俳句ポスト365結果発表

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第220回 2019年5月16日週の兼題

楊梅

  • よしあきくん一期一会の一句
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天

ひもろぎのおおやまももの実の小さし
蟻馬次朗
「ひもろぎ」の「ひ」は霊、「もろぎ」は籬。漢字では「神籬」です。「神霊が憑依している山、森、老木などの周囲に常磐木を植え、玉垣を結んで神座としたもの」と辞書には解説があります。
「ひもろぎのおおやまもも」は、神様を守るために植えられた籬としての楊梅でしょう。堂々たる常磐木、つまり常緑の大樹です。深閑とした神域、遠く微かな囀り。この「おおやまもも」は神のためのものですから「実」をとって食べる人もいないのでしょう。「小さし」という発見が季語「楊梅」を鮮やかに描きます。「おおやまもも」は鬱蒼と茂り、神域の空気を清浄に濾過しているかのようです。小さな実を啄むのは、時折訪れる鳥たちだけなのでしょう。

地

こんなにも実り楊梅さみしそう
めぐみの樹
「楊梅」の特徴はまさに「こんなにも実り」という状態でしょう。熟す頃にはびっしりと犇めくように実がなります。が、あの色合いは決して明るくはない。独特の暗紅色を「さみしそう」と感じる心に共感します。
やまももに撃たれて拾ふやまももを
比々き
実ってくると「やまもも」は容易く落ちてきます。どんどん落ちてきます。地に落ちた「やまもも」を拾おうとすると、次々に私を打つ。「やまももに撃たれて」という前半の表現に実感があります。
楊梅に夜は来ないのかもしらん
よだか
びっしりと熟した「楊梅」という存在は、すでに「夜」を内包しているのではないかと思うのです。だからあんな暗い色をしているのではないかと。作者の思いとは方向の違う受け止め方かもしれませんが、「楊梅」が鬱蒼と茂るのも「夜」への指向性がある生き物だからではないのか、という気がしてならないのです。
楊梅のおそろしく降る明日だらう
斎乃雪
なんだか不気味な予報というか予知というか。今、頭上に熟している「楊梅」は「明日」を境に、重力に持ちこたえられなくなって「おそろしく」降り出すというのです。淡々たる「明日だらう」という措辞に暗い喜びの予感があって背筋がゾクゾクします。
楊梅を噛めば未完の母の恋
よしおくん
「楊梅」は食べられる部分も少ないし、味も酸っぱいし、あまり美味しいものだという印象はありません。しかも、落ち始めるとやたらに地を紅く汚します。そんな特徴を思えば「未完の母の恋」との取り合わせが胸に迫ります。婚前の恋か、結婚後の恋か、はたまた夫の死後の恋か。さまざまなドラマが心をよぎります。
楊梅のひかひかペインクリニック
一斤染乃
「ペインクリニック」とは疼痛外来。「主として慢性で頑固な各種の疼痛,自律神経疾患などに対して,神経ブロックを行なって治療する診療部門をいう」のだそうです。確かにこんな看板を掲げている医院を最近よく見かけますね。
「楊梅」の大木のあるクリニックでしょうか。「ひかひか」というオノマトペは暗紅色の実の表現でありつつ、痛みのイメージとも重なります。「楊梅」「ひかひか」「ペインクリニック」三つの言葉が思いがけない言葉の火花を散らしている作品です。
楊梅の色のさみしき情事かな
RUSTY
「楊梅の色」は暗紅色。表面には小さな突起がびっしりとついています。「楊梅の色のさみしき」と完全に比喩になっているのですが、下五「情事」の一語が出てきた瞬間、確かに「楊梅」は比喩なんだけど、季語としての力を十分に発揮していることに軽い驚きを覚えます。鬱蒼と暗い「楊梅」の木の下には、小さな家があり、そこで繰り広げられる「さみしき情事」は硬く冷たく酸っぱいものに違いありません。
楊梅の輪郭ぼやり村ぬるり
北野きのこ
「楊梅の輪郭」という印象に対する「ぼやり」というオノマトペは、広い意味での郷愁なのだろうかと読みました。そういえば生家の近くに「楊梅」があったなあという印象が「輪郭ぼやり」であり、その「村」に対する作者の心情が「ぬるり」なのだろうと。郷愁というのは、美しく懐かしいだけのものではない。それが季語「楊梅」の正体に近いものがある、という感覚の一句か。
ラズベリイがアンならば楊梅は美登利でせう
be
「ラズベリイがアンならば」はモンゴメリー作『赤毛のアン』でしょうし、「楊梅は美登利でせう」は樋口一葉作『たけくらべ』でしょう。「ラズベリイ」も「楊梅」も木の実ですし、「アン」も「美登利」もそれぞれの人生を背負って生きた少女。西洋と東洋の対比の妙を見せていただいて、なんだかしみじみと納得させられました。

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