俳句ポスト365結果発表

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第214回 2019年2月7日週の兼題

柏落葉

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天

柏落葉さて殿か魁か
大塚迷路
「柏落葉」は春の季語か、夏の季語か。年代によって歳時記にブレがあるようですが、枯れた状態で枝に残って冬を越し、新しい芽が萌えだして落葉するのが季語の特徴であることは変わりません。そんな季語の本意をこんなにもシンプルな言葉で表現した一句。「殿」とは隊列や順番の最後を、「魁」とは全体の先頭に立つことを意味します。作者は「柏落葉」の降り積もった場所に佇んでいるのでしょう。手にした落葉は、次代への命の引き継ぎを全て見届けて落ちたものか、はたまた先頭を切って身を投じたものか。しみじみと眺める作者の心に去來したであろう感情に共感を覚えます。「殿」「魁」の文字が「柏落葉」の格調とも相俟っての作品です。

地

かしはおちばのらふたけてひかること
あかしの小桃
「らふたけて」は漢字で書くと「臈長けて(ろうたけて)」。洗練されている、優美であるという意味の他に、その道の経験を積む、年功を積むという意味もあります。「かしはおちば」の特徴を「らふたけて」と述べ、さらに「ひかること」と描写する。このあたりの言葉選びが実に手慣れています。
ごく稀に美品の柏落葉かな
さとけん
一気に落ちる「柏落葉」は、人々に踏み壊されているものがほとんど。でも時々「美品」もあるなあと思いながら観察しているのは、俳人ならでは視点です。「ごく稀に」は一見散文的ですが、そこに作者の実感が読み取れる作品です。
かしはおちばや天金は黒ずみぬ
たんじぇりん金子
「天金」とは、書物の製本で上方の小口(こぐち)だけに金箔をつけたもの。美術品みたいに凝った装丁の本を想像しました。季語「かしはおちば」を強調し、後半は「天金は黒ずみぬ」と取り合わせます。古りてゆくものの味わいが、取り合わせの接点。「黒ずみぬ」と述べつつ、汚くはない。その格調が「天金」の本であり、柏落葉という季語の本意でもあります。
柏落葉や祖母の手がこわかつた
つぎがい
「祖母の手がこわかつた」は、凄まじい皺の様子なのか。はたまた、お行儀が悪いとパシッと叩かれた手なのか。どちらの読みをしたとしても、上五「柏落葉」は動かない季語としてどっしりと一句を統べます。
老ゆる母の舌はおそろし柏落葉
凡鑽
こちらは「母」です。「老ゆる母」は「柏落葉」の存在と近いような気もするのですが、中七の措辞に戦きました。「舌はおそろし」とは、部位としての衰えた「舌」の形状でしょうか。その「舌」から発せられる言葉でしょうか。はたまた、衰えることを知らない「舌」=味に対する精度かもしれません。「おそろし」という言葉の多義性を巧く使いこなした作品です。
啼くやうに斜陽が柏落葉まで
倉木はじめ
「啼くやうに」という比喩から始まる一句。「斜陽」つまり夕日の傾いていく様子をそのように捉えたところに詩があります。「斜陽」のとどく先には「柏落葉」が降り積もっている。その光景もまた「啼くやうに」も感じられます。
仏性や柏落葉に水の綺羅
めいおう星
上五「仏性や」は大胆な入り方です。仏としての性質、仏の本性を「仏性」といいますが、仏のように慈悲深い性質にも使います。「柏落葉」という存在を慈悲深く捉えていると読んでもよいですし、「柏落葉」に仏の性質を感じ取っているとも読めます。いずれにしても最後の「水の綺羅」という五音で、水に落ちてゆく「柏落葉」を映像として描いている点が見事な作品です。
湖心まで柏落葉の舟出ます
ときこ
こちらは湖の畔の「柏落葉」です。水際に落ちた葉がひたひたと揺られて岸を離れていきます。葉っぱを「舟」と比喩する発想はありますが、好感のもてる語りです。「湖心まで~舟出ます」という口語表現が絵本のような味わいです。
オウムガイの知恵柏落葉の知恵
いさな歌鈴
生きている化石とも呼ばれる「オウムガイ」。気の遠くなるような歳月、命を繋げてきた生物ですから、それなりの「知恵」というものがあるのでしょう。「オウムガイ」にはオウムガイの、「柏落葉」には柏落葉の「知恵」があるのだなあという感慨は、今回の兼題と取り組んでの、作者の正直な感想でもあるのでしょう。対句表現を巧く使いつつ、二つのモノの取り合わせの妙も楽しませてもらいました。

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