俳句ポスト365結果発表

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第回 2019年6月13日週の兼題

  • よしあきくん一期一会の一句
  • 初心者向け解説コーナー今週の俳句道場
  • 今週のお便り
  • 人・並選の俳句
  • 天・地の俳句

天

幣よりも白明るかり湯引きの鱧
天玲
「幣」は神前に供える御幣。紙などがその素材となります。「幣よりも白明るかり」は「幣(の白紙)よりも白(が)明るくて」という意味になります。夏が来ると「鱧」が食べたくなる、「鱧」を食べると夏が来たなと思う。京都や大阪の人たちにとって夏の代表的風物のひとつが「鱧」です。「湯引き」された「鱧」はいかにも涼やかに盛り付けられているのでしょう。なんと美しい「白」だろう、なんと清々しい明るさだろう。花のように開いた「湯引きの鱧」をみたとたん、さっきお参りしてきた神社の真新しい「幣」を思い出したのかもしれません。夏越の祓の帰りに寄った店かしらと想像も広がります。季語「鱧」のもつ晴れの印象が気持ちよく表現された一句です。

地

こりゃ鱧か そや噛まれなや噛まれなや
樫の木
「こりゃ鱧か」という困惑。「そや」という答える相手。「噛まれなや噛まれなや」という台詞だけで、二人の人物と「鱧」をめぐる顛末、その場の様子がありありと想像できます。「鱧」らしさを表現するために、京都や大阪の言葉で語ってみるという発想の句は他にもありましたが、この句は「鱧」の一物仕立て的な切り取り方。さすがの一句です。
同時投句「送別や湯引きの鱧の千切れちぎれ」も上五に対する下五の描写など、巧い作品です。
なんとする届きし鱧の五を余る
いごぼうら
沢山の魚をもらって困惑するという内容の句はいくらでもあるのですが、確かに「鱧」ほど困るものはないなと笑ってしまいました。「なんとする」という出だしの台詞。「五を余る」というあやふやさの効果。この後どうしたかしら、と想像するとまた可笑しい。
鱧の歯に人差指を損じけり
うに子
「鱧の歯」の鋭さを今更ここで解説するまでもないでしょうが、中七下五「人差指を損じけり」という平然たる語り口に味があります。すでにかつての武勇伝となっている出来事なのだろうと読みました。この淡々たる「損じけり」が「鱧」の空気感に似合うのかもしれませんね。
水鱧や水は鬼門の山より来
かもん丸茶
「水鱧」は出始めの頃の小ぶりの鱧。梅雨に入り、産卵を前にした頃の鱧が一番おいしいともいわれています。梅雨の雨水を飲んで美味しくなる「水鱧」を「や」と強調した後に、「水は鬼門の山より来」との展開がニクいですね。「鬼門」とは鬼が出入りする方角。忌むべき方角の山からながれくる「水」こそが、「水鱧」を美味しくしてくれるのです。これも「天」に推したかった一句。
牡丹鱧反り返り咲き沈みたり
もりたきみ
「牡丹鱧」とは、骨切りした鱧に片栗粉をまぶし湯引きしたもの。湯の中で「反り返り」そして牡丹のように「咲き」さらに静かに「沈み」と徹底的に描写しました。動詞をこれだけ使っていますが、ゴチャゴチャした感じはありません。そこには鱧が「牡丹鱧」となっていくささやかな時間が切り取られているのみです。
「あとがき」のやうな味です湯引き鱧
比々き
「鱧」の味や食感に慣れない人の中には、味がないと感じる向きももあるようです。「あとがき」のやうな味とは、なかなか妙な表現。「~です」との口調にも実感があります。清々しく淡泊な「あとがき」でありますね。
同時投句「鱧皮の焦げの攀じれも浪花かな」も粋な一句。
竜神様に酒を持てもて鱧づくし
いさな歌鈴
「竜神様」へ供える酒は、水鱧を育ててくれる水への感謝でもあります。「酒」もまた美味しい水があってこその恵み。「酒を持てもて」という賑やかさ、「鱧づくし」の豪勢。季節の到来を喜ぶ「鱧」であります。
同時投句「鱧の身の爆ぜて祇園のをんなかな」
どの顔も鱧喰つたよな京男
テツコ@第二まる安
「京男」のイメージは、お公家さんの瓜実顔でしょうか。「どの顔も鱧喰つたよな」は、「京男」への、そしてまた京都という伝統の国への皮肉も入っているとも読めます。そんなご意見も何処吹く風。「京男」たちは涼やかに「鱧」を食すのでしょう。
鱧臭う女たらしは治らない
丸山隆子
「鱧」という魚は美味ですが、凶暴。晴れと褻の両面の印象を持つ季語でもあります。「臭う」は負の印象の動詞として出現。「女たらしは治らない」は或る男への呟きか、罵りか。「女たらし」は、鱧喰つたよな瓜実顔の男なのかもしれませんね。(苦笑)
性病をもらつて鱧の皮固い
ウェンズデー正人
「鱧」から花柳界、つまり芸者や遊女の社会を連想したのでしょう。ある時代の郭や赤線を想像しました。「性病をもらつて」という嘆くべき我が身の現状と、骨切りをする「鱧の皮」の固さへの嘆き。関係ないものを取り合わせることで、その隙間にある光景が想像によって補われていく。この一句で映画の脚本が一本書けるのではないかとすら思わされた作品です。
祭鱧食うて遊べや人さらひ
「祭鱧」とは、京都の祇園祭、大阪の天満祭の頃の鱧。祭り膳には欠かせない食材です。「祭鱧食うて遊べや」の「や」は呼びかけのような働き。祇園祭や天満祭で賑わう人波も見えてくるようですが、下五に出現する「人さらひ」の一語に驚きます。祭に出没する「人さらひ」なのか、京大阪の遊里に女を売り飛ばす「人さらひ」なのか。「人さらひ」の一語を深読みしていけば、これまた映画が一本書けそうな一句ではありませんか。
同時投句「泥水啜るつもりもないし鱧も喰う」も映画の台詞のようで、忘れがたい。
怖ろしき齢にどつと鱧の花
椋本望生
「怖ろしき齢」は老年老境と読むのが妥当なのでしょうが、自分自身の「齢」と読むか、他人の「齢」と読むかによってもニュアンスが変わってきます。さらに「怖ろしき齢」を文字通りに怖ろしいと読むか、年齢に対する自嘲、年齢を受け入れての諦観と、読みは様々に揺れます。どの読みを選んで鑑賞しようかと迷う心に、「どつと鱧の花」が開きだす。湯引きの鱧の白さをみれば、まあ歳のことはさておいて、美味しく頂こうではないかと、そんな気持ちにさせられましたよ。

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