俳句ポスト365結果発表

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第168回 2017年3月23日週の兼題

薄暑

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天

黒板消す薄暑の大きストローク
トポル
兼題「薄暑」は、初夏の少し汗ばむ頃を意味する時候の季語。具体的な映像は持っていませんが、薄い暑さという字面通りの気分に、初夏の明るい日差しが重なります。時候の季語には、具体的な映像、音、匂いなどを取り合わせるのが定石です。
今回、「天」に推した一句。元中学校教員のワタクシとしては、強い実感をキャッチせざるを得ません。「黒板消す」のは日直当番でしょうか。「薄暑の大きストローク」という措辞は、小さな小学生ではなく、中学生高校生のイメージですが、教員自身ということも考えられます。
教員にとって、板書(黒板に字を書くこと)は授業を構成する上で重要なポイントです。板書計画という言葉もあるぐらいで、一時間の授業の展開が決まると、板書計画も自ずと決まります。
(国語科として)理想的なのは、一時間終わってみると、黒板には授業の要点がきれいに整理されていること。途中で書くところが無くなって、先に書いたところを消してから書き足すなんてのは、板書計画を持たずに授業を展開してしまう時なんです。(かつての生徒のみんな、ごめん)
この句を読んだ時、教員自身が消しているのかもしれないな、と思ったのは、そんな個人的体験からの読み。あらあら、書くところが無くなっちゃった!と慌てて「黒板」を消している、かつての私を思い、また思い通りの展開で板書計画もバッチリいけた授業の満足感を抱きつつ、自分で黒板を消すある日の私を思い、懐かしい感慨にひたりました。
「薄暑」の少し汗ばむ感じを、「黒板消す」という行為と「大きストローク」という比喩で描く。初夏のひかりに舞うチョークの粉、鼻に入ってくるチョークの粒子、匂い、ぐいぐいと消す黒板消しの感触、次の授業のために教室移動する生徒たちの声、自分で黒板を消しながら「体育の授業に遅れないように移動しなさいよ!」なんて生徒たちの声を掛ける教師、そんなものが一気に立ち上がってきた一句でした。

地

大学に我が影のある薄暑かな
井上じろ
「薄暑」といえば、ちょうどゴールデンウィークを過ぎ、立夏を迎える頃。「大学に我が影のある」は、若々しい大学生というよりは、大人の感慨を含んだ措辞と読むべきではないでしょうか。かつて通っていた「大学」に「我が影」がある。「薄暑」の眩しさが、かつての己の青春を思い出させているのかもしれません。
沈黙五分薄暑の生徒指導室
このはる紗耶
これも学校ですが、「生徒指導室」の一語は、中学校高校を想像させます。「沈黙五分」という時間は、生徒の言葉を待つ先生の思い。「薄暑」の光が、「生徒相談室」の窓を明るく満たします。
千枚の窓洗い終え街薄暑
霞山旅
「千枚の窓」ですから、いくつかのビルの窓を洗う仕事なのでしょう。「洗い終え」という達成感が、下五「街薄暑」の光景を際立てます。「千枚」という数詞は、多いことの美称。「百枚」では「ビル薄暑」程度。「街薄暑」になりません。
水ぶきの廊下匂へる薄暑の日
しろ
下五「~の日」という使い方はちょっと気になりますが、なるほど、こんな匂いでも「薄暑」を表現できるのだ、と納得しました。「水ぶきの廊下」は毎日拭きあげてきた独特の艶。「水ぶき」の廊下ならではの匂いを知っている人にとっては、実感の一句です。
身ごもりて薄暑の海の漂色
三重丸
「薄暑」とはいえ、妊娠した体には堪えます。「身ごもりて」いる人物の向こうに広がる「薄暑の海」のひかりは、なんという美しさでしょう。「縹色(はなだいろ)」という青は、まさに「薄暑の海」の色に違いありません。
薄暑光会釈してさて誰かしら
あつむら恵女
「薄暑」自体が比較的新しい季語ですが、そこから派生した傍題が「薄暑光」。(歳時記によっては、これを傍題としてないものもあるようです。)初夏の明るい「薄暑光」は、逆光でしょうか。どなたか「会釈」をして下さった方がいらしたのだけれど、「さて誰かしら」という呟き。「薄暑」の日傘をさしていたのかもしれないなと、想像も膨らみます。
薄暑光封じ冷めゆく吹きガラス
たんじぇりん金子
同じく「薄暑光」の一句ですが、描かれた光景が美しいですね。「薄暑光」を「封じ」とは何か?「冷めゆく」とはどういう状況か?と思いきや「吹きガラス」という映像がでてくる。「吹きガラス」の光、色、工房の熱気、そして吹いている人の汗。さまざまな映像が一気に立ち上がってきます。
九龍のもの売る匂ひ夜の薄暑
久我恒子
「九龍(クーロン)」は中国の地名です。ネット辞書には、以下のような解説。【香港特別行政区領内に位置する市街地の一地域名を指す。1860年に締結された北京条約において、当時の中国の政権であった清国からイギリスに割譲された地域。】
中国の「薄暑」に充満しているのは「もの売る匂ひ」です。中国を旅すると屋台で売っているものは食べないように、とツアーコンダクターに注意されます。日本人はすぐ腹を壊すから、と。美味そうな、でもなんだか妖しい色と匂いの食べ物が、「九龍」の「夜の薄暑」を満たします。
狸穴のテーラーに行く薄暑かな
ラーラ
これも地名です。「狸穴」は、東京の麻布の地名です。狸の穴と書き「まみあな」と読む固有名詞が、「テーラー」=スーツなど紳士服の仕立て屋という言葉と取り合わせられる楽しさ。「に行く」ですから、仕立て上がったジャケットを受け取りに行くのでしょうか。「薄暑」の狸穴坂をのぼっていく人物を想像。きっと夏のお洒落な麻のジャケットじゃないかしら、と妄想。
名画座に「昼顔」観ていたる薄暑
小川めぐる@チーム天地夢遙
「名画座」も固有名詞。全国各地の映画館に、この名をつけているところも多かったのではないでしょうか。最近は邦画でも「昼顔」という映画が公開されているようですが、「名画座」で「昼顔」といえばカトリーヌ・ドヌーヴに違いありません。以下、ネット辞書の解説。【美しい若妻のセヴリーヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)は、医師である夫のピエール(ジャン・ソレル)とともにパリで幸せな生活を送っていた。その一方、マゾヒスティックな空想に取り付かれてもいた。ある日セヴリーヌは友人から、上流階級の婦人たちが客を取る売春宿の話を聞き、迷った後に「昼顔」という名前で娼婦として働くようになる。】
こんなストーリーの映画を「観ていたる」という時間経過、そして外に出ての「薄暑」の眩しさと汗ばむ心。嗚呼、カトリーヌ・ドヌーヴ綺麗だったよなあ~。
ソノシートのぐわんと間延びする薄暑
マーペー
角川書店編『図説俳句大歳時記』(昭和39年刊)全五巻には、付録として「ソノシート」が付いています。春の巻についているソノシートを聴く機会が、一度だけありました。赤い半透明の「ソノシート」からは、さまざまな囀りが聞こえてきました。
「ソノシート」という言葉自体がすでに懐かしいものとなっている昨今。「ソノシート」が熱かなんかで劣化し、のびてしまったのでしょうか。「ぐわんと間延びする」という措辞に、懐かしい実感があります。半透明の「ソノシート」の色や「間延び」した音が、美しいだけではない「薄暑」の一面と響き合います。

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