俳句ポスト365結果発表

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第238回 2020年2月20日週の兼題

ボートレース

  • よしあきくん一期一会の一句
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天

水平は恍惚に似てボートレース
さとけん
季語「ボートレース」は、轟音と水煙を上げて疾走する競艇ではありません。オールを使って漕ぐボートです。隅田川の早慶戦にちなんで春の季語となっていますが、桜の咲き満ちる湖岸や凪いだダム湖を滑るようにゆくボートの光景も印象的に思い出されます。
ボート競技の美しさに心動かされるのは、オールの動き。水を漕いだ後、全てのオールはくるっと回され「水平」になります。空気抵抗を防ぐためです。全く同じ速度、同じ角度でオールが「水平」となる。これが見飽きないほどの美しさなのです。勿論、クルー全員の息が合っていないと、この動きは「恍惚」とはなり得ない。「水平は恍惚に似て」という措辞は「ボートレース」の瞬間を見事に切り取りつつ、春の静かな水面も見せてくれる。見事な作品です。

地

競漕や水を起こさぬやうに削ぐ
いなだはまち
上手い選手は、水しぶきをバタバタあげたりしません。水を脅かさないように「起こさぬやうに」静かに水面を「削ぐ」のです。オールの動きをじっと観察してこそ手に入れられる表現。一物仕立ての逸品です。
今回、「競漕」の櫂の動きを一物仕立てで表現しようと頑張った人たちも沢山いたのですが……
競漕の一糸乱れぬ櫂捌き     石井茶爺
競漕の一糸乱れぬ櫂さばき    村上 無有
競漕や一糸乱れぬ櫂さばき    風紋
ボートレース一糸乱れぬ櫂捌き  あつむら恵女
他にも「一糸乱れぬ」句が山のように届きました。いつも言ってることですが、一物仕立ては徹底した観察しかないのです。「一糸乱れぬ」のような慣用句に依存せず、腹を括って根気よく季語と対峙するしかありません。
血管の怒れるボートレースの腕
ちびつぶぶどう
水を起こさないように漕ぐためには、腕力と技術が必要です。「ボートレース」の太く鍛えた「腕」の「血管」は、「怒れる」かのように膨れ上がっているのです。下五の最後に「腕」がニョッキリと出てくる語順。この判断が成功しました。
ボートレース帽子目深に返す櫂
うしうし
地味な句ですが、丁寧に観察しています。顔が見えないほど「帽子」を「目深」にかぶっている選手。個人的な印象ですが、シングルスカルを思いました。自分との戦いの目線が、中七下五に読み取れるような気がします。最後に「櫂」の映像を残す語順も的確。
当時投句「ボートレース水尾は「未来」の字のごとく」も、ボート競技らしい把握です。
ボートレース二番は肘を痛めたか
山名凌霄
漕ぎ手には一番、二番とポジションの呼び名があります。さっきまで快走していた艇が急に失速したのでしょうか。じっと見ていると、どうも「二番」の櫂の動きがおかしい。「二番は肘を痛めたか」という呟きがレースの全てを語り得ていて、実に巧いです。
同時投句「漕艇やオールは乳首まで引け引け」は経験者っぽい具体性があります。
競漕来眼前の艇の長きこと
いさな歌鈴
「競漕」の艇が、我が「眼前」を通過しようとしているのです。遠目で見ていると感じなかったのだけれど、水面を滑るように近づいた「艇」を真横からみると、なんと「長きこと」か! 率直な感想がそのまま一句になりました。一物仕立ては観察であると何度も言っておりますが、自分の心がハッと動く瞬間を、認識し、ひるまず素直に言葉にしてみることが肝要です。
同時投句「競漕や天へと返す櫂の先」も丁寧な観察。
ボートレースこの橋までよし二十秒
常幸龍BCAD
レースの作戦として、まずは「この橋」を「二十秒」で通過するのが最初の関門。橋の上でストップウォッチを構えているコーチの言葉かもしれません。「よし二十秒」という台詞だけならば様々な競技にも使えますが、「この橋まで」が「ボートレース」らしさを補強しています。
同時投句「ボートレース寄せ書きの旗猛る」は、風と心情を表現した「猛る」ですね。
橋抜けて競漕の艇入れかはる
ほろろ。
「橋」を抜けてみると首位が入れかかわっていることに気づく。これも観察の一つです。「抜けて~入れかはる」動詞と複合動詞を使った描写ですが、決して説明にはなっていない。実況中継の巧いアナウンサーは、状況を説明するのではなく、聞く人の脳に映像を伝えます。この句もまた同じです。
ボートレース審判艇に抜かれけり
はむ
「審判艇」はそれぞれの艇がコースを外れないよう見守り、必要に応じて注意を伝えます。状況によっては、上位の艇についていくことになもなるのでしょう。「審判艇に抜かれけり」ということは、ひょっとすると最下位の艇か。「ボートレース」の中の、こんな光景をさらりと切り取れるのが、俳人としての地力です。
同時投句「ボートレース半艇身を差し切れず」も具体的な描写。
ボートレース濡れそぼつまま擁きあへり
古田秀
「濡れそぼつまま」の表現から、雨催いのレースを想像しましたが、水に雨に光に涙にと、さまざまなイメージも重なります。下五「擁きあへり」は勝者の抱擁に違いありません。遠くから見つめる観客の視点で切り取った一句でしょう。
競漕を終えし両艇相寄りぬ
くりでん
「競漕を終え」てからの観察。ゴールを争った「両艇」がお互いの健闘をたたえて、近寄っていくのです。「両艇相寄りぬ」と描写しているだけなのに、それまでの熱戦も見えてくるし、相寄った後に握手し、抱き合う選手たちの様子も見えてくる。俳句というのは、まとこに映像であるよと思わせてくれる作品です。
同時投句「競漕の余韻の尽きぬ銀座線」は、早慶戦を観戦した客たちかな。

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