俳句ポスト365結果発表

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  3. 無月

第202回 2018年8月9日週の兼題

無月

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今週のお便り&俳句道場

■今週の俳句道場~初級者向け解説コーナー
さあ、今週も皆さんからいただいた投句をもとに、俳句のイロハを解説していきます。毎週読んでいるうちに俳句の作り方がわかってくる講座でございますよ。

◆俳句の正しい表記とは
無月なる ホームの椅子に 介護員 H- bird
足音に 心乱れし 無月の湖 かねなが
かみしばい 時間よ止まれ 無月なり きびだんご
汽車乗りて 我が身不遇や 無月なり シラクサ
アドレスに 送信しても 無月なる それぞれのしあわせ
窓枠は 無月の夜も 千羽鶴 ぬいぐるみ
竹取の 翁が思う 無月かな のぶのぶ
人見知り 母雲の背に 無月かな まおリーナ
真夜中に 無月を走る 新聞少年 めしめし
密やかに 産を祈らん 無月の宵 ももとせゆきこ
無月雨 先祖を送る 軒の下 りくん
足元に 無月の姿 朧げに りさ
子を背負い 無月の道を いざ行かん 一碁一会
目にみえぬ 無月思ひし 風よ吹け 月影 ミウ
無月さえ 今は感じぬ 街明かり 寺山 風雪
風吹かば ぼんぼり見たい 無月かな 小林番茶
切なさに 香焚きそめし 無月かな 大坪 美智子
見えずとも いる母おもふ 無月かな 竹内あゆみ
西風に 押されて出る 無月かな 長十郎
無月の風 撫でる子の頬白々と 東風孫子
腹ごなし 風心地良し 無月の路 二四六
君送る 悲し無月や 別れ道 波奈
ほろ酔いや 家路を誘う 無月かな 白晃
鼻緒切れ けんけんする途 無月の 夜 美智子
限りなく 文したためし 無月の夜 美魔女
窓を開け 無月のにほい 部屋にひきいる 葉日
枝豆を ふたつみつ食む 無月かな カトレア
虫の声 たゆたう仄か 無月かな ぬゑ
赤本の 上の檸檬や 無月なり みゆき
無月暮れ 空蝉晒す 寂寥の我 ゆうの母
無月かな 提灯踊り 汗が舞う 井出剛
孫と娘と すすきとポーズ 無月かな 一丘(いっきゅう)
何気なく 秋空見上げ 無月かな 山内 茉緒
ほんのりと 銀河を照らす 無月かな 相模の仙人
漕ぎいでる 逢瀬の舟に 月もなし ビックマム
ゑひざめや 遠回りせし 月の雲 烏南
○俳句は五七五の間を空けず一行に縦書きするのが正しい表記です。ネット俳壇の横書きは、泣く泣く許容しております。強い芸術的主張がある場合、敢えて分かち書きしたり、多行書きしたりもしますが、初心の時期は基本を守っていきましょう。
 この関門をクリアしないと、木曜日「並選」以上には進めません。俳句の修行の第一歩は、正しい表記から~♪次のご投句待ってますよ。

◆季重なりブラザーズ
星流る花火とぎれた中天に いとう みち
夕涼みうたた寝さめれば無月なり ちゅうちゃん
無月の日流星数え空仰ぐ にゃんみー
初秋の空無月になっても月望む 京子
無月なれど花あざやか夏の夜 恵子
振り返る街影おぼろこの無月 江口 麻
猪の荒き息せり畑無月 燈穂
ゆりかごに中秋無月眠れる夜 祺埜 箕來
猫じゃらし野分の海にゆれており 桜苑
○季語が複数入っている名句もあるので、「季重なり」は絶対にダメ!とは言いませんが、複数の季語を作品として成立させるのは、上級者コースのウルトラ技。まずは、一句一季語からコツコツ練習です。

●私は季重なり容認派ですが、いったい誰が季重なりはダメだと言い出したのか誰に聞いてもはっきりしません。いつき先生はご存じでしたら教えてください。/達哉
○江戸期の頃は、季語としての認識が共有されてない部分もあって、今の感覚でいうと季重なりの句は沢山あります。「季重なりはダメ」というのは、初心者に対する基本的教えに過ぎないと、私は考えています。いつ、誰が言い出したか等については、あまり興味がないので調べたこともありません。

◆兼題の考え方
つけうりや 奈良漬までが たいへんだ 廃空
白球に 汗と涙の 甲子園 いったん
秋場所や 化粧まわしと 鬢(びん)の香(か)と カメリア
気にするな 誰かが決めた Yes,No 信念を貫け
秋の蝿 枯れし羽にて 舞い納め 問十
盆踊り先祖帰りて皆集う たくとも
水玉模様の蜘蛛の巣は昨日の花火の忘れ物 ひげぞう
甲子園補欠の涙心打つ ボンボヤージュ
施餓鬼旗いくさ無き世を祈り継ぐ 玉川正隆
盆休み祖母に会う度一万円 鉄鰈
原爆忌だから言わないこっちゃない 偏屈堂主人
ロケットで月見の頃は吾は星に 片つむり
叢雲の草原駆ける玉兎 優雪
○本サイトでは毎週「兼題」と呼ばれるお題を出していますが、季語が出題された場合はその季語(あるいは、その季語の傍題)を必ず詠み込む、というのがたった一つのルールです。
 今募集中の兼題は、10月3日24時締切の「胡桃」です。ご投句お待ちしてます♪

玄海の夢月の沖に船流れる おうちゃん
墓跡のブルーシートや夢月なり 栄魚
約束の持参の酒や夢月の夜 富樫 幹
○これは、単なる変換ミスなのか? ネット上の歳時記とかに載っているのか? 謎。

◆季語深耕
●無月・・・すっぱい葡萄、みたいな?負け惜しみ季語?/こま
●無月の状態、1でも0でもない割り切れないアナログなかんじが、いわゆるわびさびなのでしょうか?/ともかわすてむ
●「無月」には「寂しさ」や「残念」という感覚はあるのでしょうか。/星海
●無月でも雲の周りはほの明るいを表現するのは難しいですね。/みぃすてぃ
●無月、、文字にするとあっさりしている言葉の奥が深いですね。/大福ママ
●無月という季語は何とも言えない情緒があります。 今回をもって4回目の投句となります。/村上優貴
●無月とは面白い表現ですね。月がさやかに出てくる前の季節でしょうか。/葉日
●本当に今回の兼題「無月」は悩みました。 過去に無月の夜を経験したことがないはずもないのですが無月と意識したこともなく無月だと星は見えるのか見えないのか悩ましい。 そこで両方の状態を想像して作ってみました。/青泉
●無月…月はまったく見えないのか、少しは見えいるのか、真っ暗なのか少しは明るいのか、雲のかかり具合にもよるのでしょうが、終始イメージがつかめないままでした。/露砂
○つかみにくい「無月」とは、どんな季語なのか?

無常にも隠るる先に月は澄み じろうちゃん
歳も歳月がなくても月が見え 暇親爺
月が見えないならば存在も無い 桜電子
神の雲隔たば隔て我と月 三寺伊織
○これは「月」の句です。

通夜しんしん眺むる月も無かりけり 松浦麗久
月も無く音も無き夜や友偲ぶ みぃすてぃ
●「無月」という季語を「月なき夜」読み下しても、「雨月」と「雨の月」「月の雨」のように傍題になるのでしょうか。/中岡秀次
○「月なき夜」は無理があるかと思います。月が出てない夜という意味になろうかと。

名月を見ることもなくブルーライト 香居
曇り晴れ名月のショー開幕す 最章
○これは「名月」の句です。

調弦のところどころに入る雨月 まめ小路まめ子
○これは「雨月」の句です。

●無月は最初は雨の夜もあるのかと思ってましたが、雨月という季語が別にあると知りました/藤郷源一朗
○その通りですね。

●『兼題「無月」陰暦八月一五日の夜に雲が広がり、待ちかねた中秋の名月が見えないことをいう。しかし空はどこかほの明るく、名月を感じる。それゆえに、曇る名月という。「雨月」という季題を含んだ意味にもつかうことができる』 と、手持ちの歳時記にありました。歳時記でつかうことができるとあるから、雨月を使ってもよろしいのでしょうか? また、「雨月」という季語を含んだ意味とは、雨の名月ということでしょうか? 兼題が「無月」とはっきりしている場合、雲る名月の無月で詠むべきなのでしょうか? 「雨月」は、傍題としては載ってません。 どうとればよいのか、困りました。ご指導お願いいたします<(_ _)> /宙のふう
○歳時記は、編者の考えによって季語の定義や分類が微妙に(時には劇的に?)変わります。疑問に思うことがあれば、幾つかの歳時記にあたってみることをオススメします。個人的には、「無月」と「雨月」は趣がかなり違うと認識しています。

●無月の夜という表現は変ですか? 無月なら夜なのは当たり前なので、夜は書かない方が良いのかな、と思いましたが、無月だけだと句の意味にそぐわない気もして、微妙な違いの二句を投稿してみました。/ことり
○基本的には「夜」の一語は不要ですが、これも場合によってそれが捨て石の効果を持つことも考えられます。ケースバイケースです。

●意味そのものは明確に違うのですが、句として「雨月」とどう詠み分けるか、真反対の「名月」と入れ替えて成立する句になっていないか、単に無月の説明句になっていないかなど頭においておく必要がありそうです。
「無月」は(特定日の)無月であることそのもの(状態)であり、無月の「夜」、「空」のことは含まれているのか。個々の句により、あえて言うことの是非は判断されると思いますが、一応の景をもつようでもたない感覚的な季語でもあるな、と思いました。今回、「かな」の繊細さをうまく掴めないまま、「~かな」句が多くなったことが気がかりです・・。/すりいぴい
○そこが工夫の為所ってやつですね。

シナモンティーの香る窓辺に無月かな 青嵐
夜行バスの窓に収まる無月かな 貴芭蕉
三叉路の雀荘の上無月かな 柏屋ちひと
指をさす埴輪の上の無月かな 笑々
○微妙です。「窓辺に」「窓に」「~の上」といわれても、そこに月は出てない……。

子が巣立ち無月が照らす我が家かな 甘平
白波を照らして無月青青き アーナンダ
一筋の風水鉢の無月揺れ 紫蘭
●風がすっと吹き、庭の水鉢にぼんやりと映る無月も揺れた。ああ秋の訪れなのかもしれない。寂しくもありホッとする気持ちもある。/紫蘭
○「無月」だから、照らせないし映らないし揺れないのでは?

●無月という言葉を初めて聞きました。月が見えなくて残念、ではなく、見えないものすら風流にしてしまう日本人の奥深さに感動しました。言葉一つで人生が変わる!と思いました。/海野しりとり
●見えないけれどあるんだよ。/こま
●姿が見えない名月を残念に思わず、無月と詠む感性に風情を感じます。姿が見えても見えなくても、古来から月は愛されているのですね。/海月@大阪
●兼題「無月」の意味を知って、こういうことも季語になるのかと、季語の奥深さに感動しました。私たち祖先の自然の捉え方て偉大ですね。「無」の情景だけに色々想像が膨らみそうではありますが、逆にその想像力が問われそうですね。うむ、俳句て面白いなぁ。/尼島里志
○中秋の名月が出ない夜を愛でる。これが日本人の美意識。

●無月って、たった三音なのに情報量多くないですか。 ・仲秋の名月の日であること ・雲で月が隠れていること ・夜であること 少なくともこれらの情景が「無月」の一語で済んでしまっているわけでして、残りの14音を捻り出さなくてはならないのに、なんにも言葉が出てこない地獄。もう勘弁してください。/だいふく
●秋の代表的な季語である「月」が無い「無月」っていったいどう捉えたらいいのだろうと思いましたが、「見ることが出来ない月の姿を思い描く情趣」なのですね。視覚が弱まる分、聴覚が研ぎ澄まされる、そんなイメージも感じました。/やまぶき
●歳時記に「無月」は天文の季語として登場します。天文の季語の多くは、はっきりと映像が存在します。その映像に本質があり、思いをあとから添えることによって作句することになるのが多くの天文の季語の特徴だと思います。しかし「無月」は、見た目の美しさを多分に含みそこに重点がある「名月」などと違って、見えない名月に対する人々の「思い」の部分の方にやや重点が乗っている気がします。また、「有る」ということより「無い」ということに強く詩情を感じるのも日本人特有の季語なのかなと思いました。/安達りんだう
○「無い」ことに感じ取る詩情、その通りですね。以下、詳しいレポートも届いてます♪

●無月(仲秋、天文、傍題;曇る名月、仲秋無月、月の雲) 陰暦八月十五日の満月の夜、空が曇って名月が見えず、しかし空はどこかほの明るいのを言う。曇る名月である(「カラー図説日本大歳時記 秋」講談社、石原八束)。また「名月の夜の晴雨は本当にはかり知れない。待ち望む思いが強いせいか雨で見られなかった年の記憶が多い。その夜雨または曇り空のため月が見えないことを「雨月」または「無月」という。夜々育ってゆく月を眺めてきて満月にあわないのはまことに残念であるが、無月には無月の趣もあるもので、雨もまたよしと気を変えて見直すと、草の穂の伸びた庭草も、闇の夜とは違ったうすずみの靄のなかに沈んでいたり、うちに光を包んだ夜の色の空に欅の梢が融け込む夢のような美しさにも出会うことがある」(「俳句小歳時記」水原秋櫻子編、大泉書店)。
月のない夜であればいつでも、という季語ではないのですね。仲秋の名月が見えない。それであれば見えないことはなおさら残念でもあり、「ああ・・」という感慨もありますが、他方でそれも一興という風情も感じます。大阪弁でいうと「かめへんかめへん」といったところでしょうか・・。 どちらの感情でもありえ、また、この二つの感慨がないまぜになった感じともいえます。「無月」以外の部分でどちらの感慨が強く持たれているのか分かる方がよいのか。例句を読むと、どちらかといえばもの寂しい感じよりも、無月を楽しむ、どこか前向き(?)に捉えている句が多いようには思われました。そして単に月のない、見えない夜ではない、特別の夜をどう詠み込むか。実は難しい季語だと思いました。/すりいぴい
●今回の兼題は無月です。無月とは陰暦の八月十五日の月、中秋の名月が雨や雲によって見えないことをいいます。他の国の人であれば「見えなくて残念だね」で済ます所を見えない月を観賞するというのは日本人だけの感性ではないでしょうか?
 これを裏付けるのが月に関する言葉の多さです。英語では独立した単語として月の満ち欠けを表す言葉は満月、三日月、半月ぐらいですが、国語辞典を調べると十六夜の月、十五夜の月、さらには寝待ち月、立待ち月など数限りなく出てきます。また、古来より和歌にも数多く詠まれ、俳諧においても主題、傍題を合わせると二十以上の季語があるのではないでしょうか。このように見てみると日本人は無類の月が好きな民族ではないかと思います。無月とはこんな月が好きで、深い思い入れがある日本人だから生まれた季語だと思います。/いもがらぼくと
●〈無月〉という季題をみたときにため息が出ました。なんて美しいのでしょう。俳句の真骨頂ではないでしょうか。課題に挑戦するという意気込みは急にしぼみ、なんだか対象に融合する句づくりという気分にする季語でした。拙句で汚すまじき季題ですが、生きるということは汚すことだと達観しての作句でした。それにしても満月なのに「無月」という着想。これを考えだした古人はこれだけで「天」ですね! /ウロ
○折しも、今日火曜日は「十六夜」。さまざまな月に関する季語を味わいたい秋です。

●夏井いつき『絶滅寸前季語辞典』(ちくま文庫、2010年)の「無月」の項目には以下のような説明があります。
「名月を見ながら酒を飲もうという輩は山のようにいるが、「無月」の空のほの明るさを愛で、隠れた月に思いを馳せようという心こそが、この季語の本意。月の愛し方もさまざまあるだろうが、「出ない月を愛でる」というヘソ曲がりな精神が好きだ。そして、季語「無月」の時空のなか、いかようにも展開していける十七文字の世界を心から愛さずにはいられない。 日本(にほん)橋も日本(にっぽん)橋も無月かな 夏井いつき」(上掲書、257頁)。
 例句は下五「無月かな」とありますが、無月を詠んだ句は「無月かな」と切れ字の「かな」を使うことが多いような気がします。 「かな」という切れ字は「しみじみと余情をたたえながら、消え入るように終わる」というもの。下五を「無月かな」として句を作ると難しい。「かな」が難しいと上五、中七に「無月を」配置すると音の数からこれまた難しい。とそれまで以上に苦労しました。 /中岡秀次
○懐かしい句です。東京を発って大阪に着いて、どちらも無月の夜でした。

●「無月」……暗闇に淡く浮かび、しかし確実に「月がある」という事を感じさせる位の明るさを持った月。「薄明かり・隠された真実・存在のはっきりしない物・不可解な物・好奇心を煽る物・魅力的だがやや近付き難い物」等がキーワードとして上がりそう。……ところで、読みは「むげつ」と「むつき」のどっちが正しいんだろ?ほとんどは「むげつ」で書かれてるけど、一部「むつき」と読んでいる所もあるんだよな……(-_-;)/灰田《蜻蛉切》兵庫
●「無月」の読みは「むげつ」とばかり思っていましたが「むつき」という読みもあったのですね。しかしいずれにしても三音、これをどう入れるかが意外と難しく感じています。傍題には「曇る月」「曇る名月」くらいしかないのでしょうか。「雨月」として雨を降らせてはいけませんし。/京野さち
○「むつき」という読みがある? それは「睦月」ではないですか? どなたの編の歳時記にその読みがあるのでしょう? 私は「無月」は「むげつ」と認識しています。

◆季語雑学部
●季語雑学部  花札(やったことがないので解説にちぐはぐさがあるかもしれません)で、芒に月と菊に盃の札を集めてできる役に月見に一杯というものがあります。この役の成立時、もしくは成立後に柳に小野道風、もしくは桐の札を獲得すると、その役が不成立になるというルールがあります。これは雨流れ、霧流れといい、柳に小野道風は雨に由来する札で、桐は霧と音が同じことからのものだそうで、それぞれ雨月、無月に通ずるとても日本的で風流なルールであると感じられます。/山香ばし
○へえ~花札の役というのは全然知らないのですが、なんやら優雅で面白い!

●龍安寺石庭の15個ある石は、どうしても1度に14個までしか見ることができないといいます。その不完全さから何かを得ようとする精神と似たものを、今回の「無月」にも感じました。実際には見えないものへ想いを馳せる気持ち。どことなく日本人的な季語だなぁと感じました。/高橋寅次
●花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。 季語「無月」に、『徒然草』のこの一節、この一段を思い浮かべずにはいられません。欠けていることにより、完全なる美を希求する思いがより深く、より切実になる。自然美の表現を、叙景から叙情へと変換させています。 もっともこれは、兼好の独創とは言えません。新古今時代の歌人、藤原俊成が唱えた「幽玄」、その息子定家が唱えた「有心」にも通じる面があります。下っては、室町期の世阿弥の「秘すれば花」、安土桃山期の千利休の「わび・さび」、そして江戸期の俳聖、松尾芭蕉の「しをり・ほそみ」にもつながっている気がします。日本の文芸、ひいては日本人の心の底流にある美意識と言えましょう。 「無月」は、日本の文芸の粋が詰まった季語なのかもしれません。/豆闌
○「欠けていることにより、完全なる美を希求する思いがより深く、より切実になる。」高校の時の古典の授業を思い出しました。まさに「日本の文芸の粋が詰まった季語」ですね。以下、季語雑学部の科学的情報もご紹介♪

●陰暦8月15日の仲秋の名月の頃は、秋雨前線で雨や曇りの日が多いようであるが、新暦が一ヶ月遅れとして、東京の過去30年間の毎月15日前後5日間の晴天率を調べてみました。7月(33%)8月(34%)に次いで9月の晴天率が37%と悪く、雨の割合では9月は43%と最も多く、6月、7月が37%です。データー的にも、仲秋の名月の頃は天気が悪いが、中秋の名月と言う特別な日に、雲間から月が出るのを待つのは楽しいし、月が見えずにがっかりするのも趣がある。又、「晴ときどき曇」の方が、雲にライトアップ的な立体感があり、深みのある空の濃い紺色が良いという人もいて、無月の情緒もあるようだ。/重翁

●自転速度 地球: 秒速466m 月: 秒速4.64m 月が地球を公転する速度は秒速約1km 地球が太陽を公転する速度は秒速30Km 秒速30Kmだと、東京大阪間、17秒弱 月は、自転しながら、地球を公転しながら、太陽の周りを、地球と一緒に公転している でも速度って、相対的なものだから、月が地球を回るのか、地球が月を回るのか はたまた、地球が自転しているのか、宇宙が地球を回るのか。 動くって、なに?  夏井先生、難しい季語のお蔭で、また悩みが増えました。/朱契

◆添削という名の杖
無月なり妻の話は止めどなく 東西南北
●(1)「無月なる妻の話や止めどなく」として、上五の連体形で中七を修飾させて、「や」で切れを入れる場合、意味上の繋がりのある中七と下五を切るのは良いのか良く悩みます。このような「や」の使い方は誤りでしょうか? (2)また、「無月かな妻の話は止めどなく」として、上五を「かな」で切る使い方はどうでしょうか?三音字の季語の場合、良く悩みます。/東西南北
○結論からいうと、上五「無月なり」と言い切って「妻の~」と続けるのが良いかと思います。中七「は」だけが気になるかな。
【添削例】 無月なり妻の話の止めどなく

◆俳句文法研究部
●俳句文法研究部  兼題「無月」では、おそらく、季語雑学部あたりに兼好法師の徒然草の「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」の段の投稿が山ほど来ているのではなかろうかと想像します。あまりに有名で、古文の授業やテストで必ずと言っていいほど取り上げられます。ここは、俳句文法研究部なので、文法的なことを一点だけ述べさせていただきます。
 最後の「かは」なのですが、疑問で使うこともありますが、ここでは反語の助詞です。つまり、「桜は満開の時に、月は満月だけを見るものだろうか(いやそうではない)」と兼好法師は提示しています。そしてその後の文章で縷々、離れて見ることや最初と最後に情趣があること、そして、直接見たり触ったりしないところに趣の深さがあるということを主張しています。/ひでやん

●ひでやんさんにあった「踊」と「舞」、どこかでの読みかじりを加えながらになりますが、「「踊」の音符の「甬(ヨウ)」は用に通じ、もちあげるの意味。足を持ち上げておどるの意味を表す」(※1)そうですが、「甬」は中国の古い古い楽器「編鐘」の一部「甬鐘」からきています。この楽器、形はハンドベルみたいで柄が付いていて、当初はその柄に紐をくくりつけて棚のような形状からぶら下げて鳴らしていました。私はまだPCないので(これは借り物でちと検索できず…)ネットで調べたら出てくると思います。これに合わせて日本でいう武士階級のような人たちが踊っていたのでは?という説もあるそうです(※2) 英語では「中国の古いカリヨンのひとつ」みたいな味気ない訳でしか出てきませんが、さまざまな音色があるようで、いろいろな踊りに使われていたのかもしれませんね(※3) 一方「「舞」の音符の橆(ブ)はまいの象形。甲骨文は、人が装飾のあるそでをつけて舞うさまにかたどっているのがよくわかる。のち、さらに左右の足の象形の舛を付し、まいの意味を明らかにした」(※1)とありますから、衣装も法被などではなく着物のことが多かったのでしょう。お公家さんなどの多くいた西日本で「舞」、もうちょっと庶民的だった東日本では「踊」とよく言われていたらしい(※2)というのもうなずける気がします。
 日本舞踊では踊りを「差し」=「ひと差し」「ふた差し」、舞は「手」で数えます。確認したら能も「手」、ちなみに狂言は「番」ですね(※4)  また「踊」と「踊り」、こうした動詞が名詞化したもののふりがなについても、教科書の改訂があるたび幾つかの所で論議されるのですが、最近(ここ6,7年)は「どちらでもよい」とする漢字が多くなっていると聞きます。この俳句の世界ではまたそれだけではなく、先達が使ったからこれも♪とか自分のつく師匠によっていろいろあるように思います(※3) ※1=『新漢語林 第二版」』(大修館書店)/ ※2=学生時代に習ったこと/ ※3=私見/ ※4=『数え方の辞典』(小学館)   (う~ん…昔の仕事でちょっと齧っていたことの披露とはいえ、俳句初心者がこんなとこに書いてよいのやら(悩)…老婆の老婆心で申し訳ありません…) /明惟久里
●ちなみに「「躍」は「音符の?(テキ)」はきじの意味。きじのように高く速くおどるの意味を表す。」(※1)とありますが、いや雉はそんなに高くも速くも踊らない、と言う飼育員さんもいます。これは、昔(奈良時代)は狩の二大獲物(鳥)が「キジ」と「ウズラ」だったからだそうで、そりゃこの2種を比べればキジの方が高いし速いやん!ということでこういう説明になっている(※2)らしいです。/明惟久里

◆こんなお便り、質問届いてます!
●はかり知れない 浪漫ちっくな 兼題季語ですね。/句詩呼
●詩情のありすぎる兼題は、それはそれで難しと思いました/藤郷源一朗
●無月イコール暗いしか浮かばなかった 相変わらず凡人です/伊予吟会 福嵐
●一句も出せずに終わるかと思いました。難しかったです。/紅の子
●今回の兼題の無月。俳句の初心者にとってはむずかしいですね・・・。 ”無月”という言葉をどの部分にもってくるのがいいのか、頭を悩ませました。/四季園楽@木ノ芽
●無月という季語が、歳時記に、見当たらなかった。こんな詠題もおもしろいね?これからも、難題を、どんどん、出してくださいね!/気まぐれ 稔久
●「無月」確かに見た事のある風景なのですが、うろ覚えではっきりとイメージする事が出来ませんでした。そんな自分が無念です。/塩の司厨長
●中々見えない名月というのは難しいですね。実体験があまりない為苦労しました。勉強不足ですね。/寝たきりオヤジ
○「無月」という季語を意識するようになると、そこから初めて見えてくるのだと思います。来年の中秋の名月が、今から楽しみですね。

●日本の季節の風習がとても好きです。 中秋の名月は団子を作ってお月様にお供えするのを娘たちが小さいころから続けています。 無月の兼題で、「お月様いないねー。食べてほしいのにねー。」と月の見えない中秋の夜空を何度も眺めていた娘を思い出して懐かしくなりました。 数年前まで近所は空き地ばかりで見晴らしがよく、庭の縁側からきれいに月が見えたので夕食を縁側で食べたりしていました。夜風に吹かれながら飲むお酒は3割増しでおいしいです。/香羊
○ま、酒はいつでも美味しいけどね。

●俳句をはじめてから1か月です。作句するにはするのですが、どれが良い句なのか、自分ではまだよくわからないです。だからたくさん投句してしまいます。お手を煩わして申し訳なく思いますが・・・。 いつき先生の評句は感受性が高く素晴らしいとおもいます。季重なりについて、たとえば、 精霊の灯流る無月かな は季重なりでもいいのでしょうか。 /松楠
○「無月」は、年に一度の中秋の名月が雲に隠れて見えない、という季語です。「精霊の灯」は、灯籠流しの灯だろうと思います。これは盂蘭盆会の最後の夕方の行事。そもそも日にちに齟齬があるのでは?

●2句とも月に棲むという「兎(うさぎ)」や「蟇(ひきがえる)」を題材にしたものですが、 ①2句ともに、「兎(う):うさぎの古名」「蟇(ひき)」と読んでほしいのですが、フリガナを振っておく必要はあるのでしょうか。歳時記に「蟇(ひき)」とはあるので、「蟇」のほうはこのままでもよさそうなのですが、「兎」のほうは歳時記では「兎(うさぎ)」のみなので、フリガナを振るのかどうか、判断に迷います。 ②「兎」は冬の季語、「蟇」は夏の季語ですが、主題が「無月」ということが明確であれば、こういう句は許容されるのでしょうか・・・。 ご教示いただければ幸いです。/修生
○ふりがなは不要です。読み手がある程度推測できる範囲の読みです。さらに、この場合の「兎」「蟇」は見立てているだけなので、季語として機能はしません。が、そもそも「無月」は月が見えないわけですから、「兎」も「蟇」も見えないのでは?

●頼もう。著作権について何の異存も御座らぬが、 拙者、他人様の著作権を犯してならぬと存ずる。 一つ伺い申す。 『作者を併記すれば、作者の許可なく句を引用出来る』 これが書物などでの、俳句の著作権の扱いで御座るか。/嫌佐久
○専門的なことは、著作権協会に問い合わせて下さい。

●「詩的」とはどういう意味なのでしょうか。/北村 崇雄
○大辞泉には「詩のような趣のあるさま」、大辞林には「詩のようであるさま。また、まとまっていて美しいさま」と解説してあります。

●質問 忌日句は、有名人でなくても、例えば家族友人などの名前で詠んでも良いものでしょうか?また、生前葬的に、死亡前に詠んでも良いものでしょうか?句会において、自分の名前のものを詠んだら、否定的な意見が多かったです。選者の方は、普通は無いが、誰か有名人の一平と間違えるから良いのでは、と笑いながら取ってくれましたが。因みにその句は、「人知れず野に咲く花や一平忌」というものです。/森一平
○自分の辞世の句として詠んでおきたいのなら、それでよいのではないでしょうか。後は、死んでから後悔しないように、作句の腕を磨いて下さい。

 

●新しい投句・投稿システムについてのお願い
 投句・投稿フォームが新しくなっています。投句数の増加に伴って、仕分け作業に多くの時間を要します。以下の事項を守って投句投稿して下さると、組長の負担が大きく減ります。ご協力よろしくお願いします。

①俳句の欄には俳句のみ記入して下さい。一つの欄に一句を厳守。

②「俳句に対するコメント」の欄は記入する必要はありません。(特に気になることがあれば記入していただいても結構です。)

③「ギャ句」「聞き倣し季語」は俳句欄に記入して下さい。ギャ句の原句は「俳句に対するコメント」の欄に必ず記入して下さい。

④「兼題季語についての質問・考察・情報(火曜日「俳句道場」)」は、火曜日「俳句道場」への投稿です。

⑤「『俳句ポスト365』への感想・質問・要望・俳号の変更・各地の吟行情報など」「組長&ハイポニストたちへのお便り・近況報告など」はそれぞれ水曜日への投稿です。内容に合った欄に書き込んで下さい。

夏井先生

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