俳句ポスト365結果発表

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第236回 2020年1月23日週の兼題

蕨餅

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天

金星丘のなんてふくよか蕨餅
一阿蘇鷲二
そもそもなぜ「蕨餅」が春の季語なのか。ものの本によると、掘り出した蕨の地下茎を厳寒期の冷たい水で何度も洗って精製されるのがわらび粉なのだそうです。しかも10キロの根からとれるのはたった70グラムだとか。その貴重なわらび粉で作った「蕨餅」は、人々にとって早春の楽しみだったのですね。
「金星丘」とは「きんせいきゅう」と読みます。手のひらの親指の付け根のあたり。手相では、愛情や思いやりがあらわれる部位なのだそうです。「なんてふくよかな金星丘でしょう」という呟きに対する季語「蕨餅」も、いかにもふくよかで美味しそう。
句中の「金生丘」は、愛情と思いやりをもって「蕨餅」を作って下さった方の手のひらでしょうか。ひょっとすると、仏像の掌かもしれませんね。大仏の見える茶店で頂いている名物の「蕨餅」かも。「金星丘」という字面のもつ印象が、春の訪れを喜ぶ心持ちや、黄粉や黒蜜の味わいとも響き合う。豊かな取り合わせの一句です。

地

裏山は売ってはならぬわらび餅
ほろよい
春になれば蕨が沢山採れる「裏山」。地下茎を掘り出せば貴重なわらび粉だって作れるのだよ、と子や孫に言い置いているのでしょう。「売ってはならぬ」の家訓は守られるのか否か。季語「わらび餅」が飄々たる味わいです。
蕨餅とせむとてこねる黒きもの
星埜黴円
私たちがスーパーで買う透きとおった「蕨餅」は、本物のわらび粉ではないものが使われているのだとか。
掲出句の「黒きもの」は明らかに、わらび粉100パーセントのそれですね。「~とせむとてこねる」という持って回った言い方に可笑しみがあります。「結構腕力が要ります。火からおろしても、数分こね続けるのが、コツだとか。」とは作者のコメント。
蕨餅練るとき土が起きる匂い
古田秀
これも、わらび粉100パーセントの「蕨餅」を練っているに違いありません。わらび粉の中の「土」の記憶が匂い立ってくるかのよう。「土が起きる匂い」は、待ちわびた春の匂いでもあります。同時投句「蕨餅へこむ楊枝の刺さりぎわ」の微細な観察眼も見事。
あはうみの匂ひにも似て蕨餅
大雅
「蕨餅」に対して、水のイメージや匂いを取り合わせる句は色々あったのですが、「あはうみの匂ひ」にも似ているという感覚が美しいと思います。「あはうみ」は「淡海=淡水の水をたたえた湖」。琵琶湖の水の匂いを思わせる雅な作品です。
今できてすでに古色の蕨餅
龍田山門
「蕨餅」は、醍醐天皇の好物でもあったと、ものの本には記されています。「今」できたばっかりなのに、その色合いは「すでに古色」であるよ、という言い回しにおおらかなユーモアがあります。「蕨餅」ならでのはよろしさ。語順が巧いですね。同時投句「おそらくは単細胞の蕨餅」の発想も愉快。
つちのこの目玉はこんなわらび餅
ことまと
「つちのこ」は、生息すると伝えられる未確認生物。胴の部分がふくれている蛇みたいな動物だそうです。
ひょっとすると、わらび粉100パーセントの「わらび餅」を初めて見て、いつもの透きとおった蕨餅とは違ってる!と思った瞬間の呟きだったのかもしれません。「こんな」の後に、小さな驚きが読み取れて、クスっと笑ってしまいました。
山神の尻子玉とも蕨餅
「尻子玉」とは、肛門にあると想像された玉。河童に尻子玉を抜かれる、なんて言葉もあります。抜かれた人間は腑抜けになるとか、死んでしまうとかと言い伝えられています。
わらび粉100パーセントで作った「蕨餅」の色に衝撃を受けたのでしょうが、「山神の尻子玉」みたいだといわれては、「蕨餅」がお気の毒。「とも」との言い方に含みがあって、飄々たる作品。
蕨餅御堂をひどく歩かされ
ふるてい
軽い気持ちで見学し始めたのだけれど、なんとも「御堂をひどく歩かされ」疲れ果ててしまいましたよ。その後でいただいた「蕨餅」の美味しさ。まさかあんなに歩かされるとはねえ~なんて笑いながら、お茶を頂いてるのかもしれませんね。
駆け落ちをすっぽかされて蕨餅
sol
お堂を歩かされるどころか、「駆け落ちをすっぽかされて」しまった人もおります。この茶店で待ち合わせて「駆け落ち」するはずだったのに、肝心の相手がいつまで経ってもやってこない。腹いせに食べる名物の「蕨餅」でしょうか(笑)。
わらびもち祖母の仕事は居ることだ
柚木みゆき
「祖母」の得意が「わらびもち」だったのか。でも、今はそれも作れなくなってしまったのか。
でも、良いのです。大好きな「祖母」はそこに居てくれることが「仕事」なんだから。「祖母の仕事は居ることだ」と言い切ってくれる孫が「居る」こと。それがこの「祖母」の幸せでもあります。

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