俳句ポスト365結果発表

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第166回 2017年2月23日週の兼題

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天

ほんとうは雲から落ちてくる雲雀
樫の木
兼題「雲」は季語ではありませんから、「雲」のつく単語を探して別の季語と取り合わせるか、「雲」のつく季語を探すか。まずは二つのアプローチが考えられます。が、「雲」を二つ入れての、こんな発想もある!ってこと、勉強になりますね。
難しい言葉は一つもありませんが、「雲雀」ってほんとうは雲から落ちてくるんだよ、という詩句に、ハッと心を衝かれます。
私たちが知っている「雲雀」は、春を告げる明るい高音の囀り。空へ向かって何度も何度も上っていく姿から傍題「揚雲雀」も生まれました。生物学的にいえば、あれは繁殖期のオスの縄張り宣言だ、という説明で終わるのでしょうが、掲出句の「ほんとうは」から始まる詩句が伝えるのは、虚構の世界に現れる詩的真実です。
ねえ知ってるかい、「雲雀」って「ほんとうは雲から落ちてくる」んだよ。だから、何度も何度も高く高く飛び上がって「雲」のある場所に戻りたがってるんだ。だからほら、「雲雀」の声って、息も付けないほどチュルチュルピチュルピチュルって、痛そうに鳴き続けてるだろ。
そうか、春を喜ぶ音色だと思っていた「雲雀」の囀りは、かつて自分がそこにいた空を恋う、痛切な叫びなのだ……と思われてならなくなる。それが詩というものの力なのだと、実感した作品です。

地

桃の花雲の真下は暗けれど
dolce(ドルチェ)
「桃の花」が満開の時の明るさといったら、この世のものではないような美しさです。桃源郷という言葉を思い出してうっとりします。「桃の花」が咲き満ちる日、「雲」は春の訪れを喜ぶかのようにゆっくりと動いては、去っていきます。「雲の真下」の昼のほの暗さのなかで、「桃の花」はその花芯をさらに美しく濃くさせるのです。
つくしから生まるるならば今日の雲
くらげを
「今日の雲」はあっちこっちに伸びてる「つくし」みたいだなあって、笑っているのでしょうか。「つくし」がニョキニョキ伸びるような形の雲? 摘んだ「つくし」を寝かせたような形? 「つくし」の頭みたいな雲? いろんな雲を想像するだけで楽しくなってきます。こんな発想が生まれるのは、春の野に寝っ転がってる時でしょうか。さあ、皆さん、歳時記を携えて、野に出てみましょう♪
壜に飼ふ夕べの雲や春果てぬ
与志魚
「壜に飼ふ」という措辞は、「凍蝶を過(あやまち)のごと瓶に飼ふ 飯島晴子」を思わせますが、内容は全く違います。「壜」に飼っているのは「夕べの雲」です。「壜」の向こうに夕暮れの雲が見えているのかもしれませんし、「夕ぐれの雲」をひっそりと「壜」に閉じ込めて飼っているという虚構の世界かもしれません。「春果てぬ」という抒情が、上五中七の詩句をさらに美しいものにします。
春の雲へ空き瓶のくち一ダース
剣持すな恵
同じ「瓶」でも全く違う発想です。「春の雲へ」向かって並んでいるのは「空き瓶のくち」。しかも「一ダース」の口が並んでいるのです。「空き瓶」の一つ一つは、「春の雲」を映すでもなく吸い込むでもなく、ただそこに在るだけ。「一ダース」十二個の「口」が「春の雲へ」向かって開いている、ただそれだけなのに、愉快にしてシュールな光景。こんなモノが俳句になるのだという発見の一句でもあります。
萵苣割るや星雲どつと回りだす
とおと
「萵苣(ちしゃ)」はレタスです。「割る」の一語から、洗っている場面を想像しました。「萵苣」を両手でグッと割るときの感触は、我が手が、まるで創造主となって「星雲」を作り出すかのような手ごたえ。「どつと回りだす」という表現が、「萵苣」と「星雲」の時空を繋ぎます。洗う「萵苣」の水は、「星雲」の星々のように光り弾けます。
同時投句「雲母引の髪にほやかに朝寝せる」にも惹かれました。「雲母引(きらびき)」という比喩のなんと甘やかなことか。
雲梯にぶらさがつてる春ショール
比々き
「雲梯(うんてい)」には忘れ物の「春ショール」が「ぶらさがつて」います。「春ショール」を身に着けているのですから、少し肌寒く感じられる日だったのでしょう。「春ショール」を外して何気なく「雲梯」に掛け、そのまま忘れてしまったってことは、子どもと遊んでいたのか、太陽が照り始めたか、おしゃべりしてるうちに忘れたか、はたまた思わぬ人との再会か……。いろんな想像を楽しませてもらいました。
雲の小片集める春のビルヂング
28あずきち
ビルの窓ガラスに「雲」が映っているという句は幾らでもあるのですが、「雲の小片」という表現にささやかなオリジナリティがあります。仕切られた窓に映る雲を「春雲の小片」といわず、後半にて「春」という季語を独立して使ったのも工夫ですね。「集める」という擬人化も成功。「春」を体現しているかのような総ガラス張りの「ビルヂング」。七七五の調べも、句の内容に似合ってますね。
流水の雲踏み砕く春の駒
ウェンズデー正人
「春の駒」とは「若駒」の傍題で、その春に生まれた馬を意味します。意味は同じでも、季語「馬の子」「子馬」とは語感が全く違います。「若駒」「春の駒」は、古風な味わいを生かしつつ、今年生まれた馬の元気さを表現しないといけません。実に難しいのです。
掲出句の工夫は「流水」から始まるイメージの作り方。「流水」は文字通り、流れる水です。水が流れているのかなと一瞬思わせつつ、「流水のように流れてゆく雲」「流水に映る、流水のような雲」とイメージを重ねて読むことも可能。さらに中七「踏み砕く」で動きがでてきますね。そして、何が「流水の雲」を「踏み砕く」のかと思えば、下五「春の駒」という季語が出現するわけです。古風な季語の持つ味わいを生かしつつ、今年生まれた馬の溌剌たる様子も表現する。なるほど、こうきたか!という一句でありました。
春雲滔滔野を翳すヒンデンブルク
めいおう星
「ヒンデンブルク」とは、大型硬式飛行船ヒンデンブルク号でしょう。爆発事故を起こしたことで知られています。ネット辞書には、以下のような解説。【ヒンデンブルク号爆発事故(Hindenburg Disaster)とは、1937年5月6日にアメリカ合衆国ニュージャージー州レイクハースト海軍飛行場で発生したドイツの硬式飛行船・LZ129 ヒンデンブルク号の爆発・炎上事故を指す。】古い映像ニュースを初めて見た時は、子ども心にショックを受けました。「ヒンデンブルク」という名詞に、どこか悲劇的な響きを感じました。
上五「滔滔(とうとう)」、大辞林には以下の解説。【① 水が勢いよく、また豊かに流れるさま。 ② よどみなく話すさま。弁舌さわやかなさま。③ 物事がある方向によどみなく流れゆくさま。】この言葉は、「春雲」が豊かに動いていく様子を表現しています。
単語の意味が解ってくると、一句を解釈できます。なんと、掲出句は80年前の「ヒンデンブルク」を脳内でありありと見ているのです。あの日の「春雲」は「滔滔」と流れていたよ。野には「ヒンデンブルク」号を一目見たいと、人々が手を振っていたよ。「ヒンデンブルク」号の機体は、「野」に大きな影を作っていたよ。そして、その影が一瞬にして爆発する瞬間が、近づいてくるのだよ。
過去のある時代の事故をこんな言葉で、詩として表現する。いやはや、大した力技ではありませんか。

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