俳句ポスト365結果発表

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第205回 2018年9月20日週の兼題

胡桃

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天

リスの割る胡桃のなんときれいなこと
中岡秀次
「胡桃」と「リス」とはなんとベタな発想か。「胡桃」という兼題を与えられて、真っ先に除外するのが「リス」との取り合わせだろうとすら思います。が、その一方で、奇麗に真っ二つに割れている胡桃の殻と初めて遭遇した時の疑問と、それが栗鼠たちのものであることを知った時の驚きとが率直に書かれた、コロンブスの卵的な作品でもあります。「リス」は小さな両手で「胡桃」を抱くように持ち、割れ目に歯を当てクルクル回しながら殻を割っていきます。人間たちは無様な道具を使って殻を叩き潰すことしか出来ないが、「リス」たちはこんなにも「きれい」に割るのだという感嘆。「なんときれいなこと」という素直な呟きが詩句として結球しています。

地

胡桃割るべくとつかかり探す嘴
一阿蘇鷲二
賢い鴉たちならば、硬い「胡桃」を割ろうと「嘴(はし)」で取っかかりを探したりはしないでしょう。上空から「胡桃」を落としたり、信号で止まった車のタイヤの前に「胡桃」を置いて割る等、鴉たちの賢さのエピソードを読んだことがあります。
この「嘴」の持ち主は、もう少し間抜けな鳥たちだろうと思いましたが、鴉たちも最初は、「胡桃」を割ろうとして「とつかかり(取っ掛かり)」を探した末に、合理的な割り方を編み出したわけですから、「胡桃」と鳥たちの格闘の歴史も含んでいる句かもしれないですねえ(笑)。
人形の吐物となして割る胡桃
星埜黴円
「人形」とは、胡桃割り人形。頭でっかちで大きな顎をもった「人形」の口に「胡桃」を押し込み、ガチリと割ります。見事に割れた「胡桃」はまるで「人形の吐物」ではないか、という指摘に納得せざるを得ません。無様にして強引な割り方へのささやかな抵抗感。リスたちの「なんときれいな」割り方の対極にあるのが、「人形の吐物」という感じ方です。
耳に当てて胡桃これまた耳のやう
井上じろ
「胡桃」の殻を振ると、中でかすかな音を立てているのがあったのでしょうか。「耳に当てて」みると「胡桃」そのものが「耳のやう」だなという静かな呟き。「胡桃」の襞を脳に喩える句は沢山ありましたが、いわれてみると「耳」独特の襞のような形状もまた「胡桃」に似ています。その小さな発見が小さな詩。「耳に当てて~耳のやう」というリフレインが優しい調べを作ります。
胡桃選る指輪入れるによき胡桃
倉木はじめ
「胡桃」のカタチは、一種芸術品のような趣もあります。どの「胡桃」がいいかなと眺めつつ、これは「指輪入れるによき胡桃」だななんて思いながら選っているのです。本当に入れるというのではなく、大切な「指輪」を仕舞いたくなるような「胡桃」という、一つの讃辞として読めばいいでしょう。「胡桃選る~よき胡桃」という言葉の並びも楽しめる作品です。
避難所に胡桃の匂ふ灯りかな
ぎんやんま
「避難所」の広い畳の部屋でしょうか。「胡桃」が匂うのですから、体育館のような広さではない「避難所」を思いました。「胡桃の匂ふ」は、軽く煎ったものかもしれません。あら、胡桃ですね、なんていいながら、同じ境遇の者として「胡桃」を分け合い、語り合う。「避難所」の生活の一コマが「灯りかな」の詠嘆となって、読者の心に届きます。
マクベスの原文こつん胡桃割る
Mコスモ
「胡桃」というと、書斎・ウイスキーといったイメージを持つ人もいるはずです。愛用の胡桃割りで「こつん」と割りながら「マクベスの原文」を読む。そんな知的な人物が浮かんできます。その傍らには、イギリスのウイスキーも香っているに違いありません。
胡桃二〇キロ抱えて同志ポチョムキン
ウェンズデー正人
戦艦ポチョムキンの反乱を思わせる名前ではありますが、あの事件を前提に読む必要もないでしょう。「胡桃二十キロ抱えて」までは労働かと思いますが、「同志」という言葉が出てくると、一気に革命に読みが傾いていく。さらに「ポチョムキン」とあれば、ある時代のロシアが浮かび上がってきます。食料を探してきたのか、差し入れがあったのか、はたまた略奪したのか。読みはいかようにも膨れていきます。
あの頃は家族でしたね胡桃割る
おんちゃん。
「あの頃は家族でしたね」と呟きながら、一緒に「胡桃」を割っていると読みましたが、「あの頃」を思い出しながら一人で割っていると読む人もいるでしょう。「家族」という名の絆の脆さと、硬い「胡桃」の殻。割ってみると、もう二度と元には戻らない。それが「家族」と「胡桃」の共通点なのですね、という静かな諦めの呟き。
わたくしが月にならうと胡桃言ふ
薄荷光
「月」がないことを嘆きなさんな。「わたくし」があなたの「月」になってあげましょうと「胡桃」が語りかけてくれる、というのです。夜の闇を歩くための明かりとして貴方を照らしてあげるよ、という慈しみの言葉だと読んでいくと、その台詞が「胡桃」のものだと分かる。そのとたん、読者は虚の世界に迷い込んでしまったかのような困惑を覚えます。「胡桃」もまた、何かの比喩的意味を持つのだなと、読みの迷路を歩き始める。それもまた、俳句を鑑賞する側の楽しみです。わが手にある硬い「胡桃」の感触と語り合っているような気持ちになります。
火球飛ぶ夜を掌中に鳴る胡桃
めいおう星
「火球」とは三等星~四等星よりも明るい流星のことだそうです。あれは何?!というほどの明るさで飛んでいく星。そんな夜の我が「掌中」にあるのは硬い「胡桃」です。音を立てずに夜空を飛び、やがて消滅していく「火球」と、手の中でカチカチと鳴る硬い「胡桃」。二つの対比が、詩的空間を広げます。

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