俳句ポスト365結果発表

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第116回 2015年6月11日週の兼題

南風

  • よしあきくん一期一会の一句
  • 初心者向け解説コーナー今週の俳句道場
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  • 人・並選の俳句
  • 天・地の俳句

天

砂売りが幾度も通る南風
田中ブラン
 季語「南風」を、明るく清々しいイメージで受け止める人たちが世間には多いのですが、実は「湿気を含んだあたたかい風」であることや「時に強烈に吹く」ということは、この季語の本意として押さえておきたい事項です。「南風」をリアルに描いた句を選ぼうと思っていたのに、この一句がどうにも心から離れてくれません。深読みしていることを承知で、今週はこれを「天」に推させて下さい。(笑)。
 「砂売り」とはどんな仕事なんだろうと思ったとたん、安部公房著『砂の女』の世界にワープしてしまいました。海の近くの砂丘に昆虫採集にやって来た男が、掘られた砂の穴の中に住む女の家に囚われてしまう、という物語です。女の家は、蟻地獄みたいな穴の中にあります。出入りするための縄梯子は、外の村人たちによってはずされています。どんどん砂が崩れてくるので、砂掻きをしないといけない家という状況の怖ろしさ、そこに住む女の砂嵐に爛れた目の怖ろしさが、強烈に脳裏に焼き付いています。
 勿論、小説の中に「砂売り」はでてきません。が、『砂の女』たちが掻きだした砂を売り歩く男がいたかもしれないという幻想に、季語「南風」の皮膚感が生々しく蘇ってきました。
 あれ、今日は「砂売り」が幾度も幾度も通ることだねえ。今日は「砂売り」から砂を買う必要はないんだけれど、「南風」に吹かれた砂が家の中にもしきりに入ってくるよ。砂が「南風」の湿度で肌にじっとりとくっついてくるよ。潮の臭いと汗の臭いが雑じるよ。舌がザラザラしてくるよ。砂の味がするよ。ふと窓の外を覗くと、我が家が蟻地獄の砂の中にあることに気付く……そんな妄想。
 「砂売りが通る」(Le marchand de sable passel)とは、うつらうつら眠くなるというフランスの慣用句(砂売りが眼に砂をかけると人が眠る)なのだそうです。『ピーターパン』の物語では妖精のティンカーベルが、子どもたちに眠りの砂をかける場面もありますね。「砂売りが幾度も通る」うちに、「南風」の熱と湿度と砂にまみれたまま眠りこけていく自分を想像すると、さらに怖ろしくなってきた作品でした。

地

わたつみを嗅ぎて白南風なほ熱し
有櫛水母男
 「わたつみ」は「わだつみ」ともいいます。「海の神」を意味しますが、「海」そのものを言う場合もあります。「わたつみを嗅ぎて」ですから、この句の場合は「海を嗅ぎて」と読めばよいでしょう。「わたつみ」を嗅ぐと擬人化されているのは「白南風」。海の臭いをかいで「白南風」はますます熱を孕んでくるよという把握が、季語「南風」の本意を真っ直ぐに表現しています。
船足を南風に任せ握り飯
しげる
 「南風」は時に強く吹くため、その船の針路にとってもってこいの「南風」が吹き出せば「船足を南風に任せ」という状況も起こります。さあ、今のうちに「握り飯」にありつこうではないか、という漁師たちの表情までもが見えてくる作品です。
ねっとりと錆びつく錨海南風
間野ぷうちゃ
 「ねっとりと錆びつく錨」というモノだけを提示しました。「ねっとり」は「海南風」の熱と湿気と潮気を思わせる描写です。「錨」というモノが、下五「海~」の一語に直結したとたん、潮の強い臭いが立ち上がってきました。
鉄亜鈴臭きえんぴつ南風吹く
神楽坂リンダ
 「南風」をこんなモノに感じ取る人もいるのですね。「鉄亜鈴」というモノを描くのかと思いきや、「鉄亜鈴臭きえんぴつ」と嗅覚の情報が一句を支配します。「南風」の中にこんな臭いを感じ取れるのも、俳人ならではのアンテナです。
黒糖にわづかの塩気南風吹く
凡鑽
 味覚によって「南風」を感じ取る人もいます。「黒糖」は強い甘みのかたまりみたいな印象がありますが、そこに「わづかの塩気」をキャッチする舌の精度も大したものです。「黒糖」「潮気」「南風」の三つの言葉が、がっちりと組み合わせられた作品です。
イスパニアに血と金の旗海南風
初蒸気
 「イスパニア」はかつてのスペインですね。スペインの国旗が「血と金の旗」と呼ばれていることを、私は初めて知りました。【国章の柱(ヘラクレスの柱)に巻き付いた帯には国の標語であるラテン語「PLVS VLTRA(Plus Ultra、「より彼方へ」の意)」が記されている。新大陸発見以前は「Non Plus Ultra(ここは世界の果てである)」と記されていた。】というネット辞書の解説を読んで、さらに、ほお~と納得。下五「海南風」は「より彼方へ」という思いを受け止めて、さらに夏の熱気を帯びていくのでしょう。
海南風遺跡に埋まる明の銭
樫の木
 同じ「海南風」ですが、中国系の句もありました。「遺跡に埋まる明の銭」は、かつて「海南風」に乗って貿易をしていた時代の「銭」なのでしょう。錆び付いた「銭」には、海の湿気の臭いがするに違いありません。
黒南風や那覇空港は灯油の香
灰色狼
 「黒南風」は雨を連れて来る黒い雲を運ぶ風です。「那覇空港」に降り立った瞬間の、熱気と湿気の印象の中に「灯油の香」を嗅いだ、あるいは風の印象をそう嗅ぎ取ったという一句。「黒南風」の広がり方と「灯油」の臭いが不穏な思いを掻き立てます。
白南風に一帆の行く一行詩
登美子
 「白南風」は黒い雲を吹き払ってくれる南風です。「白」の一字が中七下五「一帆の行く一行詩」という詩語を美しく彩ります。「一帆」の一語で帆船の姿を、「一帆」「一行詩」という数詞の調べもいいですね。「白南風」ならではの味わいの一句です。
孕みたる蝶の体温南風吹く
めいおう星
 「孕みたる蝶の体温」という微細な温度によって、「南風吹く」という季語を表現する感覚と発想に驚きました。「人選」にいただいた中に、「未だ濡るる触角に聞く南風 空」「南風吹く展翅の針のふるへたる ウェンズデー正人」の二句もあり、季語「南風」にこのような発想を促す要素があるのだなあと、納得もいたしました。
 掲出句を「地選」に推したのは、「孕みたる蝶の体温」という熱のリアリティが、季語「南風」の湿気と熱気を表現している点です。「孕みたる蝶」の高めの体温を想念の世界にキャッチできるのが、この作家の鋭敏な感知。季重なりを見事に成功させた作品です。

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