- 夏草や亀甲墓は産むかたち
- あまぶー
- 「亀甲墓」とは沖縄県にみられる墓様式で、亀の甲羅を伏せたような形の屋根が特徴的な墓です。死をくぐって生まれ変わるという信仰的思想は、胎内くぐり(狭い洞窟を抜けることで肉体と魂が浄化し、生まれ変わる)等にも見られますが、「亀甲墓」の「かたち」にもその思想が反映されているようです。
上五「夏草や」は、夏草の旺盛なエネルギーを強調し、灰色の「亀甲墓」に映像のカットを切り替えます。「亀甲墓」の入口はまるで膣のように暗く開き、その構造は子宮のように奥へと広がっています。「亀甲墓」を具体的なモノに例えず「産むかたち」と象徴的に比喩したことで、「夏草」はますます青臭く匂い立つかのようです。
- 刃毀れの鎌に夏草絡みおり
- いつつばし
- 雑草を刈る仕事は根気と体力が勝負。「刃毀れの鎌」を打ち振って格闘していると、いつしかその「鎌」に「夏草」が絡みついてくる。「夏草」のしぶとさにため息をつきつつ、ひとまず休憩するか。
- 夏草の端に生家が捨ててある
- クズウジュンイチ
- もう誰も住んでいない「生家」が「夏草」まみれになっているという句にはお目にかかりますが、「夏草」の端っこに「生家」が「捨ててある」という逆転の措辞に、説得力があります。「捨ててある」という他人事のように突き放した言い方にも、作者の心情が読み取れます。
- 夏草や思ったよりもヤギデカい
- シュリ
- 絵本で知ってる「ヤギ」は可愛いんだけど、実際に出会った「ヤギ」に対する「思ったよりも」「デカい」という率直な感想に、思わず笑ってしまいました。「夏草」をちぎってやろうとすれば、たぶん思ったより凶暴なことにも気づくんだろうな(笑)。
- 参謀は祖母夏草の束の山
- ぐ
- 「夏草」を刈る仕事の「参謀」は「祖母」であるという措辞が愉快。たぶん司令官は祖父なんだろうけど、具体的作戦は「参謀」である「祖母」なくしては進まない。「夏草の束の山」という映像を最後に残すあたりの配慮が巧い一句です。
- 夏草を平泳ぎして灯台へ
- 小石日和
- 「夏草」の中を歩き出しています。「夏草」の丈は胸のあたりまであるのでしょう。まるで「平泳ぎ」で進んでいるかのようなだという感触に共感します。「灯台へ」で一挙に広がる光景。「夏草」の緑と「灯台」の白の対比もいいですね。
- 夏草や野は炎症を起こすかに
- 神山刻
- 「夏草」はどんどん蔓延り、草いきれは強く鼻腔を刺します。まるで「野」が「炎症」を起こしているかのようだという感覚が鋭い作品。「夏草」の強さが、「野」を蝕んでいくかのような印象に、強く惹かれます。これも天に推したかった作品です。
- 夏草や蛇口ひねればぬるい水
- 中岡秀次
- 手入れされなくなった公園を想像しました。古い「蛇口」をひねると「ぬるい水」が出てくる。その温さに夏を感じ、「夏草」の猛々しい臭いをかぎとっているのでしょう。ボタボタと落ちる「ぬるい水」に現場証明があります。
- 夏草やルオーのキリストに祈る
- 大西主計
- 「ルオーのキリスト」の素朴で力強い表情は、たしかに「夏草」に似合うなと納得させられます。「夏草や」という季語への強調と「ルオーのキリストに祈る」というフレーズ。両者の言葉の質量が絶妙に釣り合っていると感じます。
- 夏草を抜いたらアスファルト割れた
- 東洋らいらん
- 「アスファルト」の端っこのあたりの粗雑な部分なんだろうけど、「夏草」を抜いたら、なんと「アスファルト」が割れてくっついてきた!という驚きを、あっけらかんと書いているところにリアリティがあります。口語の効果も十分発揮されている一句。