付いた!という意味で、詠嘆や強意を示す言葉として変化しました。「鯨待つ」という状況、「砲手」という人物、その「洟」がバリバリに「乾き」きっているという状態、それらが抜き差しならぬ映像として読み手に迫ってくる、迫力の「けり」の一句でありました。

地

オキアミの雪崩るゝ如く鯨割く
藻川亭河童
 引き揚げられた「鯨」の腹を割いたとたん、さっき飲み込んだばかりであろう「オキアミ」が「雪崩」のように崩れてきたというのです。「オキアミ」という小さなモノから、「雪崩るゝ」という比喩へ、さらに「鯨割く」という状況へ、よどみなく映像化される言葉の連続。いやはな見事な作品です。
輸送機の眼下はるかに鯨の背
スズキチ
 飛行機ではなく「輸送機」の一語が活きています。物資を補給するために飛んでいる飛行機は、どこを目指しているのでしょうか。私は、南極の観測基地への食料補給の場面を想像しました。「眼下はるか」に広がる南氷洋、小さくみえる「鯨の背」は、この任務におけるささやかな楽しみでもあるのでしょう。
西ノ島育つ鯨が来たる日も
奈津
 「西ノ島」噴火のニュースに驚いたのも束の間、さらにどんどん島が広がっている事実に圧倒されます。「西ノ島育つ」と言い切った後に出現する「鯨が来たる日も」というフレーズが、実におおらかな詩。「鯨」たちにとっては、大自然のこのような変化は、驚くべきことではなく、共存していくべき当然の環境なのでしょう。
 以下、作者奈津さんのコメントも掲載しておきます。
●西ノ島が旧島をどんどん飲み込んでいく様に驚愕。自然界は常に人知の遥か上を見せつけるな…。鯨は頭の良い動物らしいから、海の中で起こっていることなど人間の何百倍も知っているような気がします。/奈津
鯨飛ぶかつて前肢だったもの
理子
 「鯨」が哺乳類であるということは、知識として理解しているのですが、なかなか納得しにくい感覚です。が、「鯨」の鰭を「かつて前肢だったもの」と表現されると、あの跳躍力が腑に落ちます。「かつて前肢だったもの」を波に叩きつけ、「鯨」は「前肢」が「前肢」であった頃の空を恋うかのように波飛沫をあげて飛ぶのです。
星幾つ死なば鯨は人となる
ヤスハル
 「鯨」が哺乳類として陸にいた時代そして海を選んだ時代、そんな悠久の時間に思いを馳せれば、いつか「鯨」が「人」になる日もくるのではないかという妄想も生まれます。「星幾つ死なば」は仮定形、星が幾つ死んだとしたら、鯨は人になれるのでしょうか、という句意として読ませていただきました。
使い古した歯ブラシと日本がくじらを捕る理由
ねこ端石
 自由律の一句です。「使い古した歯ブラシ」というモノと「日本がくじらを捕る」という行為が「理由」という一語で並立に並べられる不可思議な説得力。「歯ブラシ」は常に使い古されるように、「日本がくじらを捕る理由」にも、これといった理屈があるわけではないのでしょう。当たり前のこととして「歯ブラシ」は古び、当たり前のこととして「日本」は「くじら」を捕り続けるのです。
映写機の光ずどんと鯨撃つ
はまゆう
 古い白黒ニュース映像のワンシーンが生々しく蘇ってきました。画面の傷がバチバチと光る「映写機」の映像。その画面には捕鯨の現場が映し出されています。「映写機の光ずどん」が、かの時代の映像の手触り。この時代の捕鯨は、食料を確保してくれる華々しい仕事であったに違いありません。
鯨の血のいろ晴れの日のそらのいろ
葛城蓮士
 先ほどの句の映像ニュースが、いきなりカラーになったかのような感触の一句。巨大な「鯨」がながす「血のいろ」は、捕鯨船の向こうに広がる「晴れの日のそらのいろ」とのあいだで強烈なコントラストを生み出します。表記の工夫が、一句の内容をひそやかに支えています。
瞑想の鯨はきっと歯が痛い
田中ブラン
 哲学者みたいに「瞑想」している「鯨」って「きっと歯が痛い」んだよ、という発想そのものが愉快な詩です。こんな「鯨」とお友だちになって、哺乳類と歯痛について真面目な議論をかわしたいものだと思います。工藤直子さんの「哲学するライオン」みたいな「瞑想の鯨」です。

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