俳句ポスト365結果発表

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第171回 2017年5月4日週の兼題

白靴

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天

白靴や割りて南国なる果実
福花
「白靴」の本意とは、涼しさを演出するためのお洒落。白い革靴をダンディーに履きこなす、大人のお洒落です。女性らしい白靴もあってよいかと思いますが、あくまでも涼しさを表現するファッションとして詠んで欲しい季語ですから、結婚式などのセレモニーの白い靴、自衛官・音楽隊員・看護師など職業的白靴、スポーツや学校現場での白い運動靴も、季節感として疑問が残ります。勿論、そこに涼し気なお洒落感がうまく表現されている可能性もありますので、全否定はしません。あくまでもケーバイケースです。
さて、そんな兼題「白靴」ですが、明るい夏の太陽に満ちたこの作品に惹かれました。「白靴や」と強調したあとに現れるのが「割りて」という謎の行為。一体何を割った?と思った瞬間、「南国なる果実」が鮮やかに登場します。お洒落な「白靴」を履いての海外旅行か。現地の太陽に育まれた「南国の果実」を「割りて」という心楽しい場面。「南国の果実」の鮮やかな色合い(個人的にはオレンジ色を想像)に加え、「果実」の芳香が一気に溢れます。
これらの鑑賞をうまく導き出しているのが「割りて」という措辞。「果実」を割る瞬間を見事にパッキングして、「果実」の色、豊かな果汁、芳しい香りを想像させる見事な誘導です。語順も絶妙。まるでこの句の現場に立ち合っているかのような臨場感に、拍手を贈りたい作品です。

地

白靴や星の高さのプールバー
24516
「プールバー」とは、ビリヤードの設備があるバーです。いかにも大人の遊びっぽいビリヤード。しかも「星の高さの~」ですから、高層ホテルのラウンジでしょうか。大人たちの夜の「白靴」もまた、この季語の持つ世界です。「星の高さのプールバー」という詩語がいかにもお洒落な一句です。
娘もらいに白靴のなんて大きい
プリマス妙
「娘もらいに」行くわけですから、夏らしい清涼感あふれる、だからといって華美にはならぬ、そんな恰好で我が家にやってきた男です。その仕上げがお洒落な「白靴」なんだけど、「なんて大きい」という率直な台詞に、思わずクスリ。その大きさが、逞しくもあり、ずうずうしくも感じるのが、親心ってヤツなんでしょうねえ(笑)。
白靴は知らない戦争も知らない
be
かつて「白靴」は大人の男のお洒落でありました。麻のスーツに白い革靴。粋なおじさんたちが闊歩していた時代は、確かに「戦争」前後の時代と重なります。「~知らない~知らない」というフレーズが、今を生きる若者の主張でもあるかのよう。
白靴の我ら無敵や夜を占むる
阿武 玲
「白靴の我ら無敵や」と言い放つのは、お洒落な「白靴」を鎧として「夜」を闊歩する男たち。「無敵や」と強調される彼らの高揚を「夜を占むる」という下五が受け止めます。懐古的な意味をこめて銀座を思うか、大人の遊びを思わせる赤坂や神楽坂、はたまた歌舞伎町のスレた「白靴」を思うか。さまざまな街の「夜」が読者の脳裏に浮かんでは消えていきます。
白靴の踵ささくれハイボール
さとう菓子
「白靴」がなぜお洒落かというと、こまめに手入れをしないとすぐに、崩れた感じになってしまうから。「白靴」の持つマイナス面もまた、季語の持つ世界です。「ささくれ」ているのは「白靴の踵」だけではないのでしょう。心のささくれ、人生のささくれを炭酸の泡として飲み干す「ハイボール」です。
吾と誰ぞ歯医者に並ぶ白靴は
アマンバ
治療が終わればそのまま「白靴」で出掛けようと、お洒落ないでたちで訪れた「歯医者」の玄関。先客の「白靴」に目がとまります。「吾と誰ぞ」という率直な疑問の台詞が「白靴」の特別感をうまく表現。治療室から出てくる人物を眺めていれば、もう一つの「白靴」の持ち主はすぐに分かるに違いありません。
辛うじて白靴であること保つ
雪うさぎ
どんなに手入れをしても「白靴」は、傷が目立ちますし、やがては変色していきます。「辛うじて」という措辞の実感と、「~であること保つ」という観察が、季語「白靴」の一物仕立てを成立させました。読んだ人の脳裏には、ほぼ同じ程度にくたびれた「白靴」が再生されるはずです。
白靴を履かせそのまま外す下肢
比々き
「白靴を履かせ」で、誰かが誰かに履かせてあげてるのかと思うと、「そのまま外す」という謎の措辞が現れ、最後に「下肢」の一語で映像が確定する、見事な描写力です。似た発想の句もあったのですが、この句の持つ優れた映像喚起力に脱帽します。
白靴の詩人の向かふ砂漠かな
Mコスモ
「白靴」を履いているのがどんな人物であるのかを想像する句もたくさんありましたが、「砂漠」へと向かう「詩人」という設定に物語があります。下五「砂漠かな」と詠嘆したことで、遥かな視界が立ち上がってくる点も誉めたい一句です。
アウシュビッツの山なす靴にしろ靴も
白鳥国男
ギョッとしました。「アウシュビッツ」のガス室に入れられる人たちは皆、「靴」を脱ぐよう命令され、死の部屋に押し込められていったのでしょう。「アウシュビッツの山なす靴」の中に、夏のお洒落な「しろ靴」を見つけた瞬間。靴の数だけの様々な人生が虐殺という形で踏み躙られたのだ、という事実が慄然と作者を襲います。これも、「天」に推したかった、深く記憶に残る作品です。

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