俳句ポスト365結果発表

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第228回 2019年9月19日週の兼題

檸檬

  • よしあきくん一期一会の一句
  • 初心者向け解説コーナー今週の俳句道場
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  • 天・地の俳句

天

檸檬に棘たれかふれてはくれまいか
あるきしちはる
季語「檸檬」は、店先で売っている秋の果実としての認識がほとんどではないかと思います。檸檬栽培している季語の現場に出向いて、何に驚くかというと、「檸檬」の木には実に鋭い「棘」があることです。野生動物に対する自衛のトゲなのだと思いますが、それにしても用心深すぎるのではないかと思うほどの長く尖った針なのです。
私は檸檬です。明るい黄色の実をつけますが、枝には鋭い「棘」があります。でも「たれか」に触れて欲しいと願う心をもった「棘」なのです。酸っぱい青春めいた描き方をされがちな「檸檬」ですが、「棘」という映像を象徴的に取り出し、大人の愁いを描いた作品。「たれかふれてはくれまいか」という切ない息のような呟きに心がゆれます。
同時投句「これは檸檬あれは「愛している」の手話」にも惹かれました。

地

庭に生る檸檬に殴られる朝だ
文月さな女
朝の出勤。慌ただしく玄関を飛び出すと、枝を張っている「檸檬」の枝。黄色い「檸檬」。その果実に「殴られる」という勢いのある措辞がいいなあ。「殴られる」そのものはマイナスのイメージを持つ言葉ですが、下五「朝だ」との断定も含めて、エネルギッシュな「朝」と読んだほうが、季語「檸檬」が鮮やかです。
檸檬まる齧り鎖骨が羽化しさう
倉木はじめ
「檸檬」を「まる囓り」する句も沢山寄せられました。みんなほんとに丸かじりなんかするんかな……と、いつも懐疑的な気持ちになるのですが、この句は「鎖骨が羽化しさう」という比喩とのバランスが巧いですね。青春性も感じられる一句です。
ししむらのいづこにこころれもんきる
ローストビーフ
青春性という意味では、この平仮名書きの句にも強く惹かれます。この「ししむら」とは身体を意味します。我が肉体のどこに「こころ」があるのだろうと、自問自答しつつ「れもん」を切っているのです。恋の愁いでしょうか、生きることへの疑問でしょうか。「れもん」の香が鼻腔を鋭く刺します。
同時投句「檸檬あり明日も百年後も未来」にも共感。
リハビリは檸檬を握る香るまで
あつむら恵女
「リハビリ」のために「檸檬」を握るのだというのです。まずは「握る」ことから始まり、少しずつ握力が戻ってくると「香るまで」握れるようになる。その健康的な香りは、喜びの証です。
占領や檸檬これでもかと握る
ウェンズデー正人
同じく「檸檬」を「握る」のですが、上五が状況を述べます。「占領や」という強い言葉が、「これでもかと握る」意味を伝えます。地中海あたりの戦争の歴史を思いました。悔しさ、怒り、悲しみの香る「檸檬」です。
嗚呼檸檬こんなに打たれ弱かつたのか
いさな歌鈴
他者に対しての「こんなに打たれ弱かつたのか」というガッカリ感と読むことも、「檸檬」自体に向かって嘆いているとも読めますが、私は自問自答だと読みたい。もっと頑張れる自分だと思っていたのに、という自嘲。「嗚呼檸檬」と眼前の檸檬に向かって、呟く心に寄り添いたい一句です。
檸檬噛むあゝ敵もくるしいのだな
稗田鈴二郎
苦しい試合展開。作戦タイムの敵ベンチを横目に「あゝ敵もくるしいのだな」と己を鼓舞すると読むのが妥当なのだと思います。が、スポーツの現場から離れても、十分鑑賞できる一句ですね。生きていく上には、さまざまな「敵」もいます。薄切りにしてある「檸檬」を噛んで、「あゝ敵もくるしいのだな」と状況を分析し、次の一手を考える。私たちはそんな社会を生き抜いてもいるのです。
搾られたそれを檸檬と呼ぶべきか
多々良海月
カスカスに「搾られたそれ」は、よくよく見ると「檸檬」なのですね。ここまでになったものは、すでに「檸檬」とは呼べないのではないか。いやいや「檸檬」であったもの……と呼ぶべきか。こんな視点が楽しい一句です。
檸檬持ちソファーへ倒れ込むトライ
野地垂木
「檸檬」は楕円形ですから、ラグビーボールを連想した句も沢山届きました。形の相似を述べたに終わったものが多かったのですが、この句の場面はとてもみずみずしい。「檸檬」をもって「ソファー」に倒れ込んでいるのは誰でしょう。若い恋人たちかもしれません。最後の「トライ」の一語の若々しさ。
みんなきらいレモンすつぱくなんかない
よだか
「みんなきらい」は、思春期の強がりでしょうか、反抗でしょうか。「レモンすつぱくなんかない」と言い放つ、傲慢な若さ。敢えてカタカナ書きにしている「レモン」のかたさもいいなと思います。
檸檬の傷あかるし部活引退日
高橋無垢
「檸檬」にある「傷」を「あかるし」と感じるのはなぜ?と思えば、「部活引退日」だというのです。日々使ってきた部室に別れを告げる日。「あかるし」の一語が、三年間部活動をやりきった達成感を思わせます。
海豚には遭へず檸檬をもらいけり
霧子
「海豚」は冬の季語にもなっていますが、この句は「檸檬」が主たる季語ですね。「海豚」には「遭へず」ですから、実体はない。「檸檬」は手のひらにある。下五「もらいけり」が状況をコンパクトに描いています。作者からはこんなコメントも。「先月、西予市三瓶町の湾に20頭位のイルカが入りこみ、数日の間、あちこちで魚を食べる姿が見られました。そして、そんなイルカをひとめ見ようとスマホやカメラを持った人がうろうろしてました。そんな日の出来事です。」
檸檬噛みYAZAWAは古稀となりにけり
多喰身・デラックス
「檸檬」=青春という発想の延長線上に、「YAZAWA」が出てくるとは思いませんでした。「YAZAWA」と共に歳をとってきた実感。「古稀となりにけり」に憧れと尊敬と感慨が詰まっています。
同時投句「檸檬酸っぱい死にたき身に酸っぱい」も好き。生きているから酸っぱいのだものね。

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