俳句ポスト365結果発表

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第194回 2018年4月19日週の兼題

老鶯

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天

老鶯や日照雨に甘く薫る山
多々良海月
「老鶯」とは老いた鶯ではなく、夏の鶯。大きな声で流麗に見事に鳴きます。この季語の難しさは「老」の一字の意味。つまり春を告げる鶯ではなく夏を謳歌する鶯であることをどう表現するかです。
掲出句は「日照雨に甘く薫る山」で夏らしさを描写。「日照雨(そばえ)」とは文字通り、日が照っているのに降っている雨。太陽を弾くようにきらきら降る雨に、青葉の山は「甘く」匂い立ってきます。「薫る山」という措辞は風薫る季節を思わせ、「甘く」は濡れた青葉の匂いを感覚的に捉えます。「老鶯」がいかにも老鶯らしく声高々と鳴く度、山々はますます「甘く薫る」のです。下五きっぱりとした名詞止めは上五「や」と呼応。一句をきりっと引き締めました。

地

老鶯の声と声との間の昏み
牛石
「老鶯」の老成した鳴きっぷりをじっと聴いていると「声と声との間」に溜があることに気づきます。それを「昏み」と表現した点にオリジナリティとリアリティがあります。思うがままの鳴き声は成熟した「老鶯」ならではのもの。聴覚だけで一物仕立ての句をものにするとは、大した耳をお持ちの方だと敬服いたしました。
老鶯の鳴き損じたる損じたる
大塚迷路
「上手の手から水が漏れる」なんて慣用句がありますが、「老鶯」のくせに、今のはどうみても鳴き損じたな、という一句。「損じたる損じたる」は、なじるというよりは、からかうようなニュアンスでしょうか。飄々たる味わいです。同時投句「老鶯や思ひ通りの鳴き納め」は、正攻法の捉え方。これらも聴覚だけの一物仕立てです。
山が鳴くやうに老鶯鳴きにけり
玉木たまね
「老鶯」は夏の山全体に響き渡るように鳴きます。その様子は、まるで「山が鳴くやうに」聞こえるよというのです。擬人化の比喩が、さりげないリアリティをもって表現されている点を強く褒めたいですね。下五「けり」も堂々たる納め方です。
老鶯や春たべてこえきらきらに
むらさき(5さい)
「老鶯」は夏の鶯だということをお母さんに教えてもらったのかな。「春」という季節を食べたから「こえ」が「きらきら」してるんだな、という感じ方がいいですね。「きらきらに」という下五の余白に、再び「老鶯」の声が聞こえてくるかのようです。
老鶯や千年水をもらい水
こぶこ
「老」の一字を「千年」という言葉のイメージと取り合わせました。「千年」前からここに湧いている名水でしょうか。「千年水」を分けてもらうために来てみると、今年の「老鶯」が見事に鳴いているよという一句。「もらい水」という言葉の、謙虚と感謝もいい。
老鶯や山のホテルの獨逸パン
三重丸
「老鶯」の老成した気分と、「獨逸」という字面が似合います。ちょっと堅めだけど噛んでると味が出てくる、ライ麦の黒っぽいパンを想像しました。避暑で訪れる「山のホテル」でしょうか。「老鶯」の鳴きっぷりもまたここの風物詩。朝の珈琲をいただきつつ、「老鶯」の声に耳を傾けます。
老鶯の遠音や明智藪を風
このはる紗耶
「明智藪(あけちやぶ)」とは、山崎の戦いで敗北した明智光秀が落武者狩りにあって亡くなったとされる場所。「老鶯の遠音や」と強調した後の「明智藪」の一語が、読者をかの時代にワープさせます。「老鶯の遠音」を運んでくる「風」は「明智藪」をかすかに揺すります。音の遠近感を見事に表現しています。
老鶯や猿楽遺跡の弥生土器
ころん
「猿楽遺跡」は、愛媛県久万高原町の標高1,100m前後の山陵にあります。西日本で最も高い位置に立地する弥生集落の一つなのだそうです。「猿楽=奇術や滑稽な物まねなどの演芸」そのものは、奈良時代に唐から伝来した散楽(さんがく)を母胎に作り出されたものだと、辞書には解説してあります。弥生の頃の遺跡が、やがて猿楽を披露する場として使われるようになったのだろうかと、想像が広がります。様々な時代を経て「老鶯」たちも命を繋いでいく。時間と空間を繋いで「老鶯」は流麗に鳴き続けます。
宿り木の渦を老鴬語りあふ
ウェンズデー正人
「老鶯」の声を聴いていると、いったい何話しているんだろう?と想像し始める人もいます。「宿り木」の解釈は二つ。ヤドリギ科の常緑低木と読めば、大木に寄生する「宿り木」となります。あの老木に寄生している「宿り木」の数は半端じゃないぞ。まるで「渦」巻くように繁っているではないか、という読みになります。
そして、もう一つの「宿り木」の解釈は、ある鳥がとまる木、という意味。梅に鶯、橘に時鳥という類いですね。自分が止まっている「宿り木」、たぶん老梅でしょう。その幹の「渦」について「老鶯」たちが語り合っているという意味になります。
二つの意味を共に成立させているのが、季語「老鶯」の持つ磁場。こんな使い方もあったかと楽しませてもらいました。これも天に推したかった作品です。
山姥は老鶯の舌ばかり喰ふ
蜂喰擬
「山姥」の句もよく見ますが、「老鶯の舌ばかり喰ふ」という山姥には初めてお目にかかりました。「老鶯」の声がすると、風よりも早く走って「老鶯」を捕まえ、その「舌」だけを引っこ抜いて食べるのでしょう。「舌」を抜かれた「老鶯」たちは鳴くことができなくなる。鶯の声が聞かれなくなっていく季節感を、こんなファンタジーホラーで表現できるのか、と吃驚。俳人たちの想像力は果てしないなあ~と賛嘆いたします。

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