俳句ポスト365結果発表

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第202回 2018年8月9日週の兼題

無月

  • よしあきくん一期一会の一句
  • 初心者向け解説コーナー今週の俳句道場
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  • 人・並選の俳句
  • 天・地の俳句

天

ねこねずみからす無月の歌舞伎町
根子屋彦六
いきなり「ねこねずみからす」と生き物の名で始まる一句。平仮名表記は、一音一音確かめるように意味を構築するので、理解する速度が緩みます。脳裏にぼんやりと猫と鼠と鴉の姿が現れたとたん、季語「無月」と「歌舞伎町」の光景が広がります。東洋一の歓楽街「歌舞伎町」は、居酒屋、キャバクラ、ホストクラブ、ラブホテル、パチンコ店、性風俗店等が犇めき、キャッチ、客引き、ポン引きが蠢く街。眠らない街が少し静かになる頃は「ねこねずみからす」の街となります。「無月」の夜が朝へ向かって動き出そうとする頃、嗚呼、中秋の「無月」であったかと見上げるのは疲れて帰るホストか、跋扈する酔いどれ俳人か。「無月」の空はまだ昏く深いのです。

地

無月かな空ほんのりとうづたかき
神山刻
こんな観察もあるのかと、ハッとします。「無月かな」という上五の詠嘆を「空ほんのりとうづたかき」と描写。雲に隠れた月のありかが「ほんのりと」堆くあるかのようだという感知に、共感を抱きます。「無月」を一物仕立てで描くという志にも拍手。
セルロイド透かしたやうな無月かな
樫の木
こちらは比喩。「セルロイド」を「透かしたやうな」というのですから、薄ぼんやりと月の所在は分かるという「無月」ですね。どこまでを無月と呼ぶかという議論はあるかもしれませんが、「月の雲」という季語の情趣を、別の角度から切り取ったかのような作品です。
無月かな電柱が見下ろしてくる
街麦
嗚呼、名月が出てないなと見上げる空。その眼球に映るのは「電柱」です。見えない月と立っているだけの電柱。それに見下ろされている作者。「電柱が見下ろしてくる」という措辞を、孤独感と読むか、飄々たる味わいだと読むか。読み手の心によって様々な心情が動き始めます。
ちりとりの身の上を聞く無月かな
土井デボン探花
好きだなあ、こういう句も。そこにあるのは、ちと古びた「ちりとり」のみ。中秋の名月を愛でようと外に出てみると、月は出てない「無月」の夜です。庭の片隅に置かれた「ちりとり」の「身の上」話でも聞いてやろうかという洒落心が、粋ではございませんか。多分、虚子もこんな句を面白がるのではないかと思う次第です。
母はまた無月の街の猫となる
クラウド坂の上
「母」が「無月の街の猫」になるとは、どういう意味か。おそらく認知症による徘徊だろうと思われます。「無月」の夜、あ!母がいない!と気づく。「無月の街」の「猫」だという比喩は、罵るようでもあり慈しむようでもあり、悲しくもあり切なくもあり。
Kは死んだ無月の空を一掻きし
蟻馬次朗
「K」という人物がどのようにどんな理由で「死んだ」のかは一切書かれおりません。ただ、「無月の空」を「一掻き」したかのように死んでいったというのです。ぼんやりとした暗い水中を思ったのは、「一掻き」という言葉からの連想でしょうか。見えない月を掻くような悲鳴も聞こえたような気がしました。
銀貨じやらじやら無月を馭者の低き唄
一阿蘇鷲二
「銀貨じやらじやら」は馬車に乗る客たちから受け取った報酬のコインでしょうか。「馭者」は「無月」の空を見上げて、馬の尻に一鞭を当てます。馬たちがゆっくりと走り出す蹄の音に交じって、「馭者」の「低き唄」は静かに不気味に聞こえてくるのです。宮沢賢治の童話の世界のようでもあります。
胃がきゅうと鳴って無月をひた走る
鯉太郎
「胃がきゅうと鳴って」は、腹が減っているのでしょうか、心理的なものでしょうか。己の「胃」の在り方を感じつつ、「無月」を「ひた走る」のです。汽車やバスかもしれませんし、生身で風を受けて走っているのかもしれません。「無月を」の「を」は、経過していく時間や場所を表す助詞ですが、適格に使いこなしています。
大きいトラック養豚場を出て無月
綱長井ハツオ
「大きいトラック」がゆっくりと「養豚場」から出てきます。中秋の名月の夜ですが、月は出ていません。「無月」です。トラックの中には、出荷される豚が入れられているのでしょうか。豚コレラに感染した死骸だと読む人もいるかもしれません。「無月」の名詞止めが、深い余韻を作ります。
海は無月でアフリカの旗は派手
司啓
「海は無月」であることと、「アフリカの旗は派手」であることは何の関係もありません。真っ暗な「海」と暗い「無月」の空。中秋の名月が出てないことを愛でる日本人の美意識と、強烈にして「派手」な色彩をよしとする「アフリカ」の国々の「旗」。二つの美意識の対比が、ぶつかって言葉の火花を散らせます。それが、取り合わせの妙というヤツです。

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