俳句ポスト365結果発表

  1. TOP >
  2. 結果発表 >
  3. 冬至粥

第94回 2014年12月4日週の兼題

冬至粥

  • よしあきくん一期一会の一句
  • 初心者向け解説コーナー今週の俳句道場
  • 今週のお便り
  • 人・並選の俳句
  • 天・地の俳句

天

災の字は火の氷るごと冬至粥
花屋
 「冬至粥」は厄災や邪気を祓うという意味を持つ風習。厄災の「災」は、「火」という字が入っているのに氷っているような気がするよ、という発想に惹かれました。
 最初読んだ時、「災の字は火の氷るごと」という比喩が「冬至粥」の温度を下げているような気がして、ちと不味い冬至粥か?とも思いました。食べ物の季語は、美味しそうに描くのが基本だと考えますので、そこがちょいと引っかかったわけです。が、よくよく考えてみると、「災の字は火の氷るごと」という措辞の後に、沸々と煮る火は連想されるではないか、と思い直しました。
 「災」という字はいかにも厄災っぽいよ、だってこの一字は「火」が氷ってるみたいじゃないか、という思いが「冬至粥」を煮るという行為を意味あるものにします。厄災をやっつけるように、「災の字」を溶かすように、「冬至粥」を煮る「火」はあたたかい色に揺れています。熱々の「冬至粥」をふうふう食べれば、人々の心にある氷った「災」をことごとく溶かしてくれるに違いありません。喉から腹におちてくる粥の熱さこそが、「災」が溶ける実感となって、季語「冬至粥」を表現します。
 「冬至」という言葉の持つ冷たいイメージが「氷る」の一語に、「粥」の一字が持つ熱いイメージが「火」に一字に、それぞれの言葉が巧く印象を重ね合っているところも、よく工夫された作品です。

地

冬至粥瓦斯の炎の几帳面
鞠月
 こちらは「冬至粥」を煮る「瓦斯の炎」を描いた一句。「几帳面」という擬人化が、「冬至粥」という風習をきちんと実行している人物の横顔を思わせます。少し青みがかった「瓦斯の炎」は、律儀に実直に「冬至粥」を煮立たせていきます。
喉元に邪鬼の一匹冬至粥
今野浮儚
 「邪鬼」「邪気」という言葉がでてくる句が沢山届いた今週ですが、なるほどこういう展開もあったかと愉快になりました。「喉元」にいる「邪鬼」は、熱々の「冬至粥」にやっつけられてしまうのでしょう。自分の喉元に巣くっている「邪鬼」は、言いたいけど言えない悶々とした思いかもしれませんし、もっと根源的な「邪」の存在なのかもしれません。
灰汁色の夜のしっぽや冬至粥
 「灰汁色の夜のしっぽ」という比喩に惹かれます。小豆の「灰汁」の色かなあと読みました。ことことと煮る行為が「夜のしっぽ」という感覚とも響き合います。「~や」の詠嘆の後、季語「冬至粥」の画面に切り替わる構造も、内容に似合っていますね。
仏壇と雀に小分け冬至粥
しげる
 「仏壇」に「冬至粥」を供えるという発想の句はいくらでもあるかと思いますが、「仏壇と雀に」となると、一茶翁のような好々爺のイメージ。「小分け」という行為が季語「冬至粥」をほのぼのと描きます。勝手な読みですが、「仏壇」には婆さんの位牌があり、長年連れ添ってくれた妻を思いながら暮らす日々が見えてくるような気がします。
よく世話をするとほめられ冬至粥
ちえ
 「よく世話をする」と誉められているのは、お嫁さんでしょうか。義父も義母も病気だったり認知症だったりする、そんな家を支えているお嫁さん。よく世話してあげてるよねえ、アンタは、なんて誉めてくれているのは親戚のオバサンでしょうか。冬至の日には「冬至粥」をコトコト煮る、できたお嫁さんであります。
十日目の一人湯治や冬至粥
小市
 「十日目」「一人」という数詞が良い効果を生み出している一句。気長に治療していく「湯治」ですから「十日目」は、少しずつ身体が楽になってきたなあ~という感じでしょうか。「十日」「湯治」「冬至」の韻がなだらかに調べを作ります。
冬至粥すかすか骨にしみとほる
いさ
 「冬至粥」が「すかすか」ではなく、「すかすか骨」と読みました。骨粗しょう症みたいな「すかすか骨」ですね。熱い熱い「冬至粥」が胃の腑にしみ通るという発想はあるかと思いますが、我が「すかすか骨」に「しみとほる」という実感が愉快な作品です。
冬至粥放屁の割れる仕舞風呂
竹庵
 「仕舞風呂」の悲哀めいたものはあまり感じませんで、飄々たる俳諧味の一句と読みました。腹一杯「冬至粥」を食って、おおーこれで邪気も厄災も祓いまくったぞ~と言いながら、一日の疲れを落とすべく「仕舞風呂」に入る。満足の「放屁」一発が、己の尻の下で「割れる」という愉快。日々を生きてる実感に共感します。

ページの先頭