俳句ポスト365結果発表

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第226回 2019年8月22日週の兼題

重陽

  • よしあきくん一期一会の一句
  • 初心者向け解説コーナー今週の俳句道場
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天

須臾の間を重陽の富士過ぎゆけり
くらげを
「須臾」とは短い時間、ほんの少しの間を意味します。「しゅゆ」と読みます。ほんの短い間に、重陽の富士が過ぎていったという一句は、新幹線の車窓に観る「富士」を思わせます。「重陽」は陰暦九月九日の菊の節句。「重陽」と「富士」の取り合わせといえば、水原秋桜子の「重陽の山里にして不二立てり」を思い出しますが、「須臾の間~過ぎゆけり」という状況に現代性があります。「重陽」の日、中国では、高い所に登って菊酒を飲み長寿を願いましたが、一句における「富士」の一語が古代からの風習を匂わせ、「須臾」の一語は時間への感慨を示唆します。長生きを祈る「重陽」の日の「富士」は、菊日和の見事な青空を背にすっくと聳えているのです。さりげなく作っているかにみせて、様々なイメージを内包する。まさにベテランの味の一句です。

地

重陽の酒窯変を艶めかせ
うさぎまんじゅう
「窯変」とは、陶磁器を焼く折に予期しなかった釉薬の色合いや様相が偶然現れることをいいます。「窯変」が生まれる状況を作為的に作ることもあるそうです。「重陽の酒」は長寿を願って飲む菊の酒です。「窯変」を艶めかせるように「重陽の酒」はてらてらとひかっています。匂い立っています。
付喪神くつくつ重陽の宴
あまぶー
「付喪神」とは、百年以上たった様々な器物に宿る精霊です。「重陽の宴」で使われているのは、古い酒器でしょうか、大皿でしょうか。「付喪神」は「くつくつ」と笑っているのでしょうか。長寿を願う「重陽」ですから、佳き心をもった「付喪神」ではないかと思いますよ。
菊の日のための伝家の「蘇」が臭い
トポル@みすゞ
「蘇」とは、古代に作られていた乳製品です。物の本によると、奈良時代以前から「蘇」を作らせたという記録があるらしく、「奈良時代になると平城宮址出土の木簡に〈近江国生蘇三合〉と見え,《正倉院文書》には周防国や但馬国で蘇を作っていたようすがうかがわれる。」のだそうです。
さて、「伝家の蘇」です。お祖母ちゃんから、その前の曾祖母さんから伝わった「蘇」はヨーグルトの類でしょうか。長寿を祈る「菊の日」のために饗される「蘇」のなんと臭いことか。一族郎党の健康な笑いが見えてくるような作品です。
重陽や鼻を養ふもの多し
堀口房水
「鼻を養ふもの」とは、菊の花でしょうか、菊の酒でしょうか。優雅な香をきく遊びか、はたまた「伝家の蘇」か(笑)。長生きの秘訣とは、「鼻」はもとより、我が体を養い、我が心を喜ばせ、悠々と暮らしていくことかもしれませんね。
重陽の亀の湯古希以上無料
にゃん
「重陽」の九月九日の節句は、「亀の湯」は「古希以上」は「無料」!とビラが貼ってあるのかな。その銭湯が、「亀の湯」というのもなんとも目出度い名ではありませんか。鶴は千年、亀は万年。近くに「鶴の湯」もあるのかな(笑)。
重陽や鶴の群めく太極拳
一斤染乃
「鶴の群めく」という比喩が「太極拳」であると分かった瞬間に、光景が広がっていきます。広場で太極拳を楽しむお年寄りたちでしょうか。そう思わせるのが「重陽や」という上五の季語の力でしょう。これもまた長寿と健康を願う「重陽」ですね。
重陽のさもたのしげな山の腹
蟻馬次朗
「重陽」の日であろうがなかろうが、「山」はそのままそこに在るのです。しかしながら、人々が山に登って菊酒を飲み長寿を願う日ですから、その日の「山の腹」は、なんだか「たのしげ」に見えるなと作者は感じているのです。「さも」の一語がさりげなく巧い。
同時投句「重陽の石は響で出来ている」にも惹かれました。「重陽の石」といわれても、どんな「石」かを具体的に映像化はしにくいのですが、その「響」に「重陽」という行事の意味やイメージが重ねられているように感じます。
むらさきがいい菊酒に浮かべるは
雪うさぎ
「むらさきがいい」は「菊酒」に浮かべる花びらの色を述べているのでしょうか。元々、紫という色は、紫草の根で染めるもの。高貴な色として扱われつつ、漢方薬として解熱や解毒、皮膚病にも使われました。「むらさきがいい」という素朴な言葉に、「菊酒」が匂い立ちます。
重陽や黄なるもの皆鬱陶し
綱長井ハツオ
逆にこちらは「黄なるもの」が全て「鬱陶し」と切り捨てます。黄色の持つ明るさ、楽しさ、陽気な気分が、作者には「鬱陶し」と感じられるのでしょうか。「重陽」という行事への鬱々たる気持ちかもしれません。「重陽」の句の中では異彩を放つ発想でした。
菊の酒とととととととととだうも
ひねもす
「菊の酒」が「とととと」ですから、注いでいるのでしょうね。俳句ですから、中七を「とととととと」と置いて、下五で展開させるのかなと思いきや、さらに「とと」と続く。は?と思ったとたん「だうも=どうも」と、杯をあげる。これだけの言葉で、その様子を表現するのだから、なんとも愉快。ただし「どうも」の仮名遣いって、「どうも」でよかったようにも思うのですが、ちょっと確認して下さい。「だうも」と書きたい気持ちは十二分に分かりますが(笑)。

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