俳句ポスト365結果発表

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第180回 2017年9月7日週の兼題

舞茸

  • よしあきくん一期一会の一句
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天

まひたけはてんぐのなづきもりはみづ
クズウジュンイチ
平仮名表記の句を読み解く時の私たちの脳は、文字を一つずつ音に替えつつ、単語を探り、意味を構築していきます。「舞茸は天狗のなづき」ん?「なづき」ってなんだろう?と思いつつ、下五まで読む。「舞茸は天狗のなづき森は水」
ここまできて、「なづき」って何だろう?ともう一度首をかしげる。辞書を引く。「なづき……とは、脳・脳髄・脳蓋骨などの古名」と分かった瞬間、ハッ!とこの句に慄く。「舞茸」は脳みたいという句は沢山あったし、アインシュタインの脳だと特定する発想の句もありました。が、「なづき」という言葉で「まひたけ」が表現されると、そちらのほうがしっくりきます。しかも「てんぐ」のそれだとなると、いよいよ山の空気が滲んできます。
さらに下五の着地がきれい。「まいたけ」は「てんぐ」の「なづき」みたいな色と形で育っているよ。そしてこの「もり」は「みづ」でできているような美しい湿気に包まれているよ。こんな森でとれた「まひたけ」はさぞ生き生きと大きいに違いありません。そしてシャキシャキと美味いに違いありません。

地

月齢は十四舞茸跳ぶ準備
まどん
「月齢は十四」いよいよ明日は満月。森に生息する「舞茸」たちは、十五夜の月に向かって「跳ぶ準備」を始めています。飛ぶではなく跳ぶです。あのひらひらとした「舞茸」たちが、満月を喜んでピョンピョン跳ぶ様子を想像するだけで楽しい。そして可愛い。
侏儒となり舞茸林に分け入りぬ
あつちやん
「侏儒(しゅじゅ)」とは小人。自分が「侏儒」となって「舞茸」の「林」に分け入るところを想像しているのです。「舞茸」の生えている「林」と読んだときと、「舞茸」そのものを「林」と見立てていると読んだときと、「侏儒となり」の大きさ?身長?が変わってきます。皆さんは、どちらで読みたいですか?
舞茸はひらひら小人はくすくす
あるきしちはる
同じく「小人」になる発想ですが、イメージがぐっと明るくなります。「舞茸」に対して「ひらひら」という擬態語を使った句はこれまた沢山ありましたが、後半「小人はくすくす」という童話の世界への展開が愉快。「舞茸」がひらひらと育っていくだけで、笑い上戸の「小人」たちはくすくす笑い出すのでしょう。
舞茸を呉れて宮司の人嫌ひ
樫の木
「舞茸」を誰かに貰うという発想の句も沢山ありましたが、「椎茸」でも「大根」でもよい?というものが多かったです。が、この句は「舞茸」と「宮司」の取り合わせがいいね。
「人嫌ひ」の「宮司」は、人との付き合いを避けて、しょっちゅう山に入るのでしょう。自分だけが知ってる「舞茸」の在りか。採ってきた「舞茸」をおすそ分けする時だけ、「宮司」は人づきあいをほんのちょっと喜ぶのかもしれません。「宮司」の装束の雅やひらひらとした袖の動きが、「舞茸」にそこはかとなく似合います。
舞茸やかすかに臍の匂いする
西尾婆翔
一読、頷いてしまいました。「舞茸」独特の匂いが、ありありと我が鼻孔に蘇りました。「臍」の匂いをわざわざ嗅いだことはないけど、「舞茸」のしんと暗いような「匂い」と「臍」との思いがけない取り合わせが生み出したリアリティ。嗅覚一点勝負でよくぞここまで!と感嘆した一句です。
舞茸を採ればこの木は倒れそう
石川焦点
森に入り、天然の「舞茸」を見つけました。それはそれは大きな「舞茸」が木の根のあたりに生えているのでしょう。嬉々として採取しようとしつつ、この「舞茸を採れば」と考える。この「木」は倒れてしまうのではないか、と呟くことで、主役たる「舞茸」の大きさや存在感を読み手に伝える。巧い一句です。
袈裟洗ふごと舞茸の煮られたる
堀口房水
このリアリティにもやられました! 「舞茸」を煮ると黒い汁が出てきます。あれを「袈裟洗ふごと」とした比喩の愉快。色合いといい、ひらひらした形といい、まさに「袈裟」だと納得。先ほど、宮司の句もありましたが、「舞茸」は神事や釈教とも相性がよいのかもしれません。
芸術のほんしつ舞茸にバター
斎藤秀雄
こちらは、スーパーで買ってきた「舞茸」でしょう。農業工場で生産される均一的な「舞茸」を思いました。
「芸術のほんしつ」について考えている人物は、まずは食うという目の前の必要に直面しています。包みをやぶり「舞茸」を取り出し、適当にちぎり、フライパンに放り込む。そして「舞茸」には「バター」だなと呟く。バターの溶けていく様子に、「舞茸」にしんなりと火が通っていくさまに、「芸術のほんしつ」を感じ取っているのかもしれません。
まひたけはやうにほとほるほとのやう
凡鑽
天に推した句と同じく、平仮名書きです。眼球に映る平仮名を一字一字認識しつつ、単語として理解しようと脳が動き出します。「舞茸はやうに?」 上五が「舞茸は」だから、「やうに」が「様に」のはずはありません。知っている単語を脳が検索します。「夜雨?」
さらに続くのが「ほとほるほと」なんだ?と思う。下五から推測していこうと頭を切り替えます。「ほとのやう」あ!「陰(ほと=女性の陰部)」か。そこが分かれば、「ほとほる」が「熱る(ほとぼる=ほてる。熱気を発する )」であると解読ができます。「舞茸は夜雨に熱る陰のやう」
判じ物を解いた快感と共に、意味というモノが押し寄せてきます。「まひたけ」のひらひらした印象、「やう」を喜びつつひっそりと熱を帯びつつ育っていくに違いない舞茸。「ほとほる」は「まひたけ」にも「ほと」にも意味を広げつつ、妖しい存在感を醸し出します。天狗の脳だという人もいれば、熱を帯びた陰部だという人もいる。「舞茸」という季語の奥行を見せてもらったような作品たちに、感銘ひたすら。

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