俳句ポスト365結果発表

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第175回 2017年6月29日週の兼題

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天

耳掻けば蜩の澱出るわ出るわ
堀口房水
「澱(おり)」の辞書的意味は【1 液体の底に沈んだかす。おどみ。2 すっきりと吐き出されないで、かすのようにして積もりたまるもの】の二つです。まず思ったのは、2の意味です。「蜩」のカナカナカナカナという音の積もり積もってできた「澱」が、「耳」の奥から次々に出てくる。「出るわ出るわ」という虚の詠嘆にクスリと笑いつつも、その実感にうなずかされます。
では、1の意味は、どうなんだろ?と考えてみると、「蜩」の林に立った時のことを思い出しました。「蜩」の林の中に立つと、まるで静かな水底にいるような心持になります。「蜩」の声という水が、我が耳を満たし、その音が水底に沈み、静かな「澱」となっているという妄想。そんな1のイメージを背後に抱きつつ、2の意味の「澱」が掻きだされたとたん、「澱」たちがカナカナカナカナと小さな音を立てるのかも!?と思うと、またまた愉快になります。
「耳掻けば」には三つの意味。耳を掻いたのでという原因理由、耳を掻くときはいつもという恒常条件、耳を掻いてみるとたまたまという偶然条件。皆さんなら、どの意味で解釈しますか。私は、「耳を掻いてみると」という偶然条件で読みました。下五「出るわ出るわ」の愉快を、たまたまという気分がさらに掻き立ててくれそうです。

地

蜩や今何歳と山に聞く
むらさき(5さい)
「蜩や」という強調の後につづく「今何歳と山に聞く」という童心が、どっしりと読者の心に届きます。「山」の年齢という発想を「蜩」という季語が支えます。骨太な日本昔話みたいな一句です。
蜩へ無言の雲を寄せ集む
Y雨日
「蜩」は、いつも無垢な哀しみを抱いているように鳴きます。そんな「蜩へ」向かって、「無言の雲」が寄せ集められる。一体誰が「無言の雲」を「寄せ集む」のでしょう。神様の優しい気まぐれかもしれません。
かなかなや無言は無音とは違ふ
大塚迷路
「蜩」の傍題が「かなかな」。二つの季語を使い分けるとすれば、「蜩」は実体に軸足があり、「かなかな」はその声に軸足が傾くということになるでしょうか。
「かなかなや」という詠嘆の後に取りあわされる二つの言葉、「無言」と「無音」。何が「違ふ」かというと、「無言」には人間の意志が入ってくるということか。音がしないのが「無音」、言を発しないのが「無言」。その「無言」のはざまを「かなかな」は切々と鳴き募るのでしょう。
かなかなや反古悶えつつ火に巻かれ
めいおう星
「かなかな」の声に煽られるかのように、「反古」が燃え上がります。「悶えつつ」という擬人化は「火」に巻かれている「反古」の様子を映像として切り取ります。中七下五「~悶えつつ~巻かれ」という措辞は、再び上五に戻ってくるかのような印象です。同時投句「かなかなの声さらさらと水の声」にも惹かれました。
かなかなや開かずの蔵に誰かいる
あいだほ
「開かずの蔵」という言葉そのものがホラーめいていますが、そこに「誰かいる」となれば本物のホラーになりそう。「開かずの蔵に誰かいる」気配に、「かなかな」も騒ぎ出しているのかもしれません。
蜩や実験棟に開かずの間
小泉岩魚
「開かずの蔵」があれば「開かずの間」もあるでしょうが、それが「実験棟」の一部屋だとなると、こちらは完全にミステリーです。「実験棟」という言葉の向こうにある薬品の刺激臭が、「蜩」を高ぶらせます。同時投句「かなかな好き雨降るときの匂い好き」にも共感します。
蜩や剖検室の饐えた床
上里雅史
足を踏み入れたことはありませんが、解剖室ではなく「剖検室」という呼名や、「饐えた床」という描写からひと昔前の様子だろうと想像しました。ホルマリンの臭いと、絶えず水を流しているであろう床とが生々しく思い浮かびます。「蜩」の叫びが次第に高くなっていくかのような一句。同時投句も「蜩や剖検台の木の枕」も見たことないけど、見たような気にさせる一句です。以下、作者の体験談です。
●近代的な最近の病院は違うのでしょうけれど、ムカシの病院はこんなでした。かつて、某大学剖検部(冒険部ではない)に所属していたときの、剖検室(解剖室)は、それはそれは凄い雰囲気でした。長靴なしでは歩けない床。常に濡れている木のスノコから立ち上るホルマリン臭。部屋の隅の黒い染み(カビ?)。鼻で呼吸したら、卒倒しそうなにおいの空気でした。マスクして、口呼吸してました(笑)。/上里雅史
かなかなや爺ちゃんの木が枯れました
今治・しゅんかん
「かなかな」が鳴きしきり、「爺ちゃんの木」が枯れてしまった。「爺ちゃんの木」とは、爺ちゃんが愛していた木でしょうか、爺ちゃんが植えた木でしょうか。「爺ちゃん」はもうこの世にはいないような気がします。「爺ちゃんの木」を枯らしてしまった哀しみを知っているかのように「かなかな」は鳴き続けます。
来世また蜩として君の手に
こま
「来世」には「また」秋の訪れをカナカナカナカナと知らせる「蜩」になって、「君の手」に抱かれたい。なんと切ない恋の歌でしょう。他の生き物ではない「蜩」が、その切なさをかき立てます。人間としては、触れ得なかった「君の手」かもしれません。

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