俳句ポスト365結果発表

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第203回 2018年8月23日週の兼題

無花果

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今週のお便り&俳句道場

■今週の俳句道場~初級者向け解説コーナー
さあ、今週も皆さんからいただいた投句をもとに、俳句のイロハを解説していきます。毎週読んでいるうちに俳句の作り方がわかってくる講座でございますよ。

◆俳句の正しい表記とは
我が恋は 無花果のごと 割らば薫るぞ うた母
無花果や 馳走と笑える すかんぴん カトレア
物静か タルト無花果 葉はひかる シラクサ
無花果を お金を出して 買うなんて それぞれのしあわせ
無花果や かたく拒めば 実らずや のぶのぶ
無花果や 吐くほど食えど 母恋し ビッグマム
いちじくや 子供のほっぺた 赤きけり まおリーナ
やはらかき けむり無花果 りんの澄み まんぷく
広げた手 やわき無花果 そっとのせ めかぶまる
池に落ちた 祖母を笑うや 無花果の実 めしめし
無花果や 乳は百薬 我も百 ももとせゆきこ
目に見えぬ 無花果いつか 実るかな りさ
無花果や 洗わず食し 浮かぶ顔 花田 豊楓
無花果の 心溢れて 花ひらく 黒海月
いちじくや 赤ん坊の様に 赤きけり 山内 茉緒
戯れは 無花果の葉で 隠すべき 春日
無花果の ねらいを定め 朝取りす  小林番茶
無花果の 熟れて鴉と 睨み合い 相模の仙人
無花果の 届かぬ君を 抱き上げし 大坪 美智子
無花果の 夕陽のごとき 紅花托 長十郎
サボテンや ポットの中の 抑止力 廃空
来客の イチジクタルト 笑み溢れ 葡萄畑
無花果を 蟻に譲る 雨の朝 妙泉
○俳句は五七五の間を空けず一行に縦書きするのが正しい表記です。ネット俳壇の横書きは、泣く泣く許容しております。強い芸術的主張がある場合、敢えて分かち書きしたり、多行書きしたりもしますが、初心の時期は基本を守っていきましょう。
 この関門をクリアしないと、木曜日「並選」以上には進めません。俳句の修行の第一歩は、正しい表記から♪次のご投句お待ちしてます。

◆季重なりブラザーズ
味わうや 秋の足音 無花果で たんぺい
無花果の熟して台風一過かな 小椋晶之
羽ばたく  無花果天牛  藍の渦 瑠緒まま
○季語が複数入っている名句もあるので、「季重なり」は絶対にダメ!とは言いませんが、複数の季語を作品として成立させるのは、上級者コースのウルトラ技。まずは、一句一季語からコツコツ練習です。

●今回2句とも季重なりだと後で気が付きました。 重なっても良い場合の目安があったら教えてください。/蜜華
○具体的な目安というものはありませんが、「季語に強弱をつける」「季語を合体させる」のが、比較的成功しやすい手法です。「複数の季語を全て主役として存在させる」は、ウルトラ中のウルトラ技です。

◆兼題の考え方
脚凍り ポラリスは消ゆ 夏吹雪 ぽむぞん
提灯に はしご酒する 無月かな ロビン
夕曇り 蝉が歌わす ポンポコリン 渡邉岳史
目に染みる煙の匂いで秋を知る ナイトフライト
色鳥や三脚ふれてカメラブレ なかがわ聖一
白樹液見掛よけれど灰汁きつし 舎人
外面しか見てくれない大人たち 急須のアヤタカ
●やはり面接では、第一印象が大事とされます。それは、第一印象しか見れないからですね。しかし、第一印象以降を見ることもできると思うのです。もちろん見てくれを整えるのは大事ですが、内なる花を見れる人に面接官をしてほしいものです。/急須のアヤタカ
○「内なる花」というのは佳い言葉ですね。長年大人をやっておりますが、この内なるものを見抜くのはなかなか難しいことです。俳句を続けていくことは、内なる自分を磨くことにも通じます。是非、続けて下さい。
 とはいえ、本サイトでは毎週「兼題」と呼ばれるお題を出しています。季語が出題された場合はその季語(あるいは、その季語の傍題)を必ず詠み込む、というのがたった一つのルールです。
今募集中の兼題は、10月17日24時締切の「炬燵」です。ご投句お待ちしてます♪

◆季語深耕
ちと違う餅は包めぬイチジクの葉 宮島ひでき
●素朴な疑問としまして、季語で言う無花果は実の部分のみをさすのか木の方もさすのか気になりました。/山陽兵
○木に関しては、その木の名だけでは季語になりません。例えば「銀杏(いちょう)」は、「銀杏散る」「銀杏黄葉」で季語になり、「銀杏(ぎんなん)」ならば季語になります。同じように「イチジク」は木の名前なので、俳句で「無花果」といえば実を指すことになります。

アフタヌーンティー無花果ケーキをチョイス みえ
無花果の苦味が楽しケーキかな スピカ
甘さますドライ無花果スイーツに ともちん
笑顔咲く咲く無花果のタルトサックサク 為一暢道
無花果と読めず指差しこのタルト 宮路祐一
無花果パン甘み香りが味噌のよう 蜂 蜜子
無花果のドライの甘さや計り売り 葉っぱのようこ
●無花果、焼き菓子のドライフルーツとして入っているのが好きで、粒をぷちぷち噛む歯ごたえが好きだなーというくらいしか思いつかず苦戦しました。そんな時に田舎道をドライブしていたら道端の直売所で無花果ののぼりをいくつも見かけて、旬なんだな~と実感しました。兼題として考えていなければ見過ごしていた景色だったので、なんだか豊かな気持ちになれました。/香羊
●無花果は「イチジクジャム」や「イチジクタルト」でも季語として扱えますか?/すみ
○これはちと悩ましいです。もいできた無花果を今、ジャムにしようとしている等の場面でしたら、季語としての匂いがしますが、焼き菓子やドライフルーツの場合は、季感(季節の気分)はあるけれど、季語としての力を発揮できるかというと、ちと弱い気もします。とはいえ、俳句は常にケースバイケース。一概に決められない部分もあります。

●私は無花果の見た目、特に裂けたところがダメという食わず嫌いな人間です。それが影響したのか、なかなか発想や想像がしにくくて苦戦しました。無花果を苦手とする人は少ないのでしょうか?ネットでは美味いとする書き込みが圧倒的に多かった気がするのですが…。/高橋寅次
●無花果(特に朝採りのもの)は私の住んでいる市の特産品なのですが、無花果嫌いな自分には、味覚的には何のアドバンテージにもならないのが残念で申し訳ないです。今回は、無花果スキーな友人と無花果農家さんの発信されているテキストに助けられての投句です。/次郎の飼い主
●イチジクは漢字がありますが、西洋なイメージが強いです、和な感じにはならない俳句になりますね/藤郷源一朗
●「無花果」…私はついつい「柘榴」と混同してしまっていました。旬の時期も色合いも大体同じなんですね。 「無花果」は、「柘榴」より果肉の粒が小さく色も淡いので、見た目の印象は「柘榴」より薄い気がいたします。季語が動きやすい上に、比較対象のインパクトが強いので、なかなか手強い兼題になりそうな気がいたします。/多々良海月
○知っているのに知らない果実にランクインされそうな「無花果」です(笑)。

●ありがたいことに我が家と隣に無花果の木が。なので売っている立派なものでなく小ぶりな実のなる木のイメージで詠みました。実体験大事!/古都鈴(ことり)
●季語の本意をつかみたいと、スーパーでパックに入った無花果を久々に買って食べました。表面の濃い赤紫色の皮は、薄くて大きく纏めて剥けることはありませんでした。表面の皮が小さく剥けるだけ。意外に剥きにくかったのです。最初は、白い蔕を折って手掛かりにして剥こうと試みましたが、私が下手だったためか、それがなかなか手強い。うまく剥けず仕舞いでしたが、あえて庖丁を使わずにゆっくりゆっくり時間をかけて剥きました。冷えた乳白色の果肉の中は赤くとろっとしていて、細かく柔らかい粒(種)が口に広がります。その粒の冷たいこと。甘さはほどよく、人により淡泊な印象を受けるかもしれません。無花果そのものも、剥くためにかけた時間も、そこから生まれる(連想する)イメージも詠むべきものではないかと考えた次第です。/輝 龍明
○実体験は貴重です! ゆっくりと剥いている時間も吟行です。

●湿り気?/こま
●なんとなく淫靡?/こま
●無花果は夜、酒大人の食べるものと言う印象に凝り固まってしまいました!自分の固定観念の壊し方…教えていただきたいです!/小町
●無花果、どういうイメージで作っていくのでしょうか。枇杷などと似て、昔はそこらにあったのに、今は見当たらない、いや目に入らないのでしょう。そうすると禁断のイメージで作ったりと頭の中で作るようになってしまいます。それでは独自性が無くなるでしょうし、実感が湧かないでしょう。皆さんの句を楽しみにしています。/大雅
●【無花果】、いろいろなイメージが含まれていて作りやすいかと思いきや、そのイメージに引っ張られて卑近な直喩になってしまったボツ句がいっぱいありました。 私の【無花果】のイメージは、ざらざらした食感、素朴な甘さ、田舎臭さ、庶民的、そこはかとないエロス、古臭い、不思議、和風など……。 フレッシュな果物とは全然ちがうので、なんとなく懐古的なニュアンスの句が増えてしまった気がします。/街麦
●果物としての形状が独特であり、いくつものテーマを想起させる季語だと思いました。古代ローマのころより存在していて、聖書への関係も深く、西洋画では「儚さ」を示す静物画の重要モチーフになり、はたまた現代では和洋問うことのないポピュラーな食材であるという多面性。どのあたりに句の中心を持ってくるべきかということに腐心しました。/る・こんと
○多面性のある季語は、それぞれの面で一句ずつ作ってみるのも、俳句修行としては有効です。

無花果の葉に隠れおる君と僕 はしびろこう
無花果じゃ隠しきれないアダムかな 金亀 子
バリバリと剥がす無花果葉の下着 土王
●青い実(のようなもの)が暗い紫になったら食べ頃ですが、熟してないものを含むと口が割れてしまいます。聖書のエピソードもあり少しエロティックな果物です。/うに子
●無花果はアダムとイブが食した禁断の果実だったのかも、とそこから終始離れられなくなりました。/新野見墨花
●無花果にはあまり季節を感じません。季節感よりも、旧約聖書でアダムとイブが禁断の果実を食べた後裸であることに気づきイチジクの歯で局部を隠した話といった歴史的背景や、遠くアラビア半島が原産地であるとかいった情報の方に、関心が行ってしまいます。/虚実子
●アダムとイブが食べた禁断の果実は、リンゴ、イチジク、ブドウと諸説あるようで、絵画でもリンゴやイチジクが描かれています。個人的には、旧約聖書の書かかれた地域から考えて、イチジクが最有力かなと思っています。/虚実子
●無花果…なんとなく禁断の実のイメージがあるのは旧約聖書のせいか子どもの頃誰かが盗み食いした話を聞かされたからなのか。食べてはいけないような気がしていた。見た目もあまり好きになれず食わず嫌いできましたが、この兼題に取り組むため初めて食べてみました。とろりと甘ったるい感じが魔力というかやはり禁断の味がするというか。食べていてなんだか落ち着かない、不思議な果実でした。 本当のところ、アダムとイブが食べた禁断の木の実は林檎で無花果は葉っぱを裸体を隠すために使ったのです。無花果は全くの濡れ衣を被ったのかもしれません。/古都鈴(ことり)
○無花果=アダムとイブ、その発想の句が山盛り届きました。(苦笑)

いちじく無の花言われし中に花 月影 ミウ
●無花果のプチプチは花なのだと初めて知りました。この世の果物で一番好きなのに句にするなるといと難しき。/白瀬いりこ
●無花果が花だったなんて知りませんでした。その驚きを句にしたかったのですが・・・ イチジクコバチのことも句にしたかったのですが、もっと無理でした。/卯年のふみ
●無花果(晩秋、植物、傍題:とうがき、ほろろいし)バラ目クワ科イチジク属。学名Ficus carica、英名fig tree。原産地:アラビア半島南部、地中海沿岸地方。 全国で栽培されるクワ科の落葉小高木。春から夏にかけて卵形の肉厚の花嚢(かのう)の中に無数の白い花を咲かせる。その花嚢全体が秋に熟れて暗紫色の実となる。実をもぎとるときに出る白い液汁がいぼやいおのめなどに効くとされ、実(み)は食用であるが、駆虫や下痢止めにも効くという(「講談社カラー図説大歳時記 秋」講談社、稲畑汀子より)。「無花果」と書かれる理由、「いちじく」という理由は、どなたかが書かれると思われるので略しますが、まあ、あのつぶつぶが花なんですね。南蛮柿、唐柿(とうがき)ともいいますが、これは日本に渡来した直近の経路を表したものかも知れません。イチジクを摘むと花柄からラテックスと呼ばれる樹液が滴ります。このときに出る樹液は母乳や精液になぞらえられ、アフリカの女性の間では不妊治療や乳汁分泌の促進に効果がある塗油として使われてきた、という情報もあります(某サイトより)。薬用・生食以外にも、加工により様々な食べ方があります(ジャム、コンポート、ドライ等)しかし歳時記を見ると「実」の季語って多いですねえ。詠み分けしたい類似季語に「柘榴」(仲秋)がありますが、「柿」「栗」「葡萄」「林檎」「梨」「桃」そしていろんな柑橘系、「~の実」ではない、これぞ「無花果」という句になればいいなあ。 余談ですが、父は少年時代に故郷(丹後)の庭の無花果の木に登り、実を根こそぎ喰いまくったそうで、その姿は祖母によれば「猿やった」、らしいです。父はその晩から高熱を出して三日三晩寝込みました。以降、父は死ぬまで無花果を口にしなかったそうな・・(実話)。/すりいぴい
●今回の兼題は無花果です。無花果の漢字の由来は花が咲かずに果実がなることから付けられました。実は私たちが果実と思って食べているのは花嚢と呼ばれる花の集合体が熟したもので果嚢といいます。無花果を割ってみると中にたくさんの粒々がありますが、本来の果実はこの粒々一つ一つなのです。無花果は花が咲かないと思われていますが、本当は花嚢の中で無数のごくごく小さな花を咲かせるのですが、袋状の花嚢に覆われているため外からは見えません。そして、花が咲いた後に花嚢の中で無数の花が結実して熟すと果嚢と呼ばれるようになり、私たちはその果嚢を収穫して食べているのです。無花果は古くから栽培が行われており、研究により約六千年前のメソポタミアで栽培されていたことがわかっていますが、それ以前の約一万年前から栽培されていたことを伺わせる事物がヨルダンの遺跡から発見されています。原産地はアラビア半島というのが定説ですが、アナトリア(現在のトルコ)だという説もあります。また、旧約聖書にあるアダムとイブが裸体を覆うのに使ったのは無花果の葉であり、さらに禁断の実はリンゴではなく無花果であるとの説もあります。このように原産地に近い中近東から欧州では数千年以上前から知られていた無花果ですが、日本にはずっと年代が下った江戸時代初期に中国を経由して伝来したといわれています。当初は漢方薬の原料として入ってきたようで、今でも使われていますが、実は整腸剤、下剤に、葉は肌荒れや腰痛に効き目あります。その後はその甘みから徐々に食用としても用いられるようになっていきました。その甘さから、異国から来た柿のようにあまい果物という意味合いで「唐柿」、「蓬莱柿」、「南蛮柿」などと呼ばれていました。西洋世界で長い歴史を持つ無花果には豊穣、平和、官能など様々な意味が付与されており、聖書にも表されていることから神聖なものと認識されています。さて、無花果という季語の印象を例句から読み取ってみると、こちらも様々な意味合いが付与されていますが、私が一番印象づけられたのは、無花果の赤紫色になんらかの感覚を求めていることでした。無花果の皮と実が赤紫色ですが、特に実の赤紫が明るくもなく、とはいっても暗くもないなんとも言えない味わいが私にはありました。この無花果の赤紫の味わい大切にして句作りしたいと考えています。/いもがらぼくと
○たった一つの果実なのに、調べていくと次々に知らないことがでてくる。学ぶって面白いです!

◆季語雑学部
●季語雑学部  イチジクの木は世界的に見ても樹木崇拝の対象、そして精霊が宿る木として知られています。沖縄ではイチジクの仲間のガジュマルに精霊のキジムナーが宿り、奄美大島などでは100年以上経たガジュマルやアコウの古木に精霊のケンムンが棲みつきます。古代ローマではイチジクは聖なる木とされ、ギリシャ神話でも女神デメテルがイチジクを作りイチジクの精シュケーがいます。古代エジプトではイチジクの木をヘネトと呼び、イチジクの木の精霊の名前でもあったようです。そしてイチジクは女神と同一視されてもいたようです。西アフリカのアロンウェ族では、イチジクの仲間の巨樹にトロウォという精霊が宿るそうです。それ以外にも。インドの聖樹にはバニヤン樹(ベンガル菩提樹)と呼ばれるイチジクの仲間の木があり、イチジクの持つ霊力は世界共通のもののようです。/山香ばし
○へえ~季語雑学部長、さすがやな!「霊力」を思わせるようなカタチしてるワ!と納得。

●無花果について*この歴史に古い果物について、wik.によくまとめられているのに感心しました。 *関東、昭和30年代頃、無花果はよく庭に植えられていました。桜や松のように南面の庭で主役をはる樹ではなく、東西等側面に、つまり便所のあるような所に植えられていたように覚えています。それもあってか、子供達は「いちじく~」(え~、ぷぷぷという感じ)。 薬効を期待されたのか?戦争の飢えの記憶が庭に果樹を求めさせたのか? 枇杷が植わっている家も多かったように思います。その頃は普通に食べる果物というと、ミカン・リンゴの時代でした。 *今は、他の果物はもちろん、枇杷も無花果も、大きく甘いものが売っていますね。無花果の加工品も多くなりました。 *昭和一桁生まれ疎開経験者の方から最近聞いた話です。「疎開先に無花果も枇杷もなっていたけれど、疫痢になると聞かされていたので、飢えていても手が出せなかった。今でも食べる気にならない。」/真繍
●アダムとエヴァは、禁断の実を食べて裸であることに気づき、からだを覆ったのがいちじくの葉だった、と『創世記』にあります。 とすると、植物の名で出現の最も早いのは「イチジク」ということになります。植物どころか固有名詞ではじめて登場したのではないでしょうか。 禁断の果実は『創世記』には林檎とは記されていないそうで、サタンの蛇が唆したのはリンゴではなく、イチジクの実のほうが整合性があるように思われるのです。/ 昭和人のウロには、無粋にも「イチジク」は浣腸器と同義語なのです。 /ウロ
○たしかに、そんなふうに呼んでましたな(笑)。

●無花果は、花を咲かせずに実をつけるように見えることに由来する漢語で、ペルシア語の名を中国で音訳したインジークォ(映日花)が日本で訛ってイチジクになったらしい。日本で普及するのは、雌雄異株の種の雌株で、厚い肉質の壁の中に無数の花(小果)を持つ花嚢があり受精しないで種子の無い実ができる。創世記のアダムとイヴが腰を覆ったその葉が無花果の葉である。無花果の葉と言えば、浅く三裂するものは江戸時代に日本に移入された品種で、深く五裂して裂片の先端が丸みを帯びるものは明治以降に渡来したものである。花言葉は、子宝に恵まれる、実りある恋、多産である。不老長寿の果実とも言われ、皮も食べることができる。食物繊維が豊富で整腸作用があり、美肌、高血圧、二日酔いにも効果がある。また不妊にも効果があると言われている。 /重翁
●某薬剤の名前の由来は、無花果の薬効とは関係なく、その形状だったという線が濃厚です。確かに。無花果の薬効は駆虫や下痢止めって、歳時記にも書いてあります。無花果自体に便秘解消の効能はないようですよ。 また無花果の成分はアンチエイジングや婦人科の症状にも効くそうで、女性にとってはありがたい果物です。正し未熟な実は胃痛を引き起こすのでジャムなどに加工していただくほうがいいそうです。無花果は意外と品種が多く、夏のものと秋のものに分かれます。夏のものは大ぶりですが梅雨時期ということもあって腐りやすいという難点が。秋のものは小ぶりで、やはり足は速いですが、味は濃厚です。ちなみに私はドライフィグが好きです。 スペインのお土産に、無花果のチョコレートがあると聞いて、食べてみたいなと思っています。 /播磨陽子
○薬から菓子まで。大したヤツですな、無花果って♪

●無花果について調べてみると愛知県は一大産地のようです。生まれ住んでいて全く知りませんでした。もう少し身の回りの様々な出来事に目を凝らし耳を傾けないと、と思いました。/為一暢道
●日本での生産は増加しているようですが、やはり無花果といえばトルコやイランのようです。調べると聖書にも登場して歴史は大変古く、非常にエネルギッシュな果実のようです。エキゾチックなイメージが強く、思い付くワードも異国のものが多くなっていたので、辞書や画像で検索してばかりでした。みなさんの句がどのような発想に飛んでいるのか、非常に楽しみな兼題です。/古瀬まさあき
●無花果の栽培が始まったのは、紀元前3000年頃のシュメール王朝時代といわれているそうです。 灌漑設備が整い、農業が盛んだったといわれていますから、なるほど…と思いました。 紀元前2000年初期には、アッシリア人の間では良く知られていたそうです。 中国への伝来は、唐の時代。日本に伝わったのは寛永年間、ポルトガル人より伝わり『唐柿』と呼ばれたとの事です。/祺埜 箕來
●付け焼刃で恐縮ですがいくつかのサイト、ブログ、文献によれば、「無花果」は古代の地中海沿岸(エジプト、ペルシャ、メソポタミア等)で栽培していたことが知られ、また、壁画などにも描かれています。6000年前には栽培されていたともいわれるように歴史が長く、人類とのつきあいも長い果物。旧約・新訳聖書にも登場するそうです(アダムとイヴ、聖母マリア等)。古代ローマでは最もありふれた果物のひとつであり、ローマ神話(ロムルスとレムス等)、ギリシャ神話にも登場します。世界最古の栽培果物の可能性があるともいわれ、そういわれれば滋養、豊かさ、繁栄、恵みという感じを持つような気がしてくる果実ですね。かつワールドワイドな感じも個人的には持っている季語です。 世界主要生産国順位は、高い方から、トルコ、エジプト、アルジェリア、モロッコ、イランです。この5ケ国で世界生産量のほぼ4分の3。日本は13位(2014年。某サイトに依る)。日本における無花果の2014年の年間収穫量のトップ5は、愛知、和歌山、兵庫、大阪、福岡であり、これらで全体の65%程度に達します。西日本に多いですね。私の住む大阪の、シャア率(9%)と順位(4位)は、大阪で獲れる果物内のトップです(収穫量ではない)。これらを踏まえつつも知識にまかせた句とならないよう、単なる逸話説明の句とならないよう注意したいです。いつも一句は一物仕立てを詠むようにしていますが、今回は難しかった・・。/すりいぴい
○「いつも一句は一物仕立てを詠む」という目標、えらいぞ!

●処変われば(7) 無花果はドイツで育つか? 無花果はヨーロッパでは地中海沿岸で育つ植物で、無花果、オリーブ、オレンジ類や椿は外庭では通常越冬できません。ドレスデン近郊のお城の付属庭園では大きな椿の木が一本毎年花をつけますが、木の傍までレールが付いていて秋になると可動式のガラス張りのサンルームにすっぽり被されるという大掛かりで贅沢な椿の園芸です。「オランジェリー」つまり「オレンジ」というのは17世紀頃からのお城に付属の温室というか建物で、全て鉢物の南国産のオレンジの木などを毎年秋になると庭から室内に運びます。エライ労力です。このオランジェリーはヴェルサイユ宮殿、シェーンブルン城(美しい泉)もポツダムのサン・スーシー宮殿(無憂宮)等々に多々付属しています。ところで、このフランス語sans souci「サン・スーシー」私の発音が下手なので常にこれはミャンマーの「アウンサンスーチー氏」の名前に似ていると一人で内心笑っているのが本人としても不気味です。 という訳で屋外でこれらの木々を見ることはない筈ですが、最近何処かでオリーブが植わっていたりします。これは地球温暖化でドイツはイタリアみたいな気候になるのか。今年のような猛暑ならそれも現実です。 /ぐれむりん
○ぐれむりん君、いつも、ドイツからにお便りや情報ありがとう! ドイツがイタリアに気候になる頃には、日本はインドネシアの気候になってるよね、きっと(溜息)

◆俳句文法研究部
○いつもありがとう、俳文研の皆さん。これらを貼り付けてストックしておくと、自分なりに文法ノートが作れるかもよ。

●俳句文法研究部 動詞の活用のことを繰り返し書いているが、「鰯雲」の週に組長のコメントにあったように、動詞の活用大事です。初心者の方も大勢参加されていることと思いますが、目にとめていただければ有難く存じます。
 で、今回は、古文の上二段活用と現代文の上一段活用についてです。 文語の上二段活用は、その大部分が口語の上一段活用に対応しているようです。(例外はあります。) 例えば、文語の「起く」は口語の「起きる」でいうと、次のようになります。 「起きる」(上一段活用) 起き(ない)/起き(ます)/起きる/起きる(とき)/起きれ(ば)/起きろ 「起く」(上二段活用) 起き(ず)/起き(たり)/起く/起くる(とき)/起くれ(ば)/起きよ イの段のみで活用するので「上一段」活用、イの段とウの段で活用するので「上二段」活用ということです。 以上のことを踏まえると、文語の「下二段活用」と口語の「下一段活用」の関係もだいたい察しがつくのではないかと思います。下二段、下一段については次回以降にします。 /ひでやん

●第200回兼題「鰯雲」で文法研究部に東西 南北さんから、〈集まりて何を逃れむ鰯雲〉についてご質問が寄せられました。文語文法についての話を中心に、俳句にかかわるところは私も初学の身ですからあくまでも参考として、以下ご覧ください。
 / 設問① 中七の「何を逃れむ」の「何を」は、文法上、「何から」とすべきではないか。/ 格助詞「を」と「から」の比較をしてみましょう。/ 格助詞「を」は、 a.動作・作用の対象を示す。「本を読む」 b.使役表現において動作の主体を表す、「子供を泣かせるな」 c.移動性動作の経過する場所を示す。「道を通る」 d.動作・作用の行われる時間・期間を表す。「今を盛りに咲く」 e.動作の出発点・分離点を表す。「バスを降りて5分歩く」 (以下略)/ 格助詞「から」の用法は、 a.出発する位置を示す。「明日から休みになる」 b.通過する位置を表す。「窓から日が差し込む」 (以下略)/ 「を」のe.動作の分離点が、「から」のb.通過点と重なる場合は、 用法に共通するところがあり、東西 南北さんの言われるように相互に代用できます。/ 「故郷―離る」「たらちねの母―別れて…」、現代文でも「バス―降りる」「九時に家―出ます」などはどちらの言い回しもできます。/ もちろん、上記のように「を」と「から」には違いもあり、「母を尋ねて三千里」と「故郷を追われて」で、仮に「を」を「から」に替えてみると、「故郷から追われる」とは言いますが、「母から尋ねる」とは言いません。「明日から休みになる」は「明日を休む」とは無理気味にいえても「明日を休みになる」とはいいません。/ 入れ替えが不都合ではない場合でも「を」と「から」は、その成り立ちから意味が微妙に変わるので俳句の実作には注意しないといけないことがあります。/ 「始めを読む」と「始めから読む」は、どちらでもいいように思えますが、「一行目を読んでください」と「一行目から読んでください」とか、「野菜を煮てちょうだい」と「野菜から煮てちょうだい」でははっきり違ってきています。/ 問題にもどって、「なにから逃れむ」には、難題が二つ三つあって、まずどれからはじめようか、(始点)という感じが意識の底に残り、「なにを逃れむ」のほうは、難題がひとつに絞られているニュアンスがあります。/ 動詞の働きにも左右され、相互代用できるのは、「追われる」「逃れる」「落とされる」「避ける」「欠く」…などマイナスイメージの動詞です。/ 「何を逃れむ」は、「難を逃れる」「「追手を逃れる」の係累の意味になり文法上の誤りとは言えないと思います。ただ意味上は、「難を逃れる」のは主体の自分、「難から逃れる」のは客体の他者、のような気分があります。/ さて、俳句としてみたときに、「何を逃れむ」と「何から逃れむ」のどちらがいいか、ということになりますが、私には、「何から逃れむ」の表現は、平叙文的な、いわばストレートなイメージを受け取ります。「何を逃れむ」のほうは、俳句的な屈折した表現に見えます。/  〈集まりて何を逃れむ鰯雲〉/ 設問② 中七「逃れむ」の助動詞「む」は推量の助動詞で「だろう」の意味であり、「だろうか」とするためには「逃れむか」とすべきではないか。/ 「む」は、きわめて漠然とした助動詞で、「推量」(文法では「推量」とされていますが)というより「望む未来、つまり、希望」ではないかと私は考えています。意味は、「だろう」ではなく、「したいのだろう」です。/ 「なにを…む」は、「あれは何をしようとしているのだろう」(推量)ではなくて「一体全体なにをそんなに恐れて逃げ出したいっていうの?」です。/ 「逃れむ」は「逃れ・む」の連体形(活用は、○・○・む・む・め・〇)ですが、ここで切れるので修飾する体言は「何」で、その倒置強調だと思います。俳句(「詩」として)特有の省略する強調と相俟っておもしろい句法だと思います。/ 設問③俳句は、文法を軽視して句としての意味が大体分かればそれでいいのか(中七厳守を優先)、あるいは用法や文法上の正しさを優先すべきなのか / 意味を優先して文法を無視することは、本末転倒だと思います。第一、文意は文法に基づいて解釈されるので文法が正しくないと意味不明、或いはよくても誤解されることが多いことになります。ただ、俳句には、字句数の制限上独特の表現技法が先人により工夫されており、(「強意」「省略」など)一見、文法を無視したかのように見える場合があることに留意する必要があります。/ 修行中は正しい美しい無理のない言葉遣いをしたいものと思います。/ なお、こんな句がありました。言葉は同じでも類似句ではない(それぞれに、オリジナリティがある)のは明らかですね。 〈鰯雲一対一は逃れ得ず〉 河野多希女 /ウロ
○「を」と「から」の違いについて、丁寧に解説して下さってありがとう。とても分かりやすい説明でした。

◆こんなお便り、質問届いてます!
●兼題の「無花果」で、思い出すことが有る! 小学生のころ無花果の木に登り、枝がおれ無花果が入った籠と一緒に落ちた事がありました。何もない時代の話しでした。/里甫
○私も、いろんな木からさんざん落ちた、お転婆さんでした(笑)。

●馴染み深い 果物ですが 中々難しい 兼題季語でした。体験は食べた事だけです。/句詩呼
●いちじくは(いちじくに限らず食べ物は)食べた感じを表現するのが難しかったので、どうしても季節や見た目の俳句になってしまいます......。/ふくろう
●いちじくについてこんなに考えたことなかったです。正直ちょっと苦手で食べたこともなく、どちらかと言うと遠巻きにしてましたから。たまたま身近にいちじくの来もあり、さんざん観察したりスマホで撮影したり。お勉強になりました。/古都鈴(ことり)
●無花果ねえ、味もよくわからんな感じです、買って見たけどやっぱり印象が薄い/藤郷源一朗
●「無花果」、いや初めて漢字を知ったので、「いちじく」を久しぶりに口にしました。でもまだ食べてはいません。言葉に出したのがかなり久しぶりなのです。あー、俳句を詠もうとすると、こんな再会が待っているんですね。さてこの機会に「無花果」を体験してみましょうか。/尼島里志
●完熟マンゴー、柔らかい桃や柿など、熟れた果物が嫌いで。 無花果も嫌いです。 バナナや柿は硬いものを買って、当日に全部食べてしまいます。今回初めて自分で無花果を買いました。 子供の頃大嫌いだったチョコミントが最近好きになったので、 無花果も変わったのかと思ったら、やはり嫌いでした。 皮の剥き方?食べ方がもう分からない。 そのわりに句は色々浮かびました。なんだろう。/有瀬こうこ
●無花果は食べた記憶がないです。今回スーパーで買いました。お尻をむぐのよと妻に言われましたが、反対から剥こうとしてました(笑)。/かずポン
●いつもありがとうございます。投稿締め切り2日前にスーパーで無花果を発見し、タイミングがよいと思い、無花果を煮ました。皮を剥くのが面倒でそのままで茹でて、甘く煮ましたが。出来上がりは上々と思い、試食してから投句をしようと夕食時に食べました。しかし数時間後に体のあちらこちらが痒くなりはじめました。どうやら無花果アレルギーのようです。家族は食べないので残りをどうしようか俳句と共に考えています。 /くるみだんご
●無花果そのまま食うか煮て食うか(「打ち上げ花火、上から見るか?横から見るか?」風に)/でらっくま
●夏井先生! スタッフの皆様いつも有難うございます。(無花果)の原産地はアラビヤ半島でトルコでは (聖なる果実)とされており日本へは中国経由で江戸時代に伝わったとか! 子供時代は好きでは無かったのですが歳を重ね今では大好きになりました 生でよし ジャムにしてもよし 毎朝ヨーグルトと共に食べています /水夢
○うちは、無花果をいただくと、夫がドライフルーツにしてくれます。これがウイスキーの友になります♪

●イチジクのない生活が60年以上、難しい季語でした。/風間昭彦
●出身地札幌では生の無花果を売っていません。いたみやすく繊細なだから届かないのかも?/百合園ゆみ
●無花果、幼い頃は見た目とぶちぶちした食感が苦手で、はっきり言って嫌いな食べ物でした。でもこの兼題のおかげで、人生初!自分から無花果にチャレンジしました。(チャレンジの結果、やっぱり苦手でしたが……笑) 無花果いやだなぁという気持ちもそのまま詠んでみました。/蒼子
●しゅうちゃん広場のような農家のお店が近所にあり、そこで無花果を買って食べるのがここ数年の楽しみです。いつもの兼題と違い、今回は投句の頃にたくさん買って季語体験をすることが出来ました。今年は全体が黄緑のままで皮ごと食べられる品種も出ており、とても美味しかったです。/青楓也緒
○好きな人も嫌いな人も、そこで一句!

●無花果についてではないですが、二句目に詠んだ「天日干す」は季語になりますか? 夏の季語かなと調べてもみましたが、曖昧でしたので教えていただけたらと思います。 /宮原青佳
○その二句目というのが、具体的にどんな句かは分かりませんが、「天日干す」そのものは季語にはならないだろうと思います。最近は、ネット上に自由気ままな歳時記が作られてたりするので、一概にはいえませんが、一般的な歳時記では季語にしてないと思います。

 

●新しい投句・投稿システムについてのお願い
 投句・投稿フォームが新しくなっています。投句数の増加に伴って、仕分け作業に多くの時間を要します。以下の事項を守って投句投稿して下さると、組長の負担が大きく減ります。ご協力よろしくお願いします。

①俳句の欄には俳句のみ記入して下さい。一つの欄に一句を厳守。

②「俳句に対するコメント」の欄は記入する必要はありません。(特に気になることがあれば記入していただいても結構です。)

③「ギャ句」「聞き倣し季語」は俳句欄に記入して下さい。ギャ句の原句は「俳句に対するコメント」の欄に必ず記入して下さい。

④「兼題季語についての質問・考察・情報(火曜日「俳句道場」)」は、火曜日「俳句道場」への投稿です。

⑤「『俳句ポスト365』への感想・質問・要望・俳号の変更・各地の吟行情報など」「組長&ハイポニストたちへのお便り・近況報告など」はそれぞれ水曜日への投稿です。内容に合った欄に書き込んで下さい。

夏井先生

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