俳句ポスト365結果発表

  1. TOP >
  2. 結果発表 >
  3. 春暖

第239回 2020年3月5日週の兼題

春暖

  • よしあきくん一期一会の一句
  • 初心者向け解説コーナー今週の俳句道場
  • 今週のお便り
  • 人・並選の俳句
  • 天・地の俳句

天

春暖のおもさマカロンふたつ分
ぐでたまご
季語「春暖」の特徴は名詞であること。そして「春暖=しゅんだん」=拗音と撥音の響きを、硬いと捉えるか、楽しいと捉えるかで、1句の味わいが変わってくることです。この句は名詞であることを巧みに使い、さらに「春暖」の響きを楽しく捉えています。
(俳句における)詩を発生させるテクニックの一つとして、勝手に単位を作る、というのがあるのですが、そのお手本のような作品です。「春暖」というモノに「おもさ」があるとしたら? の答えとして、「マカロンふたつ分」は実に愉快。「マカロン」の明るく多彩な色合い、「ふたつ分」の甘さを思い浮かべると、映像を持たない時候の季語「春暖」を、手のひらに載せているかのような詩的実感があります。「マカロン」を見るたびにこの句を思い出しそう♪

地

春暖や百年匂ふ正露丸
いさな歌鈴
試みに上五を「暖かや」と置いてみます。「暖かや百年匂ふ正露丸」、句としては成立します。「正露丸」の黒い粒、丸さ、大きさ、腹下しをおさえ、痛みをやわらげる効果を思えば、「暖か」でも成立するんだけど……でも、なんか引っかかるのです。「正露丸」独特のツーンとくる匂いって「暖か」だろうか、と。
作者が「春暖」と「正露丸」を取り合わせようとした、大いなる意図は中七にあります。過去現在未来においても、変わることなく「百年匂ふ」という措辞。「春暖」という音読みを、音の堅さと捉えての取り合わせが成功しました。
ちなみに、季語が「暖か」であれば「暖かやころころ匂ふ正露丸」というような方向になっていくのではないかと考えます。
笑い上戸来たる喫煙所は春暖
あいだほ
下五を名詞止めにする型にも有効な季語です。「笑い上戸」な人物がやってきたのが「喫煙所」だという場面に、真実味と独自性があります。知らない人たち同士が無口に集まってるのが「喫煙所」の印象ですが、そこに現れた「笑い上戸」の笑いに誘われ、ほっこりする人もいれば、なんやコイツはと、そっぽ向く人もいそう。その曖昧かつ中途半端な気分も「春暖」ではないかと思います。仮に下五が「暖か」だと、そこにいる全員が笑っていそうですものね。
同時投句「春暖や砂場は母を待つにほひ」も、揺れ動く感情が読み取れて印象的。
どか弁の沢庵のけて 春暖
ウロ
一マス空白をあけるという挑戦。上五中七は定型を守り、下五は一拍目の空白+「春暖」四音を足して五音という構成になります。「どか弁」の大きな弁当箱には、御飯がぎっしり敷き詰められているのでしょう。「沢庵のけて」の後の一マスに、沢庵の黄色い跡が見え、一拍おいて飯をかき込む動作も見えるよう。最後にぽつんと出現する「春暖」の響きに飄々とした俳諧味があります。
春暖やかつて一ドル三百円
きよなお
こんな取り合わせってありか? と笑ってしまったのですが、「かつて一ドル三百円」だった時代を知ってる人、現在の円高に複雑な感情を抱いている人だからこそ、季語「春暖」の微妙なニュアンスに思い当たるものがあるのでしょう。冬という塊が去っての春を、悲喜交々しみじみと受けとめる「春暖」です。
春暖の心臓てふのかげ放つ
「春暖」の頃のワタクシの「心臓」と読むこともできるのですが、個人的好みでは、「春暖」という生き物の「心臓」と読みたいです。
暖かくなったり寒さがぶり返したりしながら、春は春となっていくのです。春が進むにつれて「春暖の心臓」はドクドクと脈打ち始めます。春が春としての心拍を打ち始めた証拠に、「春暖」は「てふ=蝶」の「かげ」を「放つ」のです。
映像のない時候の季語「春暖」を主役とし、実態のある季語「てふ」を脇役とする工夫は、梅沢のおっちゃんに教えてやりたいくらいの高度なテクニックです。
春暖であろう土偶の産み月は
くりでん
「土偶」の中には異様に腹が膨らんでいるものがあります。その「土偶」が子を産み落とすのは、「春暖」の頃に違いないという発想に惹かれます。
「春暖であろう」から始まる倒置法が、散文臭を払拭。季語「春暖」のなかには、「産み月」という腥い言葉との親和性もあるのだと気づかせてくれた一句です。
春暖の歯ブラシを待つ鰐の口
かのたま
名詞である「春暖」は「春暖の○○」というふうに、後ろの名詞を限定し性格付ける、という使い方もできます。「歯ブラシ」は一年中そこにあるのですが、これは「春暖の歯ブラシ」ですよと性格付けをするのです。
「鰐の口」がガバッと二等辺三角形に開いています。「~を待つ」ですから、いつも磨いてもらっていることが分かります。鋭い歯はなんだか危険そうですが、無防備に口を開けてる様子は、なんだかほのぼのします。それが「春暖」という気分でもあるのでしょう。
春暖迫り来るバイソン顔でかい
蟻馬次朗
「春暖迫り来る」とあるので、「春暖」という季節が迫り来るのかと一瞬思わされます。この季語に「迫り来る」は似合わないなと思った瞬間に、「バイソン顔でかい」と展開。みるみるうちに迫り来る「バイソン」の勢いに気圧されるでもなく、こいつの「顔」ってこんなに「でかい」のか! と正直な感想を呟いてるのが可笑しい。「春暖」「バイソン」という音の響きも共鳴します。
大尿して春暖の象のほと
ウェンズデー正人
季語「春暖」と生き物を取り合わせる句は多かったのですが、季語を中七にもってくるのは、なかなか難しかったようです。この句は「春暖」を中七に置くことで、映像を巧みに構成しています。
「大尿(おおいばり)」から始まるインパクトは勿論ですが、「春暖の象のほと」は下の語へ下の語へと意味を限定し、最後に「ほと」=「陰」(女性器を意味する単語)を大写しにします。この映像が実に強烈。季語「春暖」は「象」のような大きな生き物の腥さ、生々しさをも受けとめるのですね。
同時投句「春暖や斧にとくりと差す油」オノマトペ「とくり」は「油」の質感であり、「春暖」の感触でもあります。
春暖の地にショッカーはのびている
けーい〇
まさか「ショッカー」が出てくるか!と爆笑。「春暖」「ショッカー」の響き合いも面白いですね。
仮に季語を「暖か」に替えると「暖かな地にショッカーはのびている」、なんとも間抜けな感じになります。「春暖の地」は、冬が終わった「春」を印象づけつつ、「暖か」を「地」の感触、皮膚感として伝えます。撮影現場。仮面ライターにやっつけられた「ショッカー」たちは、監督からの「カット!」という声を聞くまで、「春暖の地」にそのままの格好で「のびている」しかないのです。
こうやって考察してみると、季語「春暖」は暖かに比べて、曖昧かつ複雑なニュアンスを受けとめる性質があることに気づきます。結構興味深い傍題であったのだと、認識を新たにしました。勉強させていただきました。皆さん、ありがとう!

ページの先頭