俳句ポスト365結果発表

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第247回 2020年7月9日週の兼題

野分

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天

野分立つひねもす水の鱗立つ
トマト使いめりるりら
「野分」は野を分けるように吹く強い風。現象としては台風と同じですが、降雨や高浪ではなく風に軸足があります。台風は実生活に近い気象の言葉で、不安や恐怖にも繋がりますが、「野分」は一種の美意識をともなって非日常の世界を匂わせます。
草木を揺らしに揺らす強い風が、野を吹き起こしているのです。草木が生き物のように猛ります。風は湖へと吹き抜けます。野の風をうけた水面は鱗のように逆立っています。見飽きることのない風のかたちと水のかたち。作者はそれを「ひねもす」一日中うっとりと眺めているのです。「野分立つ」「鱗立つ」と言葉を重ねつつ、実にシンプルな美しさをもって「野分」を表現し得た作品です。

地

野分来て楠がゆれれば楠のにほひ
中岡秀次
「野分」がやってきて、大きな「楠」が揺れに揺れているのです。「楠」に近づくと、芳しい香りがします。強くはないけれど、高貴な印象の香りです。「楠」は、揺れる度に「楠のにほひ」を放ちます。季語「野分」の美意識に寄り添うように、「楠」は香り続けるのです。
日光の杉哭く夜の野分かな
アーナンダ
こちらは「杉」です。太陽の「日光」かと一瞬思うのですが、下五まで読めば地名の「日光」だと分かります。「日光」の深い杉山を吹きわたる「野分」です。「哭く」の一語が大きく揺らぐ杉の様子を表現。「日光」と「夜」の視覚的対比も狙った通りの効果。下五「かな」の詠嘆もいきています。
もみくちやに野分を竹取の翁
ウェンズデー正人
季語「野分」のイメージを、枕草子や源氏物語の世界に展開した句も多かったのですが、清少納言や紫式部の文言をなぞるに終わっていたかの印象です。
この一句は、竹取物語へとワープ。「竹取の翁」が「野分」の中を帰っていく様子を「もみくちやに」という上五が活写しました。俳句はたった十七音ですが、このようにたった5音を工夫するだけで、新しいリアリティを獲得することができるのです。
たくましき根をはる蝋燭野分の夜
豊田すばる
中八が実に勿体ないのですが、この語順にしたかった作者の意図も理解できます。「たくましき根をはる」で大木を思わせておいて、それが「蝋燭」の蝋が燭台に溜まっている様子であり、「野分の夜」であると展開したかったのですね。読み終わった静けさの中に、風の音も聞こえてくる一句です。
コンビニいまひかりの函に夕野分
RUSTY
去年だったか一昨年だったかのNHK全国俳句大会で、私は、コンビニが水槽のようだという句を特選に推した記憶があります。季語は「夜の秋」だったかと。その類想があることを踏まえた上で、この「コンビニいまひかりの函に」は実に巧いと感心します。「いま」「に」の二単語が、今まさに夕暮れの時間をむかえ、という時間描写となり、季語「夕野分」を映像としてしっかりと見せる。俳句は、工夫次第でどんどん新しくなれるのだということを教えてもらった作品です。
野分まだ匂ふ木切れを集めけり
枕草子からの連想かと読みました。「野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。立蔀、透垣などの乱れたるに、前栽どもいと心苦しげなり。大きなる木どもも倒れ、枝など吹き折られたるが」と続く段です。「野分まだ匂ふ」は、実際の嗅覚というよりは野分の去った手触りに近いものかもしれません。心理的嗅覚という感じでしょうか。枕草子を下敷きにした上で、「木切れ」だけをピックアップしてくる。このあたりの判断が見事です。下五の着地も難しいところですが、「集めけり」と実際に拾う感触を添えて日常に戻してくるあたり、実に巧いと思います。
神木を贄に野分の被害0
横縞
「野分」は雅、「台風」は俗、とクッキリ線を引いてしまうのは勿体ないですね。その曖昧な境界にも句材があることを、先の「木切れ」の句は示唆していますが、この句の「神木」に対する「被害0」という展開もまさにそれです。「神木」を生け贄にするとは一体?と思わせ、「野分」の美意識の中にいきなり「被害0」と俗をぶつけてくる。この曖昧な境界を自在に遊べる作者の言語感覚を愛します。
野分去る清らなる日と水漬く地と
虚実子
「野分」が去った翌日。空には、「清らなる日」つまり再生を思わせるまっさらな太陽がのぼり、眼下には「水漬く地」が広がっているのです。「水漬く」とは水につかる、水にひたる、という意味です。万葉集にも用例がありますが、洪水だとか被害だとかという言葉とは違うニュアンスが、季語「野分」と響き合います。
新章の始まりめいて野分後
あいだほ
季語「台風」は禍々しい被害をも連想させますが、「野分」にはそのイメージが薄く、風の襲来によって野が美しくなっていくかのような印象があります。その気分を「新章の始まりめいて」と表現したのでしょう。「~めいて」という比喩はややもすると説明臭く感じられますが、この句は、季語とそれ以外のフレーズの言葉の質量が釣り合っています。浄化された「野分後」の野が、まっさらな1ページのように広がっていきます。

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