俳句ポスト365結果発表

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第235回 2020年1月9日週の兼題

麦踏

  • よしあきくん一期一会の一句
  • 初心者向け解説コーナー今週の俳句道場
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  • 人・並選の俳句
  • 天・地の俳句

天

麦踏や風はころころ地の起伏
M・李子
遠い山々に残る雪、まだ冷たい早春の風の中、黙々と麦を踏む姿は日本の原風景でもあります。昨今は手押しのローラーが使われますが、それもまた今どきの「麦踏」という季語の現場です。
「麦踏や」と強調した切れの後にでてくる「風」は、浅春の冷たさを体感させます。「ころころ」というオノマトペは、季節の感触でありつつ、短い麦の芽が風に揺れる様子も思わせます。中七から一気に遠景が広がる構成、巧いですね。
さらに誉めたいのは下五のおさめ方。広々と続く「地の起伏」に沿って、風は「ころころ」と転がり続けます。麦の芽は、次々に風を手渡すように揺れていくのです。「地の起伏」をはろばろと見渡したのちに読者の視線は再び「麦踏」の人物に戻っていくのです。

地

麦踏みの呼ばれて麦を踏み戻る
あいだほ
「歩み来し人麦踏をはじめけり 高野素十」という名句がありますが、その後を詠んだかのような一句です。作業としての「麦踏」が、「踏み戻る」という別の意味の動作に変わる面白さ。シンプルな語り口もまた、素十の句の味わいに重なります。
麦踏に余る手が道指し示す
稗田鈴二郎
こちらは「大根引き大根で道を教へけり  小林一茶」を下敷きとした一句でしょうか。「麦踏」で必要なのは足。「余る手」は、道を尋ねている人に「道指し示す」ことができるのです。無駄な言葉が一切ない、吟味がしっかりと出来ている作品です。
吹きわたる風に山の名麦を踏む
板柿せっか
「風に山の名」とは、筑波颪、浅間颪、伊吹颪のような名前なのでしょう。麦踏は、春寒の頃の作業。「吹きわたる風」がどんな風であるのかは、季語がありありと伝えてくれます。「風」という言葉があれば一見不要に見える複合動詞「吹きわたる」は、下五「麦を踏む」人物へと吹き降ろしていく実感を補填します。
麦踏むや仏の手めく里の底
一阿蘇鷲二
「仏の手めく里」は盆地でしょう。さらにその「底」の麦畑にて、麦踏の作業をする人が小さく見えているのか。「麦踏」をする人物自身が、ここは「仏の手めく里の底」だと認識しつつ、作業をしているのかもしれません。仏に守られているかのような里、敬虔な人々が暮らす里を思わせる措辞です。
陵へ黙礼次の麦を踏む
星埜黴円
「陵(みささぎ)」は大きな丘の意味もありますが、 天皇や皇后の墓を指すのでしょう。太古よりこの地にある「陵」へ向かって「黙礼」する。朝の作業前かとも思ったのですが、「次の麦」とありますので、一列を踏み終え、向きを変えて「次の麦を踏む」動作に移るのでしょう。陵に尻を向けることを詫びる、そういう思いが読み取れました。
山かげの二畝の麦まだ踏めず
にゃん
日の当たる畝の方が麦の育ちもよいのでしょうが、作業としては日陰より日向のほうが有難い。「山かげの二畝の麦」がまだ踏めてないなあ、という呟きにささやかなリアリティがあります。
麦踏やはじめとさいごだけ真面目
花紋
お手伝いをさせられている子でしょうか。アルバイトかもしれませんね。「はじめとさいごだけ真面目」という正直な台詞が、ちょっと笑えます。「麦踏」という作業ならではの正直さでもあり。
遠山に雨の柱や麦を踏む
上倉すず女
麦畑から見晴るかす「遠山」には「雨の柱」が見えているのです。あの雨がやがてこちらにやってくるに違いないと、横目で眺めながら「麦を踏む」作業を続けているのです。「雨の柱」という比喩表現、「や」の切れ字の効果など、よく考えられている作品です。
麦踏に良き足持ちて読書好き
くらげを
「麦踏に良き足」という表現が飄々として愉快です。見事な大足を思いました。さらにたたみ掛けての「読書好き」。晴れれば黙々と麦を踏み、雨が降れば悠々と本を楽しむ。まさに晴耕雨読の生活が見えてきます。
麦踏んで風呂に魚の目ふやけけり
トポル
精出して「麦踏」をした夜の「風呂」です。ちと痛いと思えば、「魚の目」が育っている。その「魚の目」がふやけてしまうほどの長湯で、疲れを癒したのですね。「ふやけけり」がいかにも惚けた味わいの一句です。

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