俳句ポスト365結果発表

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第237回 2020年2月6日週の兼題

蒸鰈

  • よしあきくん一期一会の一句
  • 初心者向け解説コーナー今週の俳句道場
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  • 人・並選の俳句
  • 天・地の俳句

天

晋山や花の白さの蒸鰈
一阿蘇鷲二
「晋山」は「しんざん」と読みます。僧侶が初めて正式に一寺の住職となることを指します。「晋山」を無事終えての最初の春。晋山式を始めとして数々の気苦労もあったに違いありません。この地のこの寺で迎える春の風物の一つが「蒸鰈」。ものの本には「塩水をもって蒸し、半熟せしめて取り出し、陰乾にすること数日にして炙り食らふ」と記されている名物。皇室にも献上される品です。
時は桜の頃、なんと見事な「花の白さ」にも似た「蒸鰈」でありましょうか。「白」の一字は、塩の白さ、清廉さとも印象が重なります。「晋山」「花」「白」の言葉が織りなす格調が、季語「蒸鰈」を美しく描きます。花を愛で、「蒸鰈」を喜び、上質の酒一献も楽しむ。鰈でもなく、干鰈でもない、まさに「蒸鰈」の逸品です。
僧侶は酒を飲んでよいのか、ナマモノを食ってよいのかなどと、無粋なことはおっしゃいますな。同時投句「朝の湯まで頂き寺の蒸鰈」のような宿坊にて、桜と鰈と般若湯を楽しむのも一興でございますよ。

地

むしがれひ若狭の雨は骨を研ぐ
蟻馬次朗
「若狭」と具体的な地名を入れると、季語「むしがれひ」との親和性がぐんと高くなります。「若狭の雨」は、花冷えの頃の冷たい雨でしょうか。「若狭の雨は骨を研ぐ」という措辞に、この地に生きる厳しさも垣間見えます。それに対する「むしがれひ」の平仮名のたおやかさな味わいも見事です。同時投句「柳むしがれひの首がもげてゐる」も飄々とした確かな作品。
観音の腕長うして蒸鰈
小野更紗
「蒸鰈」というと、森澄雄の名句「若狭には佛多くて蒸鰈」を思い浮かべます。当然のことながら掲出句は、森澄雄の作品を下敷きとしています。
仏像と「蒸鰈」の取り合わせの句は沢山届きましたが、「観音の腕長うして」という描写から「蒸鰈」へと展開する語順が巧いですね。軽く一読した後、あ、これは森澄雄を本歌取りにしていると分かる。すると読者の脳は、一句を再び味わい直します。
「佛多くて」と詠まれた「若狭」の地の寺の御堂の内の「観音」へ焦点がぐーんと絞られ、その仏像の「腕長うして」との丁寧な描写。本歌取りのお手本のような作品です。
蒸鰈五枚で女仏くれまいか
月の道馨子
こちらも森澄雄を本歌取りしているのでしょうが、アプローチが全く違う。その発想が実に面白い作品です。
皇室にも献上する「蒸鰈」だぞ。これを「五枚」やるから、その「女仏」をくれないだろうかと持ちかけているのです。惚れ込んだ骨董品なのか、宿を借りた貧乏寺での会話か。はたまた「女仏」は実際の女を意味するか。読めば読むほど、面白くなってきます。
蒸がれい塩かがやける御食国
ちゃうりん
「御食国」は「みけつくに」と読みます。ネット辞書には「日本古代から平安時代まで、贄の貢進国、すなわち皇室・朝廷に海水産物を中心とした御食料(穀類以外の副食物)を貢いだと推定される国を指す言葉」と解説されています。
若狭の「蒸がれい」は、令和の今でも皇室に献上されているそうです。「塩かがやける」は「御食国」である歴史と誇りを表現した措辞。「蒸がれい」も「塩」も美しい春です。
蒸鰈きよら角鹿の神の塩
一斤染乃
「角鹿」は「つぬが」と読み、越前国敦賀(つるが)の古い呼び名なのだそうです。『古事記』『日本書紀』に地名の謂われも記されています。意味としては、「蒸鰈」が「きよら」だということですが、「きらよ」の一語は下の言葉にもイメージを及ぼします。「蒸鰈」も「神」も「塩」も美しく「きよら」なのが「角鹿」という地なのです。
蒸鰈おなじあじする鬼の角
ちま(5さい)
「蒸鰈」を写真で見たのでしょうか。その色合いや形を観察しつつ、どんな「あじ」がするんだろうと考える。この魚は「鬼の角」みたいだから、きっとそんな味がするに違いない! その発想にやられてしまった一句です。
前出句の古い地名「角鹿」を知ってみると、「おなじあじする鬼の角」が深い意味をもってくるような気もしてきます。
むしがれひ邑あまいろに老いてゆく
RUSTY
「邑」は音読みは「ゆう」ですが、訓読みは「くに、みやこ、むら」などがあります。どの訓読みを選ぶかによって一句の味わいが変わっていきます。「むしがれひ」も塩蒸しし陰干しにすると「あまいろ」に変化していきますが、かつては栄えていた「邑」も「あまいろに老いてゆく」というのです。「あまいろ」の一語の選択はもとより、この位置にこの語を置く判断もさすが。全てに心に行きとどいた作品です。同時投句「とよあしはらのみづほのくにのむしがれひ」は、格調をもたせた平仮名書き。
九頭龍は雲の眷属蒸鰈
神山刻
「九頭龍」は、九頭龍信仰の鬼でしょうか。ものの本によると「西暦800年代の中盤頃の話として、「学門」という名の修行者の法華経の功徳によって、九つの頭と龍の尾を持つ鬼がこの地で岩戸に閉じこめられ、善神に転じて水神として人々を助けたという言い伝えが残されている」のだそうです。水の神さまとして雨乞いも行われていたとか。その伝説の鬼「九頭龍」は「雲の眷属」であるよ、という発想が雄大です。
「眷属(けんぞく)」には三つの意味があります。① 血のつながりのあるもの。一族。親族。 ② 従者。家来。③ 仏や菩薩に従うもので、薬師仏の十二神将、不動明王の八大童子の類。
私は、一族の意味で解釈しました。「九頭龍」と呼ばれた鬼は、雲の一族であるよ。雨が、良き水となり、良き塩を作り、良き酒も生まれ、「蒸鰈」も美味であるよ、と深読みしていきたくなる堂々たる作品。一句の向こうに、九頭竜川の遙かな川波まで見えてきそう。同時投句「蒸鰈波濤は神の茹でこぼし」も神話的雄大さ。
蒸鰈なんてあんたの式以来
あいだほ
この十七音が、そのまま家族のドラマになっています。娘が嫁いだ先が若狭なのでしょうか。初めて食べた「蒸鰈」の美味しさに驚いたのが、結婚式のお膳。そして、再び訪れた若狭には、何の用があったのか。さまざまな筋書きが浮かんできます。
たった十七音なのに、短編のような味わいがある。それができるのも俳句という詩型の力なのだなと、嬉しく拝読しました。

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