俳句ポスト365結果発表

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第245回 2020年6月11日週の兼題

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天

手の届く高さの蝉は要らぬ蝉
斎乃雪
子どもを連れての休日。蝉取りにでも連れてってやろうかなあ、でも暑そうだなあ……なんて思いつつ、重い腰をあげるのです。公園の大木は、蝉の木といってもいいぐらいの蝉また蝉。これなら子どもでもカンタンにとれるに違いないと思うのです。最初は、それでよかったんだけど、同じ蝉ばかりが虫籠の中に入っていくと、もっと違う蝉が欲しくなってくるのが(子ども大人にかかわらず)人間の心理というもの。「手の届く高さにいくらでも蝉はいるのに、その高さにいる蝉は要らぬ蝉なのだ」というのは、蝉取りをしたことのある人ならば、苦笑いしつつ共有できる経験。「蝉」に関するマーフィーの法則みたいな一句だと笑ってしまいました。
他の傍題や蝉の細かな種類ではなく、単純な「蝉」という兼題へのアプローチとして、こんな法則をもってくる発想もあったな、と。

地

蝉の眼ころつと外れてしまひさう
ざうこ
「蝉の眼」に着目した句も沢山あったのですが、中七下五が正直な感想のようでいて、ちゃんと描写になっている点を評価します。ただの「外れてしまひさう」ではなく「ころつと」が、「蝉」ならではの質感を表現しています。
みるからに食えない蝉の鳴きにけり
ぐずみ
「食えない」には「煮ても焼いてもくえない意。ずるがしこくて油断できない」という意味もあります。「蝉」を食べる風習があるという話題が火曜日「俳句道場」にも寄せられていましたが、それを慣用句と引っかけたところが面白い作品。いかめしくて、黒くて、嘘つきそうな顔つきの、やかましく鳴く「蝉」なんだろうな。
一人焼肉終えて蝉鳴く上野へと
安溶二
「焼肉」は家族や仲間でワイワイ食べるものでしたが、「一人焼肉」なんて言葉も市民権を得る時代。特に友達も要らない、テレビも観ない、車も不要……なんていうイマドキの人物がぼんやりと浮かんできました。「蝉鳴く上野へと」という措辞のせいでしょうか。地方から出てきて都会に暮らす二十代後半から三十代の男性? を想像。何するでもない休日。
緑青の蛇口のごとく蝉凝る
トポル
「蝉」の腹の辺りでしょうか。確かに「緑青」のような色を観ることがあります。前半の措辞で、水飲み場の「緑青」の噴いた「蛇口」を脳内に出現させておいて、「ごとく」で全てを比喩にしてしまう。その手口が大胆です。「蝉凝る」は腹を向けた死骸でありましょう。
ケェケェと猫蝉の死を喰ふや吐く
ウェンズデー正人
猫や蟻が「蝉」の骸を「喰ふ」という発想の句も沢山ありましたが、「ケェケェ」という擬音語から始まり、最後を「喰ふや吐く」としたところに、強いリアリティがあります。特に「や」の使い方が巧い。猫の行動のみならず表情まで見えてくるのは、上五「ケェケェと」という独自性のあるオノマトペの力でしょう。
蝉鳴くや記憶の家の黒かりき
これも、蝉の細かな種類ではなく「蝉」という生き物の存在で勝負しようという意志が読み取れる作品です。「記憶の家」は、今は無くなった生家かもしれませんし、小さい頃近所にあった、誰が住んでいるのかも分からないのだけれど、気になっていたお屋敷かもしれません。「記憶の家」という詩語は「黒かりき」という過去の印象としてのみ残っているのです。毎年「蝉鳴く」頃になると、なぜかあの「家」を思い出してしまう。小説や映画のワンシーンのような奥行きのある作品。これも「天」に推したかった一句です。
下積みがどうとか野暮だなあ蝉よ
司啓
「下積み」の時代があったと自分で語るのも「野暮」だし、他人から「ご苦労されたんですってね」なんて言われるのも尻こそばゆい。ましてや、他人が己の「下積み」の頃の話を自慢げに語るのに、つきあいのはウンザリだよな。「野暮だなあ蝉よ」と語りかける口調に共感するのだよなあ。
蝉鳴くや俘虜より伝ふドイツパン
sakura a.
徳島にあった捕虜の収容所を思い出しました。某ホームページには「1918年6月1日。徳島県鳴門市にある板東俘虜(ふりょ)収容所でドイツ兵捕虜によって、ベートーヴェン「第九」交響曲がアジアで初めて全曲演奏されました」との解説もありますが、町の人たちとドイツ兵の交流は多岐に広がります。「畜産や製パンなどの産業指導、スポーツ指導や芸術指導などを行ったほか、ドイツ兵捕虜が設計し、地元の大工とともに牧舎を建設したり、地元民の生活を便利にするため、橋を建設するなど戦時中とは思えないような交流が鳴門市では行われました。」 こんな逸話からの発想だと思いますが、「蝉」「俘虜」「ドイツパン」三つの言葉のそれぞれの距離が、まさに付かず離れずの一句です。
筋肉を締めてにいにい蝉の止む
としなり
こちらは、蝉の種類を限定した一句。「筋肉を締めて」という措辞は「にいにい蝉」独特の鳴き方からの発想かと読みました。ネット事典は【オスは翅を半開きにして「チー…ジー…」と繰り返し鳴く。鳴き始めは「チー」が数秒、急に音が高く大きくなって「ジー」、数秒-10秒ほどで緩やかに「チー」へ戻り、数秒後に再び「ジー」となり、鳴き終わりは「チッチッチ…」となる】と解説していますが、まさにこの鳴き終わりの音が「筋肉を締めて~止む」という印象。共感の一句です。
みんみんや忽ち癒えるみづの疵
RUSTY
こちらも「みんみん」と種類を特定しています。似たような大きさの「油蝉」を上五に置くことも、音数的には可能ですが、アブラゼミと違ってミンミンゼミは森林性。基本的には涼しい環境を好む蝉です。それが分かると、「忽ち癒えるみづの疵」という詩語が涼やかに広がってきませんか。「みんみんや」という上五が呼応していることも理解できますね。高原の湖の「みづの疵」のなんと美しいさざめき。
御用邸に守衛熊蝉ほかふたり
きゅうもん@木ノ芽
こちらは「熊蝉」。大型の蝉ですし、「熊」の一字の印象も強いですね。「御用邸」は天皇や皇族の別荘。この一語の発揮する言葉の経済効率が一句を支えます。「御用邸」の建物、広いお庭、中は見えない塀、警備する「守衛」。前半でそれらの光景を描いておいて、「熊蝉ほかふたり」と展開する俳諧味。楽しませてもらいました。

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