俳句ポスト365結果発表

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第151回 2016年7月7日週の兼題

鵙の贄

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天

体液に枝濡れてゐる鵙の贄
ポメロ親父
「鵙の贄」という季語に初めて遭遇した時、嗚呼これが!とささやかな感動を覚えました。残酷だとか気味悪いとかそういう感情ではなく、生身の季語に出会っているのだという一種の感動でした。
この「鵙の贄」は、ついさっき刺されたばかりのもの。「枝」を濡らしているのが「鵙の贄」の「体液」だと分かった瞬間の、作者の心に走る俳人的衝動に共感いたします。
秋暑の太陽が照りつける「枝」、時折ぴくりと動く脚、静かにゆっくりと滲み出てくる「体液」、その「体液」が濡らす「枝」、樹皮のテラテラとした光を、作者はひるむことなく観察し続けます。
このような場面に遭遇し、それを一句にしたい衝動に突き動かされる時、ヘタな感情は一切排除したほうが良いかと思います。淡々と目の前にある光景を描写することができれば、読者の脳裏にも全く同じ光景が再生されます。描写に徹することで、完璧なリアリティを手に入れられれば、己の感情を述べる言葉などは全く必要ないのです。
やがて「鵙の贄」の表皮が少し乾き始め、脚はぴくりとも動かなくなる頃、数十句が書き付けられた句帳を手に、作者は季語の現場を離れるのでしょう。「鵙の贄」という季語の力に対する真摯な態度が滲み出る作品です。

地

鵙の贄少し動いて乾きけり
クズウジュンイチ
普通、俳句で「少し」なんて言葉は三音足りない時の埋め合わせに使われたりするものですから、この一語が一句の中できちんと機能している句にお目に掛かることは稀です。が、この句の「少し」はまさに描写の言葉。先ほどの天の句の延長線上に、この状態があるはずです。
「少し動いて」いるのは脚でしょうか、尻尾でしょうか、はたまた眼球でしょうか。「乾きけり」というぶっきらぼうな下五が、淡々たるリアリティを表現。この作者も「鵙の贄」を観察し続けた経験があるに違いありません。
まだそらを濡らして縮む鵙の贄
緑の手
天の句は、「鵙の贄」の「体液」が「枝」を濡らしていましたが、こちらの句は「鵙の贄」の存在が「そら」を濡らすかのように乾いていく、つまり「縮む」光景を描きました。先ほどの、三音足りない時の「少し」と同様に、二音足りない時の「まだ」「ふと」もよく目にするのですが、この句の「まだ」はちゃんと機能してますね。
小さな「鵙の贄」の水分が「そら」を濡らせるはずはないのですが、「まだそらを濡らして縮む」という詩語は、「鵙の贄」を表現する詩的真実として、読み手に投げかけられています。
速贄やけたけた笑ふやうに脚
ウェンズデー正人
「鵙」の傍題にある「鵙の贄」は、さらに「速贄」とも呼ばれます。この句の工夫は中七から下五にかけての擬人化。「けたけた笑ふ」で誰かが笑っているのかなと一瞬思うのですが、「~やうに脚」という措辞によって、まさに「脚」が見えてきます。私は、乾いたカエルの「脚」が風に揺れているさまを想像しました。擬人化の表現が、そのまま形状の描写に転化している点が、確かなテクニックです。
火山灰積もり乾ぶる脚や鵙の贄
田中憂馬
さまざまに「鵙の贄」の「乾ぶる脚」を見せてもらった今週でしたが、「火山灰(よな)」が降り積もる地の光景に凄みがあります。広い光景を思わせる「火山灰」から「脚」へのズームアップ。さらにそれが「鵙の贄」だと分かるサイズへと画面が切り替わるあたりのカメラワーク、巧いなあ。
長きもの垂れて月下の鵙の贄
比々き
実に印象的な光景です。「長きもの垂れて」は具象と抽象のはざまにある言葉ですが、後半「月下の鵙の贄」によって、みるみるうちに具象へと焦点を合わせてくる。実にニクイ展開です。
「月下の鵙の贄」は、暗いシルエットとして読み手の眼前にあり、月に冷えているかのような虚の感触を読み手に与えます。これも天に推したかった作品の一つです。
鵙の贄ほとびにけりし橋のうへ
夜市
品詞分解をすると「ほとび/に/けり/し」となります。「ほとぶ(潤ぶ)」は、水分をふくんでふやけること。「ほとびにけり」は、「ふやけてしまった」というニュアンスです。が、さらに「し」(=過去の助動詞「き」の連体形「し」)が添えられていますね。ただこの助動詞を存続の意味で使うケースもあり、俳句界の論争の一つにもなっております。
この句にとって、どちらの読みがシアワセかと考えた時、存続の意味で読むのがよいかと思います。干からびていた「鵙の贄」が「ほとび」てしまったのは、驟雨でしょうか、野分の雨でしょうか、滂沱たる朝露でしょうか。干からびた「鵙の贄」を詠んだ句が多い中で、たしかにこのような光景もあるなと思わせるオリジナリティとリアリティ。下五「橋のうへ」がさらに光景を確かなものにします。川風を感じる「橋のうへ」、岸から突き出した枝に「鵙の贄」も揺れています。
ご隠居の狆見上げをり鵙の贄
ララ点子
猫が「鵙の贄」を見上げているという句は、時折お目に掛かりますが、犬、しかも「狆」と具体的に書いた点がいいですね。「ご隠居」が可愛がっている「狆」にとって、「鵙の贄」は不審なモノとして映るのでしょうか、それともビーフジャーキーみたいな美味しそうなモノとして「見上げて」いるのでしょうか。俳味のある作品。
鵙の贄ヴィシソワーズのまだぬるく
ぐわ
「ヴィシソワーズ」とは、ジャガイモの冷製ポタージュスープ。「まだぬるく」ですから、冷やし方が足りなかったのか、冷えている途中なのか。
私は、出された「ヴィシソワーズ」が「まだぬるく」て、多少の違和感を感じていると読みました。窓の外、視界の端にあるのは「鵙の贄」。その生乾きのフォルムと生温い「ヴィシソワーズ」とのかすかなる接点。フランス映画のワンシーンのようなセンスを味わいたい作品です。
一概にそうとも言えず鵙の贄
大塚めろ
「一概にそうとも言えず」という不可解な呟き。何が「一概にそうとも言えず」なのか、読み手は思考の迷路に入っていきます。「鵙の贄」という不可解なモノは、全ての不可解に向かって触手を伸ばしていくかのよう。以下の、俳文とともに味わうのも一興です。
●柚子の棘に突き刺さっている雨蛙は、こんな位置にどうやって鵙が突き刺した?と捜査二課も首を傾げる神出鬼没さです。油断していたら目の前に突然現れます。雨蛙が着地に失敗して突き刺さったと理解したほうが自然な遺体も結構有ります。/大塚めろ

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