俳句ポスト365結果発表

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第201回 2018年7月26日週の兼題

  • よしあきくん一期一会の一句
  • 初心者向け解説コーナー今週の俳句道場
  • 今週のお便り
  • 人・並選の俳句
  • 天・地の俳句

天

穂を出さぬうちに抜かれる稗のばか
ことまと
「稗」を秋の季語として描くのは、思いの外難しいことです。稗というと、鳥の餌か、五穀米十穀米に埋没している粒か、はたまたシリアルの中にあるこれ?と首を傾げるか。昨今ではそんな程度の認識でしょうから、致し方ないといえば致し方ないのでしょう。
「稗」というと稲田に生える雑草として、秋の季語だなと憎まれ口を叩かれることが多いかと思います。が、それにしてもなんとストレートな罵り方! 「穂」を出す頃になると厄介だから「穂を出さぬうちに」抜いておこうとするのは模範的農家。みすみす抜かれて悪者呼ばわりされる「稗」を「ばか」と罵倒しつつも、「稗」の運命を肯い慈しむ心も根底にながれていると読みたい一句です。

地

退屈な色して稗穂ほろほろと
24516
「稗穂」は確かに地味です。稲穂のように黄金色ではなく、言われてみると「退屈な色」かもしれません。そして抜かれ、今では雑草として扱われてしまう。「ほろほろと」は「稗」の穂が落ちていく擬態語でありつつ、我が身を儚む感情かもしれません。
馬糞も泥も父祖の匂いや稗を取る
くりでん
「稗」はかつて、人々を飢えから救った貴重な穀物でもありました。「馬糞」も肥やし、「泥」も耕地、全ては「父祖」の辛苦の「匂い」なのだよと語る一句。切れ字「や」からの「稗を取る」という淡々たる措辞が、ある時代の手触りと「匂い」を読み手の脳にありありと再生させます。
稗倉に乾ぶ鼠の臼歯かな
トポル
かつて「稗倉」に稗もなくなってしまうほどの飢饉もありました。空っぽになった「稗倉」に入り、しげしげと見渡してみると、そこに落ちているのは「鼠の臼歯」ではないか、というのです。ホントに「鼠の臼歯」だったのかもしれないし、そのように見えたということかもしれませんが、「乾ぶ」の一語が飢饉の時代を見事に語っています。発想のオリジナリティに脱帽。
この欠片土器の底らし稗五合(ごんご)
大塚迷路
「稗」は縄文時代から食されていたようで、縄文や土偶という言葉との取り合わせの句も沢山投句されていましたが、この句は「欠片土器の底らし」とすることで、縄文土器の破片にちがいないと思わせるところが巧い。さらに「らし」と推量で語ることで、かえってリアリティを感じさせます。下五の「稗五合(ごんご)」という鄙びた響きもよいですね。
ばりばりと神のあごひげ稗熟るる
かもん丸茶
神代から食されていたのかもしれないのが「稗」です。「稗」の熟れた手触りが「ばりばり」しているという句はありましたが、それを「神のあごひげ」だと比喩した点に強いオリジナリティがあります。「稗熟るる」感触を、読者の手に届ける巧い喩えですし、神の時代を想像させる力もあります。
稗の穂や火屋をみがくは子の仕事
こはまじゆんこ
ランプ等の火を覆うガラス部分の筒を「火屋」と呼びます。まだ電気の普及していない時代には、煤で汚れてしまう「火屋をみがく」のは「子の仕事」でありました。「稗」を食べるしかなかった貧しい時代は「火屋」の灯の揺れる暗い時代でもありました。
稗よりもひくく水よりしづかな妻
一阿蘇鷲二
「稗」という季語が「妻」と比較されることで比喩され、表現される。こんな発想もあるのか!と驚きました。しかも、一見「妻」のありようを書いているように見せて、実は「稗」という植物の本質を描いている。「稗」も、この「妻」のように「ひくく」「しづか」な生き物なのです。いやはや、この作者には毎回やられます。
稗食えば女が欲しくなると翁
津軽ちゃう
「稗」のような貧しい穀物を食べると、種の保存本能が刺激されるというのでしょうか。なんでか分からないけど「稗」を食べたら「女が欲しくなる」と言い放つ爺さん。嗚呼、こんなスケベな爺さんいるよな~と思う反面、「爺」ではなく「翁」の一語が一句をただの卑属に落とさない。巧い選択です。
ねやごとを讃ふる唄や稗を搗く
土井デボン探花
電気のない時代は、夜になれば寝るしかないのです。灯をともす、ということ事態が贅沢な時代。稗搗き唄には、卑猥な歌詞も入っています。その意味も分からないまま「ねやごとを讃ふる唄」を歌いつつ、「稗」を搗いている子どもを思い浮かべました。
稗を刈る姨捨山に子捨穴
ちゃうりん
「稗」を食べねばならなかった時代には、口減らしの意味も含めて老人たちを「姨捨山」に捨てていたという伝承があります。そんな「姨捨山」に「子捨穴」もあったというのは、事実でしょうか。伝承でしょうか。生きるための切なさとともに「稗」という食物は在り続けてきたのだと思うことしきりです。
稗伸びるいま古事記とか読んでいる
大蚊里伊織
神代の時代からあったともいわれる「稗」。それが今、すくすくと「伸び」ているのです。兼題に出された「稗」という秋の季語。この季語の本意を知ろうとして「いま古事記とか読んでいる」のでしょうか。「稗」という穀物になじみがないと困った人たちもいたようですが、知ろう学ぼうとするところに、こんな句材見つけられるのだ、ということを実証してくれた句かもしれませんね。

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