俳句ポスト365結果発表

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第201回 2018年7月26日週の兼題

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今週のお便り&俳句道場

■今週の俳句道場~初級者向け解説コーナー
さあ、今週も皆さんからいただいた投句をもとに、俳句のイロハを解説していきます。毎週読んでいるうちに俳句の作り方がわかってくる講座でございますよ。

◆俳句の正しい表記とは
悴く手で 稗を貪る 縄文人 おたま
帰り道 稗で隠れし リヤカーかな カトレア
稗の粒 どんなだろうか 検索し それぞれのしあわせ
集会所 歌えや踊れ 稗刈りし とめぞう
子供たち 田んぼのひえを ふみあらす まおリーナ
縄文の 稗は強きし 生き延びし めしめし
米欠けて 稗で生き抜く 民想う ももとせゆきこ
雨あがり 雀がのりて しなる稗 月舘和
たくましき 救荒稗 土地選ばず 七色 渚
稗ゆれて 古の国ざわめきか 杉浦貴子
犬稗や 夕陽を背負う 影二つ 長十郎
見つけたよ 稗の枝振る 夏研究 田村美穂
天気.よし 稲穂も稗も よく育ち 白晃
稗たばね 夙夜の労を ねぎらいし 美智子
稗の房 祖母の顔あり 母までも 抱水
○俳句は五七五の間を空けず一行に縦書きするのが正しい表記です。ネット俳壇の横書きは、泣く泣く許容しております。強い芸術的主張がある場合、敢えて分かち書きしたり、多行書きしたりもしますが、初心の時期は基本を守っていきましょう。
 この関門をクリアしないと、木曜日「並選」以上には進めません。俳句の修行の第一歩は、正しい表記から~♪次のご投句待ってますよ。

◆季重なりブラザーズ
ひえの穂や 青大将の おまつりだ 小林番茶
稗を炊き 飢え凌ぐ祖父 小鳥かな はるた
稲粟に 稗も植えたる 学習田 相模の仙人
乾燥帯稗黍唐黍棗椰子 唯萬圓
○季語が複数入っている名句もあるので、「季重なり」は絶対にダメ!とは言いませんが、複数の季語を作品として成立させるのは、上級者コースのウルトラ技。まずは、一句一季語からコツコツ練習です。

◆兼題の考え方
慈しみ 育てし君を 今腕に メイスイ
バーナーに 焼ごてアタッチ 焦げ目つけ 廃空
伸新芽 木陰で休む 暇なし 祐斎
満月の 泳ぐがごとき 台風雲 老二才
夏バテの口角ゆるむ万華鏡 桃華
陽炎に、打ち水さらし アゲハ舞う 清光
一升瓶を棒でつつきて夜ふかし 植木照美
鰯雲 君が補欠の 川原土手 焼き窯
老人会に集ひて写経灯涼し 皆井弘子
ゴウヤ花 摘む我が孫 下心 奥山俊治
ぶどう味 ゼリーがつるんと すべりだい おかだ ゆうり
●5歳の娘が初めて作った俳句です。ゼリーの喉ごしのよさがすべり台として表されている、幼児らしい可愛らしい俳句です。/おかだ ゆうり
○ゆうりちゃん、可愛い俳句ありがとう! ゆうりママ、これからも可愛い俳句の種を書き留めてあげて下さいね。
 本サイトでは毎週「兼題」と呼ばれるお題を出しています。季語が出題された場合はその季語(あるいは、その季語の傍題)を必ず詠み込む、というのがたった一つのルールです。今度は、兼題に挑戦してみて下さい。
今募集中の兼題は、9月19日24時締切の「色鳥」です。ご投句お待ちしてます♪

◆季語深耕
十穀米ありがたがれど稗はどれ 渚
コープの五穀米稗入りの釜覗く 位子
天災に備えて稗の非常食 オイラー
ダイエットぱさつく稗を粥にして きっちゃん
メタボには稗雑穀の夕餉かな 玲風
雑穀米主役演じる稗ひとつ さとうくにお
米と麦十六穀に稗ありて とこちゃん
●米を食べ過ぎないように、自分用に麦と十六穀を、入れるようになりました。それまで、十六穀を、読んでいても、スルーしていたようですが、謙題の「稗」の字をみて、感激しました。/とこちゃん
●まず稗が読めませんでした。ひえー(>_<)って感じです。画像で見て、稗を購入して、実際に白米に混ぜて食べて。稗は食物繊維が豊富で、不溶性食物繊維だと知りました。不溶性食物繊維は小腸の蠕動運動を促すものだと知りました。今回のお題で色々勉強になりました。ありがとうございます。/ポキヨシ
●稗は食べたことも見たこともありません。タブレットで色々と検索しました。その結果稗粉は黄色の他に黒いものもあると知りました。価格もピンキリで安いのは米より安く高いものは米の何倍もするというのがわかりました。稗の料理も色々あるのが初めて知りました。調べて検討しているうちに組長様や梅沢富美男さん千原ジュニアさんの夢を見たりしてほとんど病気です。/寝たきりオヤジ
●稗という題で思い出したことがあります。友達の子どものアトピーがとてもひどくて、友達は粟や稗を毎日炊いてご飯の代わりに食べさせていたそうです。努力のかいあって、その子のアトピーは小学校前には何でも食べられるよう改善されました。 そのことを詠みたいと思うのですが、粟と稗と二つ入れると季重なりになるでしょうか? /なかの花梨
●「稗(ひえ)」……困った。本当に困った。「稗」と言ったら、「小鳥のエサ」と「困窮している農民の食事(主に江戸時代)」というイメージしかない(*_*)植物としての稗の画像など、今回ネットで調べて初めて知ったぐらい。何もインスピレーションが湧かない……今回は、全没覚悟(>_<) / 一応「五穀」の一つで、健康食品として現在でも一部で売られているようですが、さすがに買って食べてみる気はしませんでした。腹が弱いので……(^_^;)/灰田《蜻蛉切》兵庫
○気がついてみると「十六穀」の中の、これがそうだったか!と驚いている人も多いようです。

稗は今ペットショップの鳥の餌 ささき良月
我輸入インコ国産稗事情 なおこ
よくしやべる鸚鵡ぱちりと弾く稗の粒 みどりがめ
てのひらにいのち文鳥稗を食む るりいろ紫蘭
稗食むやハムスターの老いたる毛 松浦麗久
鳥籠の稗殻吹き損ね吸う 根曲がり
稗突つく番いや居間に君と僕 肉野州民菜
●インコを飼っていたときの餌、あれが稗だったのね、よく殻を吹いて除いていました。/花南天anne
●粟、は西日本地域で馴染みありますが、稗、は小鳥のごはんくらいしか思い浮かばない…。/なみはやらんる
●上記のとおり、知っているのは鳥のエサ。 この季語は「死語」じゃないのでしょうか/甲斐太郎
●稗…超難題です。全く馴染みがなくイメージが沸かず、見ることも叶わず。ネット検索しても全然ピンと来ない。小鳥の餌になっているとか栄養価が高く雑穀米に含まれるとかのイメージで想像してみました。詠める気がしなかったー。今度こそパスせざるを得ないかもと思ってました。投句できてよかった。ホッとしました。/古都鈴(ことり)
●稗という兼題を聞き、半世紀ぶりに、幼い頃飼っていた文鳥の匂いや温かさを思い出した。/美人教師
●兼題の季語「稗」は小鳥にエサとして与える「稗」でも良いのですか?/ナタデココ
●私は春潮からなので当時は参加していませんでしたが、方向性としてはアオサと同じかなと解釈しました。 食材であったり鳥の餌であったりしますが、そうなると季節感が薄れるので、あくまで植物としての稗を描くのがベターかなと。 上手い人は食材とか鳥の餌としての稗を読んでも、ちゃんと上手い具合に季節感を損ねず、かつ稗を主役に活かすことができるのでしょうが…。 私には無理!/だいふく
○昔、小学校の小鳥当番の時に、これやってたなあ~と懐かしく思う人も多いはず。

稗めしの効能を説く白衣かな 四方駄
血糖値稗入りご飯炊いた朝 紗々
アレルギー児の肌をやさしく稗の麺 松茶 巴
●小麦粉アレルギーで皆と一緒に普通のうどんを食べられない我が子のために母が稗で作った麺のうどんを与えている。/松茶 巴
○健康のために見直されている「稗」です。

五穀米てふ稗入るカレー銀座かな 八幡風花
ミシュランの三ツ星店の稗料理 浮見亭湖風
●はたして、三ツ星店ではどんな稗の料理が出るのか、興味深々です。/浮見亭湖風
○お洒落な雰囲気さえ漂わせるようになった「稗」です。

●稗と粟と黍の違いがわかりません…泣/k.julia
●今回の季語の「稗」のように全く自分の日常生活にかかわりがなかった兼題はまず検索してみる、過去の俳句を探してみるなどから学べばよいのでしょうか??/まるひるま
○それを調べてみることから、知的好奇心が耕されていく。それもまた俳句の楽しさです。

●結婚するまで、田んぼとは全く縁がなかった私。同居したからには覚悟を決めて、少々手伝った。一番印象に残ったのが稗とり。稲より濃い青々した稗。稲を食い殺さんばかりに絡みつく稗を排除するのは、大仕事だった。鎌で、稲を傷つけないよう、稗を刈り取った。約三十年前の思い出。 /アガニョーク
●稗をよく知りませんでしたが ここの土地は土壌の関係であまり良いお米がとれず 稗とかの栽培が多く牛を飼っている方が多いことが分かり稗もわかりました。/小塚 蒼野
●稗、粟、麦、稲…。似たような植物がいっぱいあって、どうやってその違いを表現すれば良いのか、ここに相当苦心しました。近所の農家の方に話を聞いてようやくこんなものかなあ、というぼんやりとした違いが見えてきたような感じです。上級者の皆様はどんな風にこれらの植物を詠み分けるのでしょうか…?/たてしな昇平
●実るまでの稲と稗は非常に似通っているが、稲には節の部分に葉舌(ケバケバ)と葉耳(突起)があるが、稗にはないとのこと。また、稗は大きくなってくると根の近くが赤味を帯びるそうです。 /紅の子
●稗、何を書いていいやらわからず、とにかく調べまくりました。禾篇の卑という名とはうらはらな 栄養価。飢饉を救うほどのスーパーフード。いまなおクックパッドには稗プリンや稗餃子など マクロビの栄養食としてレシピがあります。古代から現代にいたるまで多くの人の命を救ってきた メサイアフード。そんな存在に敬意を込めて、なんとか五七五にしてみました。/谷口詠美
●夏井先生、スタッフの皆様、いつもお世話になっています。 「稗」。穀物としては、現在は少量の健康食として以外はほとんど作られておらず、俳句では、作物として作る場面を想定しにくい。他方、稲田では雑草として引かなくてはいけない種類もある。  どんな悪天候でもいくらかは収穫が望め、貯蔵性にもすぐれているが、脱穀、精製にとても手間がかかる。  食べたら結構おいしかったという人もいれば、貧しい時代の思い出としてただ腹の足しにさえなればよい代物だったと言う人もいる。種類とか、精製の仕方にもよるのでしょうか?米との割合も影響しそうです。 今までで一番実感をイメージしにくい、難題でした(^_^;)/山内彩月
○調べるって楽しい、知るって楽しい。そして挑むって楽しい!それもまた俳句です。

●小鳥の餌っぽく貧しさの象徴のような稗ですが栄養価は高いとか‥五穀米の中の粒をまじまじ見てしまいました。/うに子
●稗の季語、難しいです。どことなく寂しい句になりがちです。/大福ママ
●「稗」や「粟」、どうしても「貧乏」「赤貧」「極貧」などと結びついてしまい、発想が飛びませんでした。(泣/東山
●稗の持つ空気感がつかみにくかったです。古い時代、野性味…漠然としたイメージでの句作となりました。/青楓也緒
●久々に、季語が動きやすい兼題が来ましたね。 比較対象の「稲」との差別化として、「丈夫で、寒冷地などでも育つ」点は押さえておきたいところです。「味が稲より劣る」点は…季語へのリスペクトに欠けるので、敢えて詠み込まない方が良いでしょうか…。/多々良海月
○季語を主役にするというのは、季語を美化するという意味ではありません。季語の本質を描写する、表現することが肝要です。そのためには、季語の本意を知る必要がありますね。

●稗は縄文時代より人に食されてきた。味は稲に劣り、稲作の田んぼでは雑草扱いだが、冷夏で稲が不作の時は代わりに稗を育て、重宝された。痩せた土地でも育ち、生命力がある。新嘗祭では五穀の一つとして祭られる。ある時はその生命力から、稲を侵食する雑草扱いをされ、ある時は飢餓を救う有難い穀物になる。稗はそんな二面性をもった面白い植物だと思う。/おたま
●●稗は「絶滅寸前季語」? 夏井いつき著『絶滅寸前季語辞典』同著『絶滅危急季語辞典』にある「絶滅寸前季語」には「農業の近代化、合理化によって見られなくなった事物」が幾つか取り上げられている。米、麦、粟、豆とともに「五穀」に数えられ、新嘗祭には天皇が「五穀豊穣」を感謝し、神に勧めて、ともに食される「由緒正しい日本の穀物のひとつ」ヒエも、戦後のコメ増産の成功によって栽培されることも少なくなった。主食として食されることもなくなった。野生化したヒエはコメの減収を招く雑草として駆除の対象になっている。「五穀」と千年以上敬われたヒエもいまや雑草扱いとはひどい仕打ちである。救荒植物として日本では古代から戦後まで栽培されてきたヒエについて、いつ、どこで、どれだけ栽培され食されたかコメやムギに比べ歴史上の記録は乏しくわからないことも多い。まさに「稗史」の中の作物。 凶作、飢饉のとき飢えをしのぐために食される荒れ野に耐える作物という漠然としたイメージしかありません。実際に食べたこともなく、難しい季語でした。 /中岡秀次
●大変むずかしい季語でした。もしかしたら絶滅寸前季語かとも思いましたが、やはりこの国の農耕文化の歴史には欠かせぬ季語であつたのでしょう。ボーダーレスの昨今、民族としての原点回帰意識に良い勉強になりました。故郷をでて、ン十年、このところ全くいっていいほど目にしたこともなかった稗とか粟とかの雑穀…。かすかに記憶はあれども、ことさらに〈美味しかった〉という記憶はない。むしろその逆…(汗)。このように失礼な気持ちで、おぼろげな記憶を頼りの作句に、わずかな自己嫌悪を覚える。かつて我が国の民人の命を育んだかも知れない五穀に、現代の一億総グルメは、今、何を気づくべきだろうか…。/きゅうもん
●稗は冷害に強く?殖力も強いので、縄文時代から東北地方を主に栽培され、明治時代までは全国的に主食用として栽培されている(農民が作る米は年貢や商品で、農民は殆ど食べなかった)。稗の収穫は、穂を叩いて穀粒を取り、穎や糠を除去し精白をするという「稗つき節」にみられるような重労働である。日本では古くから重要な主食穀物であったため、新嘗祭を始め五穀(米、麦、粟、稗、豆)やその他)豊穣を祈る祭事において重要な役割を果たしてきた。また、飢饉の際の非常食として高く評価されており、天保の大飢饉の際に多くの農民が救われたといわれている。1887年に100,00haあった稗の作付面積も2010年には225haで、大部分が岩手県である。どちらかと言えば、稲の雑草として稗は嫌われている。/重翁
●ふだんお米に入れて炊いている雑穀という以外「稗」になじみがないため検索で調べました。アイヌには聖なる穀物、また飢饉で村人を救った穀物、米を食べられない貧しい農民の糧……。全く知らなかった稗の側面に触れました。作句から民俗文化の学びにつながり、ちょっと感動しています。/青伽
●新鮮な兼題季語に始め戸惑いましたが、稗と粟は子供の頃から耳に入っていて、辿ってゆくと稗に纏わることは、日本人のルーツへの旅となり凄く勉強になりました。おまけに稗搗き節まで覚えました。 壇ノ浦で負けた平氏追討の命を受けた武士の悲恋にまで。 ロマンと稗をピヤパというアイヌ語の絶滅の危機にあることにまで考えさせられます。 優貴/村上優貴
●北海道と北東北の縄文遺跡群が世界文化遺産推薦候補に選定されたというニュースを見ました。世界文化遺産の候補になったということよりも、縄文時代からあの寒冷な地に住んでいる人々がいたということに驚きました。稗は寒冷地でも育ち、アイヌの民の主食だったそうですが、紀元前7000年もの昔から、彼の地の縄文人の命を繋いでいたのかもしれないと思うと、稗がとてもいとしい穀物に感じられてきました。 /豆闌
○縄文人スゴイ! 食物の貯蔵とか、どういうふうにしてたんだろ?ますます好奇心をかきたてられますね。

●日本最古の歴史書(712年)「古事記」中の五穀は稲・麦・粟・大豆・小豆で、稗は入ってません。その後720年に作られた「日本書記」には、稲・麦・粟・稗・豆が五穀と記されているようで、やはり栽培しやすい稗抜きでは、当時の暮しが成り立たなかったということでしょうか。/ヘリンボーン富樽
●粟なら好きなのになあ、と思いながら稗について調べると、冷害に強く、縄文時代から栽培されていたとの記載がありました。 神話が歴史になる時代では、古事記のころの五穀(稲・麦・粟・大豆・小豆)には含まれませんが、日本書紀のころには大豆・小豆が豆に統一されたのか、空いた席に稗が入ったようで、稲・麦・粟・豆・稗で五穀になっているようです。ちなみに古事記では神の目から稲が産まれ、耳からは粟、鼻からは小豆、陰からは麦、尻からは大豆が産まれ、一方「日本書紀」では、粟は額、ひえは目、稲は腹、麦や豆は陰から産まれたとされています。アイヌの文化では最も神聖な穀物とされています。 現代においても宮中祭祀の新嘗祭で神に捧げられる穀物の一つとして用いられ、宮中に献上する稗を特別に栽培するそうです。 健康食ブームで一般家庭でも五穀米のポーションに含まれてますが、脱穀に手間がかかるので生産性は低く高価だそうです。個人的に黍や粟の味のほうが好きなので、大変な苦労をして稗を脱穀しなくても、と思ったら、天保の大飢饉の際は多くの貧農を救ったとありました。豊かな今の時代の感覚ではとらえきれない神からの恵だったのです。とはいえ稲田や蔬菜畑にとっては野生種の稗は雑草でもあり、その立ち位置はなんとも微妙。不遇な穀物です。/播磨陽子
●稗(仲秋、植物、傍題:畑稗、田稗、稗刈、稗引く) イネ科の一年草で、見たところは稲に似る。湿気・寒冷に強く、長い期間の貯蔵に耐えうる。いわゆる救荒植物として古くから栽培されてきた。現在では北海道・東北の一部でみられるのみである。晩夏から初秋にかけて十センチから二十センチぐらいの稲状の花をつけ、実の熟れだすのは秋季である。食用であり、わらや葉は、馬の産地では飼料として使われる(「カラー図説日本大歳時記 秋」講談社を要約)。米がほとんどの地域で栽培できるようになり、「稗」(や「粟」)の栽培は減った。 「野稗」(そしてこの傍題の「犬稗」「毛犬稗」「水稗」「草稗」「田稗」)は別の季語扱い(初秋。「カラー図説日本大歳時記 秋」講談社)。これらは「栽培種の稗に対して、野性の稗の総称。種類はいろいろあるが、総じて雑草である。水稗は水田に野生する草稗のことで、農夫が苦労する田取草の草は、この草稗が多い」。ということは、厳密にいえば、稲にまぎれて生える邪魔者としての稗は、「稗」の本意ではないのでは、と言う点が気になります。 しかし「稗を抜く」は「稗」の例句の中にありますし、「稗引く」も(栽培種なら「稗刈る」とするでしょう)。そして「田稗」は両方の傍題。「田稗」「畑稗」とした場合、栽培種なのか雑草と捉えているのか分かるように詠むのがよいのか。詠み分けるとして、これは句全体からどちらの稗か(栽培か野性か)は判断できるでしょうが・・。 なお、いくつかのサイトによれば(真偽はともかく)犬と付く植物は人の役に立たない、という意味を持つらしいです。 「稗」は過去には、人の重要な食糧でもありました。しかし「栗」(植物)と「栗飯」(生活)が別季語なように、「稗飯」は「稗」の句としてよいかは個々の句に因るのかも知れません。大阪生まれ育ちであるので、個人的には馴染が薄く、自分にひきつけにくい季語でありました。ただ農家の方には現在も強く意識され、手を焼く、あるいは北方では栽培種として現在も重要な栽培植物であることは想像できました。「優れた栄養価を持ち、また食物繊維も豊富なことから健康食品として見直されつつある。増加しつつある米や小麦に対する食物アレルギーの患者のための主食穀物としての需要も期待されている。しかしながら飼料用としてはともかく、人間の食用としては加工の困難さ等から高価な食材となっており、大麦やアワに比べて使用頻度は少ない」(Wiki)。なんと。 「秋」の似た季語に、「粟」「黍」があり、栽培種として「稲」があり、「生活」季語の中に「稲刈」や「粟刈る」などの季語が多くあります。「稗刈る」は形式上「植物」季語扱いであるという点。これは小さいことかも知れませんが。さて「麦」(これは春~初夏)、「粟」「黍」ではなく「稗」の気分・成分は何か。ぼくにとって「稗」が想起するものは何か。探りながらの投句です。/すりいぴい
●今回の兼題は稗です。稗は五穀(現代では米、麦、粟、黍(もしくは稗)、豆が一般的ですが、米、麦、粟、稗、豆を五穀と呼んでいた時代もあったようです)の一つとして数えられています。日本での稗の栽培は縄文時代から行われていたようで、縄文時代の遺跡や土器から稗が見つかっており、五穀の中では最も古くから栽培、食されていたと考えられています。その後も稲が育たない冷涼な土地(東北、北海道)では盛んに栽培され、特にアイヌの人々にとっては主食であり、神に捧げるための酒も稗から造っていました。また冷害に強く、荒れた土地でも収穫できる救荒作物として明治期まで各地で栽培されていました。しかし、昭和に入ると稲の品種改良が進み冷涼な土地でも米の収穫ができるようになり、徐々に稗が植えられていた田畑に米が植えられるようになっていきました。また、同じ稲科の粟や黍に比べて稗の脱穀は手間がかかり、重労働でした。宮崎県の稗搗き節は稗を脱穀する重労働のつらさを紛らすために生まれた民謡といわれています。また稗は米よりも単位面積当たりの収量が劣ることから、さらに稗の栽培は廃れていきました。近年は水田にぽつりぽつりと稲より少し高く伸びた雑草としての稗を見かける方が多くなってきました。また稗の実としては鳥の餌ぐらいでしかお目にかからなくなってきましたが、近年の健康ブームで五穀米がもてはやされており、市販されている五穀米の中に稗の実を見ることがあります。しかしながら、栽培面積の減少と脱穀の困難さから近頃の稗は高価なものとなってしまっています。稗から少し話がそれますが、俳句の教書には俳句では悲しい、楽しい等の直接的な感情表現は詠み込まず、それらは季語に託して詠みましょう、とよく書かれています。今まではこの言葉を鵜呑みにしてもう一つ踏み込んで季語にどんな感情が含まれているかをよく考えず、ただ単に直接的な感情表現を詠み込まないということだけに腐心していました。そうすると、あなたの句は季語がそっぽを向いていますという指摘を受けるようになってきました。もっと早く気付くべきだったのでしょうが、季語の本質にある喜怒哀楽などの感情を歳時記の例句から読み取り、季語にある感情に合った景を詠むことで季語と句の内容がしっかり向き合った俳句ができるのではないだろうかという考えに至りました。今回の兼題である稗は例句が少なく、またネット上にある句も私には難解で稗に含まれる感情を正しく読み取れたか自信がありませんが、結果発表で選ばれた句の感情と私が読み取った稗の感情が同じなのか、違うのか確かめてみたいと思います。/いもがらぼくと
○稗を単に貧しい穀物と捉えてはいけない。季語の本意というものの奥深さを改めて感じた兼題ですね。

●色々調べていて、稗のルーツがインドという線が濃厚ということを知りました。現在も世界一の生産国のようです。インドと言うことなら極楽浄土、天竺などと取り合わせてみようといろいろ調べた後で歳時記の例句をみてみると、庄司圭吾さんの「稗抜くや月西国へゆくごとし」があり、改めて類そうということから逃れられないものだなあと感じました。/播磨陽子
○俳句における「類想」は、短詩系文学の宿命です。が、短いからこそオリジナリティの欠片が一句の成否を決めたりもします。五音分いや三音分のリアリティやオリジナリティを探してみましょう♪

◆季語雑学部
●季語雑学部  東日本、特に東北地方の山間地域には、小正月に行われる粟穂稗穂と呼ばれる行事があるそうです。あぼへぼ、あぶひぶとも言い、ヌルデと呼ばれるウルシ科樹木の枝を10cm程の長さに切って、皮を剥きかけたものを粟穂、そのままのものを稗の穂に見立て、束ねて割り竹に差しこみ、玄関先や庭先、畑の堆肥などに挿して飾りつけ、五穀豊穣、疫病退散などを願うという行事なのだそうです。粟穂稗穂で画像検索するとどんなものかがわかりますよ。/山香ばし

●民俗学者の柳田国男によると粟が多く取れるところを阿波(徳島県)、黍が多く取れるところを吉備(岡山県)、そして稗が多く取れるところを閉伊(岩手県)と呼んだのではないかと考えられるそうです。実際、今でも岩手県で多く生産されています/24516
○言われてみると、なるほど!の豆知識♪

ピヤパの穂 萎えたる時は この道を 大坪 美智子
●アイヌでは、最も神聖な穀物とされた稗。寒くて乾燥した土地でも逞しく育つ稗の生きざまがか弱き己に勇気をくれる。/大坪 美智子
●稗なんて??粟との違い等はてなだらけでお手上げだと思いましたが、岩手県産の精製された稗を購入し、お粥を作って食べてみたりしました。味気ない脳内イメージだけが先行していましたが、開封して手に取った時の甘くやさしい香りは意外で驚きました。
 「稗」の漢字としては、禾(こくもつ)と卑(地位が低い)から成り、冷害に強いので古来救荒作物として栽培されたものの、精白や加工が難しいため穀物の中でも米や麦より地位が低く、実が小さいことからも小さい・こまかい等の意味があるとか。手近なところでネットで調べようとしても余り沢山の情報が出てこないような印象でしたが、高冷地でも栽培可能なこと・長期保存が可能なこと・天保の飢饉で多くの農民が救われたこと・消化吸収も良く体を温める効果もある、優れた栄養価など良いこともあるのに対し、貧困の辛い記憶との結びつき・原種であるイヌビエなどの野生種が稲作の天敵となっていることなど、心象を悪くするイメージもあることや、生産者の自給作物の側面が強かったため流通量も多くはなかった…そういうことも存在感を薄めている要因らしいと分かりました。他、労働歌としての「稗搗節」、平家の鶴富姫と平家追討の源氏の将・那須大八郎宗久との悲恋物語、「花巻ひえカレー」など。
 稗は宮中の新嘗祭でも用いられ、アイヌに於いても、稗(ピヤパ)は女性の穀物・粟(ムンチロ)は男性の穀物で併せて神聖な夫婦の穀物とされる、などなど…稗のイメージは私の中で小さな巨人となりました。稗という季語に触れ、この小さな巨人はもっと注目された方が良いのではないかと思いましたし食糧管理・災害対策や未来のこと等色々と考えさせられました。/蜂里ななつ
○「ピヤパの穂」という呼び名、初めて知りました。小さな巨人のような「稗」という認識も、調べてみることで帝張った季語の本意ですね。

◆俳句文法研究部
○俳文研の皆さん、いつもご協力ありがとう! 丁寧な回答が届いています。

●「夏草」の週の京野さちさんへ たしかに「生く」には、「いきる」の意味(自動詞)で四段活用と下二段活用があり、さらに「いかす」の意味(他動詞)で、下二段活用がありますね。自動詞の下二段活用は鎌倉時代以降の用法のようですから、時代とともに変化した言葉の一つなのでしょう。自動詞なのか他動詞なのかは、英語の目的語に相当するものがあるかどうかである程度わかるのではないかと思いますが、自動詞の場合に四段活用を使うか下二段活用を使うかは、現代において文語・歴史的仮名遣で俳句を作る場合、どの時代の文法を基本とすべきか、ということが問題になります。
 私は、私見ですが、どの時代であったとしても、間違いではないでしょうし、言葉が生き物である以上、どの時代が正解ということはないと思っています。おおむね平安時代あたりが中心にはなっているようですが。 ただし、用例がないものを勝手に使ったのでは、それは間違いということになると思います。
 京野さん、辞書又は高校の参考書で確認しながらでいいと思いますので、ぜひ文語、歴史的仮名遣の句に挑戦してみてください。/ひでやん
●第198回兼題「夏草」の俳句文法研究部に京野さちさんから寄せられたコメントに、 ●文法について 「生きる」の古語として「生く」という動詞を使おうと思って調べてみましたら、これは元々五段動詞だったのですね。/ とありました。しかし、そうではありません。 動詞の五段活用というのは、現代口語文法であって、古文法にはありません。/ 推量の助動詞「む(ん)」(古文)が、現代口語文では「う」に大化けしました。室町時代に文語と口語がはっきり分かれた頃に始まった変化です。/ 助動詞「う」の活用も中途半端で、〇・〇・う・○・○・〇という、ほとんど活用とはいえないものです。接続は動詞の四段では未然形に付くので、例えば「書く」→「書かう」が現代口語では戦後、「書こう」になり、従って四段活用の呼称が五段活用に変わりました。/
  ご存知のように現代口語の動詞活用表を見ると、五段についてはこうして未然形がふたつ(以前からあるア段と、新しく設けられたオ段)あります。例えば「書く」では未然形は「―か」「―こ」のふたつです。ア段の「―か」は助動詞「ない」「せる」「れる」などにつくときに(例えば:書かない)、オ段の「―こ」は助動詞「う」に続くときに用いられます。(例えば:書こう)/ まとめると、「五段活用」というのはムカシは無かったものであって、(ウロは習わなかった)国語審議会で送り仮名を変えたときに変わったのだろうと思います。 /ウロ

●「夏草」の週に吉良水里さんがお尋ねの件、「てふ」のふりがなについて。 「てふ」は「という」が転じたもので、「てふ」と書いて「ちょう」と読みます。意味が「という」という意味になります。あくまで読み方は「ちょう」なので、「という」と読ませるのは無理があると思います。「けふ」を「きょう」と読んだり、「せう」を「しょう」と読むなど、歴史的仮名遣においては、表記と読みが一致していない場合が多々あります。「りんごという」だと6音になるところ、「りんごてふ」だと5音に収まるのですが、現代仮名遣の句にするのであれば、字余りでも「林檎という」と表記にするしかないかなと思います。/ひでやん
●第198回兼題「夏草」の俳句文法研究部に寄せられた吉良水里さんのご質問にお答えしたいのですが・・・
●ご質問 てふてふは蝶々のことですが、林檎てふ、と上五を五文字におさめたとき、ふりがなを打つとしたら、りんごという、でも構いませんか?それとも、りんごちょう、になるのですか?口に出して読むときもそれですか?/吉良水里 / ●お答え。「蝶」も「林檎てふ」の場合もふりがなは必要ありません。どちらもそのままで「ちょう」「りんごちょう」と正しくよんでもらえます。/ むしろ、「りんごという」とふりがなを付けるのは誤りです。/ 「てふ」のほかに「とふ」という言い方もありおなじ意味です。/ 「てふ」は、助詞「と」に動詞「いふ」の付いた「といふ」の転じた連語です。中古の和歌にさかんに使われています。「てへ」「てへれば」など応用されていますがここでは省略。(例:…思ふてふことたれにかたらむ)/ 「とふ」は同じ連語で、「といふ」の転であることも同じ。(例:…渦潮に玉藻刈るとふ海人娘子ども)/ 「てふ」と「とふ」の使い分けは、どちらも同じ由来なのでどうつかってもいいのですが、「てふ」が一般的・口語的、「とふ」がちょっと気取った言い方・文章的というようにウロは思います。/ なお、ムカシは「チョーチョ」ではなくて、「てふてふ」というように発音していたようです。例えば「学校」はガッカウと、「八月」はハチグワツと発音していました。ウロのいなかではハチガツと言わないでハチグワツ(実際はもっとナマって、ハッグワツ)と発音しています。このよう歴史的仮名遣いは、別に気取っているいるわけではなく、当時の実際の発音に忠実なかたちで残っているのです。/ よけいなことを言いました。ごめんなさい。/ そうそう、読み方は、「てふ」は、「ちょう」チョー、「とふ」は、「とう」トー、です。 /ウロ

●「匂ひす」「匂ひせり」という言い回しについて質問があります。 「匂ひのす」から助詞「の」を省いたつもりで「匂ひす→匂ひせり」と使用したところ、複合動詞として捉えられおかしいという指摘を受けました。 複合動詞として使っていたのなら誤りなのは間違いないのですが、「の」の省略とした場合はどこまでおかしいのか疑問が残りました。文法的におかしいのか、そこを省略してしまうと読み間違いを誘うような表現ということなのか、微妙なニュアンスが分り辛く困っています。 類似の言い回しなら「音す」なども思い浮かぶのですが、どうなのでしょうか?/抹茶金魚

◆こんなお便り、質問届いてます!
●ものすごく難しい季語でした。/街麦
●今回の兼題「稗」 あまりにも馴染みが無くて初心者には難しいです。/けーい○
●いまひとつピンと来ない。/こま
●稗は難しい。イメージがわかなかった。/横じいじ
●稗を見たことがありません。/ふくろう悠々
●稗というものを60年以上生きてきて多分見たことがありません。ほとんどの方がそうなのでは?/じゅりあん山本
● 稗という植物(作物)を見たことも、ましてや食べたこともない若い人たちからどんな句が生まれるのか今から楽しみです。/岩魚
●スマホの変換で'冷え'より'稗'が先に出るようになりました。それにしても難しい兼題でした。。/海野しりとり
●稗見たことないので難しいです。/ゆみ
●兼題「稗」には、この数十年、縁なく、大変苦労した。結果、回想句になってしまった/富樫 幹
●稗を食べたことがありません/伊予吟会 福嵐
●稗は見たことはありますが、食べたこともないので実感があまりなく難しい兼題でした。想像力を働かせて詠ませていただきました。/佳月
●稗についての知識に乏しく、食用に使われていたとは驚きでした。/しょうじろう
●稗?どうやって考えればいいの?本当に詠みにくい兼題ばかり出すな~!この二週間、今まで全く関心のなかった稗のことを考えさせて頂きました。お陰様で、少し稗のことを知ることができました。/いつもの花影
○兼題「稗」と格闘して下さった2週間。時間の経つのが早かったのでは?!(笑)

●この季語がどのくらいの季節感を持っているのかということが掴めず、かつ「HI・E」という2音のため、情報を明示することばをどのようなバランスで入れれば良いのかということに非常に苦戦しました。「蟻」「虹」に続く2音の兼題でしたが、その様相になじみのない具体的な像を持った季語は、こんなに苦戦するのかと思い知りました。/る・こんと
●兼題と同じ悲鳴が聞こえるようです。稗の俳句を調べても古い古い。昔の俳人達は現在よりも制約がなくて逆に詠みやすかったのか。食生活も今とは違って稗は身近なものだったのでしょうね。米に比べても寒さに強く冷えが転じて稗になったとか。おそらく戦後生まれの人たちは食べたことがないのではと思います。知識として稗は知っているだけですので今回の兼題は手強いな。なので想像力だけで詠みました。/まるちゃん2323
●稗。読めませんでした。まず読むのに一苦労。ネットでどうにか「ヒエ」と読むのだと知りましたが、遠い昔の歴史の時間に、昔の人はコメや麦が食べれないときは稗や粟を食べていたぐらいの知識しかないので、ネットでさらに調べていくと、現在は雑穀米などに含まれている…、…実は毎日のように食べていた(笑)という事実に驚き。さて、いざ俳句を作るべく、手元にある歳時記をみると「稗」自体が載っていないので例文もなく、途方に暮れる、仕方なくまたネットの海に…という2週間でした。/為一暢道
●私が持っている歳時記には「稗」は載っていませんでした。あまり使われなくなってしまったのでしょうか?(何せ私は読めませんでしたし.....)/新野見 墨花
●「稗」は身近なものでないため、実感がなくて難しい兼題です。昔の人にとっては稗というものは身近で生活感、季節感のあるものだったのでしょうね。実感のわかないことをそのまま句にするしかないかなという感じです。/虚実子
○リアルに想像してみるのも、俳句的トレーニングです。

●昔のお百姓さんは、お米を年貢でおさめ、稗などを食べてたと思います。一家で囲んで食べてたのでしょうか。階級のない今がいいですね!/かずポン
●大阪木の芽のず☆我夢です このお題に呆然 農家出でも苦戦ですが 思いがけないお題、また楽し(^^) /ず☆我夢
●稗は今、田んぼでも目にしないので作りにくい季題でした。 遠い記憶を辿って作りました。/葉月
●難しかったです。難しかった理由は「稗」に関係する事柄が自分のまわりに無いから。でも、調べてみると、稗が稲作農家にとっては雑草として身近な存在であるような印象を受けました。今回は、この狭い世界観の中から絞り出しての作句となりました。/高橋寅次
●全然 見た事がない兼題季語に 悩み苦戦しました。ただ小学生の頃 住んでいた場所に 稗田があった記憶が句を詠む手がかりで作りました。あとは ネットで映像を見て 発想しました。/句詩呼
●「稗」の画像を見たらどこかで見たことがある気がして、「稗って田んぼの稲の中にニョキっと生えてるあれか?」と父母に聞いたら「あれだ」と言われたのであれなのだろう。/あまぶー
●稗は、雑穀ご飯に混ざっているのをいただくというくらいしか今まで接点が無かったので、イメージが湧かずに苦労しました。 稗の実っている写真からおばあちゃんの畑を思い出し、なんとか作句しました。/香羊
●「稗を貧乏者の食糧と蔑視する人は東北の凶作に打ち勝ってきた開拓史をひもといてみるがいい。(二戸聞書、1943年)」岩手県二戸地域は稗など雑穀の産地で、現在はほとんどの作業が機械化されているそうです。最近は雑穀のことをシリアルと呼ぶ産地もあり、健康食品として人気があるとのこと。歳時記の例句「雨がちに海女の遅れ田稗多し」のダークなイメージと、シリアルというおしゃれな響きのギャップが面白いです。 「稗」の傍題のうち「畑稗」「田稗」「稗刈」は穀物として栽培された稗のように思います。対して「稗引く」は稲に混じった雑草としての稗。同じ「稗」でも、伴う光景は随分と違うものになりそうです。/月見柑
●何度もひえ~~っとなりながらなんとか捻りだしました。 ドイツでも雑穀はかなりポピュラーでわりとよく食べます。(最近のお気に入りはキヌアです) が、残念ながら稗は売っていない模様。 仕方なくネットで調べ、稗には栽培種と野生種があり、野生種は田んぼの雑草として 嫌われていることを知りました。俳句では穀物としてよりこの雑草としての稗が詠まれていることが多いように感じました。田んぼの近くで育ったにもかかわらずそのような稗を目にした記憶がありません。単に稗だと認識していなかっただけかもしれませんが。次里帰りしたときには稗探しでもしようかと思います。 /露砂
●生き物全て食を得なくば生きられぬ因果な「命」です、ましてや人類に於いては何をどの様に利用すか現実の問題でしょう、恐らくは「稗」「粟」「高粱」などは古代雑草としての自成植物としての存在であったと考えられましょう、従ってそれらを活用して生き延びたのであろうと想像します  私自身「ひえ」「あわ」「高粱」についてはいずれも戦時下及び戦後の一時期体験済みですので、味も香りも食べ方も知って人類の一人です、兎に角稗飯は温かいうちは非常に美味しかったとの記憶ですし、 粟餅など風味ある上等な正月用品の仲間でした。ただし、「高粱」だけは食えた代物といえません・ 現代の「稗」をどの様に美味しく食べることが出来るのか知りたいものです・山都屋/山都屋
●稗は脱穀が大変で労働歌ができるほどだったという話に出くわし、稗搗き節について調べました。美空ひばりも歌っているんですね。労働歌というから過酷な内容かと思ったら、恋の歌でした。平家の落人の村とも言われる宮崎県の椎葉村の鶴富姫と、源氏側の追手である那須宗久の悲恋の伝説がもとになっています。ちなみに椎葉村では、嫁に出た人が実家で墓に入る選択もあるそうです。女は三界に家無しと言いますが、こういう土地柄もあるんですね。
 稗は粟や黍、米などに比べその脱穀が難しいとされていますが、私が気になったのは、では誰が稗搗きを任されたのか、というところです。石うすで脱穀した稗を粉にするのは楽で、女の仕事だったとする資料を見つけましたが、脱穀は?家族の中でも、下位の人間に「おまえこれやっとけよ」的に回されていくこともあったのではないかと思いますが、まったくの想像です。どなたかご存知の方がいらっしゃればぜひ教えていただきたいです。/播磨陽子
○記憶のある方は、是非お便り下さい♪

●組長へ 去る7月31日は(地球への)火星大接近の日でした。約5800万kmまで近づく大接近で、しばらくの期間は赤く明るい火星を一晩中観察できるということでした。2003年(6万年ぶりの超接近だったとか)以来の大接近であり、この前後、夏から秋にかけては、天体望遠鏡で表面の模様を観察する好機とのこと。肉眼では2019年の初めごろまで、南の空に明るく見えるらしい。この間は一等星よりも明るく見える。ぼくも31日には肉眼ですが、かなり大きく、そして赤く見えました。天体望遠鏡が欲しい・・。俳句は暦と切っても切れない関係にあり、暦は天体と切っても切れない関係にあります。「科学」と「俳句」の親和性は近時特に組長も注目しているところですね。次の大接近は2035年?だったかな?本年8月23日頃は、月と火星がすぐ近くに並ぶ時期でもあるようです。12月頃まで、月と火星の大接近は続きます。
火星は、このままでは歳時記に載っていませんでした(講談社、日本大歳時記)。しかし「旱星」(晩夏、天文、傍題なし)の解説に「赤い星などを見ると、地上のみならず上空まで旱になってしまったのかといった思いになり~」と書かれています。火星は「夏日星」ともいうそうですから、夏の季語として考えることはできないのか。角川の旧版の大歳時記の「旱星」には以下のような記述が。旱を象徴する赤い夏の星というと火星があるが(軌道や公転速度の関係か)、夏に出ない年もある。なるほど。さそり座の赤星や、西の牛飼座のオレンジの星などは、いつの夏でも「旱星」として目を引く、とのこと(野尻抱影)。さそり座の赤星は「大火(たいか)」とも言い、夏の季語と某サイトにありますが、講談社の大歳時記には掲載なしでした。火星を詠んだ句には、 火星汚れて会議のあとの窓を飾る 金子兜太(形式的には無季) 人間に火星近づく暑さかな 萩原朔太郎(季語は「暑し」?) があります。/すりいぴい
○「火星」を「大火」と呼ぶというのは知りませんでした。語感が、大火事を連想させるので、季語となり得るのかは、判断できかねます。季語としてではなく「火星」を詠んだ句は、結構あるように思います。

●「稗」について調べていると、「稗官」「稗史」「稗蒔」が出てきました。これらは傍題にも入っていません。 これらを入れて投句するのは駄目ですか。 それとも月曜日のよしあき君のコーナーならOKですか。/北村 崇雄
○季語としてどれぐらいの認識してもらえる力があるのか、これまた私には判断できかねます。

●台風の別の表現ありますか、野分では弱いと思っています。/老二才
○図書館に行って、大判の歳時記を調べてみてはどうですか。調べれば分かることは、是非ご自分の手で♪ 自分で学ぶことが楽しいのですもの。

●まだ俳句始めて1月ぐらいで、季語の本片手に頑張っています。発想が平凡なため、俳句全体が平凡な句になっています。よく先生が言っておられる俳句の中に違う場面、動きなどを入れたいのてすがどうしたらいいのでしょうか。よろしくお願いします。/ヒマな主夫
○まずは、自分の体験を詠むことから始めて下さい。自分の体験は、それだけでオリジナリティとリアリティを内包しています。俳句は、頭で作るのではなく、五感を感じとる体で作るのです。

●切れ字についての質問です。 上五の最後に「や」置いて切り、更に句末に「かな」や「けり」を置くことは可能でしょうか? 切れ字を一句の中に2回使う例は見かけませんが、やはり、問題なのでしょうか? また、上五を名詞や動詞の終止形で切り、更に句末に「かな」や「けり」を置くことは可能でしょうか?初歩的な質問で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。/虚実子
○「降る雪や明治は遠くなりにけり」という中村草田男の名句もありますので、一概にダメとはいいません。が、これらは高度なテクニックです。初学のうちは失敗しやすいので、手を出さないほうがよいと思います。俳句における判断は、常にケースバイケース。定石という言い方では判断しきれません。

●質問です。教えてください。 お願いしますm(__)m ①切れ字「や」は下五には使わないものなのでしょうか? ②「上五の末」と「下五の末」は同時に名詞は使わないのが、基本なのでしょうか? ③一句に動詞は一つが、基本なのでしょうか?/シュリ
○①について、下五の「や」はテクニックとして高度である、ということはいえます。②質問の意味がつかみかねます。③「一句一動詞」も一つのテクニック。ただ、句の内容によっては、定石を外して成功する場合もあります。
 もし、あなたが先生について勉強なさっているのならば、まずはその先生の方針を信じて勉強してみることをオススメします。俳句は常に、ケースバイケース。基本や定石はありますが、句の内容によって判断は分かれます。初心の頃は「指導者を素直に信じて学ぶ」ことから、道がひらけてきますよ。

●文法について 先日のプレバトで発表された中田喜子さんの句で「光束ねるごと」というフレーズが使われていました。 これは口語の「光束ねる」と文語「ごと」が混ざっていないでしょうか。文語であれば「光束ぬるごと」となり、口語にしたければ字余りになっても「光束ねるように」とすべきかと存じます。 フレーズとしてとても素晴らしいと私も思いますし、句全体でも特待生中一位かつ先生による添削なしでしたが、ふと気になってしまいました。/京野さち
○俳句では、仮名遣いの混同(歴史的仮名遣いと現代仮名遣いが一句に入り交じること)は厳しくたしなめられますが、文体の併用(文語と口語が一句に入り交じること)に関しては比較的肝要です。
 中田さんの句は、子どもたちが光の中から駈けだしてくるという明るい躍動感に溢れたものでした。「光束ぬるごと」という語感は、一句の世界に馴染まないと感じたに違いない、と判断した次第です。

●質問 ①表記方法で、時折見かける「背ナ」、「二ン月」(いずれもカタカナは小文字)などの、カタカナの使用の仕方がよく分かりません。どういう場合に使いますか?使わなくても分かると思うのですが。 ②縦書きの場合によく見かける「おなじ」であることを表記する、くの字の長いのは、横書きの場合は不可能ということでしょうか?また、縦書きの場合は、使う方が一般的でしょうか?/森一平
○①使わなくても分かる、と感じられるのならば、お使いにならなければよいかと思います。音数調整で安易にやっている場合もあるし、それが案外俳諧味をもたらしている場合もある。全てはケースバイケースです。②俳句を横書きにすること自体に、私は抵抗を感じております。本サイトを含め、ネット俳壇の横書きはしぶしぶ許容しております。縦書きにおいて、繰り返しの表記を使う使わないは作者の判断。横書の場合は、判断することも拒絶されている、ということです。

 

●新しい投句・投稿システムについてのお願い
 投句・投稿フォームが新しくなっています。投句数の増加に伴って、仕分け作業に多くの時間を要します。以下の事項を守って投句投稿して下さると、組長の負担が大きく減ります。ご協力よろしくお願いします。

①俳句の欄には俳句のみ記入して下さい。一つの欄に一句を厳守。

②「俳句に対するコメント」の欄は記入する必要はありません。(特に気になることがあれば記入していただいても結構です。)

③「ギャ句」「聞き倣し季語」は俳句欄に記入して下さい。ギャ句の原句は「俳句に対するコメント」の欄に必ず記入して下さい。

④「兼題季語についての質問・考察・情報(火曜日「俳句道場」)」は、火曜日「俳句道場」への投稿です。

⑤「『俳句ポスト365』への感想・質問・要望・俳号の変更・各地の吟行情報など」「組長&ハイポニストたちへのお便り・近況報告など」はそれぞれ水曜日への投稿です。内容に合った欄に書き込んで下さい。

夏井先生

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