俳句ポスト365結果発表

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第253回 2020年10月29日週の兼題

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天

竈へ火ハレの日の鮫切り分けて
いさな歌鈴
本来の「鮫」という季語は、まさに「ハレの日」の食べ物でした。私の故郷愛南町では、祝い事や弔い事の皿鉢には、必ずフカの湯ざらしが並んでおりました。海辺の町なので、新鮮な魚介類はいくらでもあったのですが、それでも「鮫」という食べ物は特別な印象がありました。
冷蔵技術が進歩してきた現在は、全国各地へ新鮮な魚が届けられますが、かつては、海のない内陸部の県まで魚を運ぶのはとても難しいことだったのです。
以下、いなさ歌鈴さんが火曜日「俳句道場」に寄せてくれたレポートの一部を再掲載しておきます。

◇冷蔵技術が未発達の時代に、内陸県で新鮮な海水魚を入手することは困難で、塩漬けや干物が一般的だった。しかし、鮫肉はアンモニアが生じて雑菌の繁殖を防ぎ腐敗を遅らせることができるため、特に、冬場は生魚のままでもある程度日持ちするので、内陸県へ流通し、貴重な冬の味覚として定着した。また、正月やハレの日の食材としても重宝された。
◇鮫は種類が多くほぼ一年中獲れるが、鮫漁の旬は冬~春にかけて。特に、寒中で獲れた鮫は身が締まり美味である。以上。 今、締切前で頑張って句を作り直しています(笑)/いさな歌鈴

このような情報収集の上で、出来上がったのがこの作品でしょう。季語についての情報を集め、ありありと季語の現場を想像する。脳内吟行の精度が高いからこそ観ることのできた、掲出句の光景だろうと思います。
我が生家にも大きな「竈」がありました。祖母が土間の厨で「火」を熾し、祖父は井戸の近くで「鮫」を捌きます。(その時代は、女は不浄のものであるからという理由で、ナマモノを捌くのは男の仕事でした。)祖父が捌いた「鮫」は、次々に湯に放たれて湯ざらしとなります。祖母の作る酢味噌「みがらし」は味が佳いと評判でした。フカの湯ざらしという料理、子どもの頃の私は大嫌いでしたが、酒を飲むようになってから肴として味わえるようになりました。
かつて「鮫」とはこういう食べ物であったことを記録したかのような一句。懐かしく読ませてもらいました。

地

やはり小便臭いぢゃないか鮫は
⑦パパ@いつき組広ブロ俳句部
アンモニア臭いのは「鮫」の特徴ですし、それゆえに長持ちするわけですから、文句を言われる筋合いではないのです。が、思わず口をついて出てきたようなこの一句には「鮫」らしい現場証明があります。切れのない形で放り出された言葉もリアリティを演出しています。
空はハレ鮫の臭気のきらきらと
けーい〇
「ハレ」とは晴れと褻の「ハレ」ですが、「空はハレ」という措辞は晴天を連想させます。そこは勿論、作者の工夫の一つですね。
「鮫の臭気」つまりアンモニア臭は、あまり歓迎される匂いではありませんが、それが鼻を刺すように「きらきら」と臭ってくるという表現が、「天はハレ」という上五を鮮やかに支えます。
ぼくぼくと殴たれて白い白い鮫
すりいぴい
網にかかった「鮫」を思いました。引き上げられた網の中の「鮫」にトドメをさす魚打ち棒を思わせるのが、「ぼくぼく」というオノマトペ。「殴たれて」に続く「白い白い鮫」は、のたうち暴れる白い腹を思わせます。無残な白です。
煙草吸ふ間ありて鱶撃ち中だるみ
きゅうもん@木ノ芽
こちらは銛でしょうか。船腹に押し寄せてきた「鱶」の群れを撃退しようとしていたか、積極的に獲物として狙っているのか。「煙草吸ふ間ありて~中だるみ」によって、さっきまで凄まじい現場が繰り広げられていたことが分かります。足元には、撃って引き上げられた「鱶」が何匹も転がり、甲板はアンモニアと血の臭いに満ちているにちがいありません。
くたばりそうな鮫の吐き出す血がぬるい
ツカビッチ
「くたばりそうな鮫」をじっと眺めているのです。白い腹。恐ろしい眼。凶暴そうな口から、時折吐き出される「血」を「ぬるい」と感じるところに俳人の感知があります。実際の温度としての「ぬるい」ではなく、アンモニア臭の中でのたうつ血の印象をそう表現したのだろうと読みました。
鮫の輪切り鮫のかたちに並べけり
RUSTY=HISOKA
「鮫」を輪切りに?!と驚き、念のためネットで調べてみたのですが、標本としてそのような切り方をしてある写真を見つけました。標本ならば季語とは違う?とも思いましたが、標本を作るためには実際に「輪切り」にしてみた人はいたに違いないし……と思いなおしたり。ま、とにかく、この句に季節感があるかないかという問題を遙かに越えて、衝撃を受けてしまいました。
深海で輪切りにされた鮫が、ジャバラのような体をくねらせて泳ぐ。そんな妄想にも囚われ、脳から離れなくなってしまった一句です。
鮫の子を掻き出し鮫のがらんどう
高橋無垢
「鮫」は卵生、卵胎生、胎生があるという事実にも驚きます。水揚げされた「鮫」の腹から掻き出されたモノは、卵の形でしょうか、すでに鮫の形をしていたのでしょうか。掻きだした後を「鮫のがらんどう」と表現したことで、映像がありありと見えてきました。掻き出された「鮫の子」たちも、アンモニア臭を放ちつつ、ヌメヌメとそこにいるのでしょう。
八雲立つやさしき鮫を干しにけり
高田祥聖
「八雲立つ」は、多くの雲が立ちのぼる意で、地名「出雲」にかかる枕詞です。「やさしき鮫」とは因幡の白兎を懲らしめた鮫たちの末裔でしょうか。その鮫たちは、今、干物として干されている。下五「けり」が、神代からの悠久の時間を思わせる詠嘆として生きています。
鮫かなし詩人の骨はつめたからう
一阿蘇鷲二
「鮫かなし」とは、いきなり何だろうと思います。「鮫」という季語について色々調べていくうちに、形といい生態といい「鮫」とはなんと悲しい存在であるかという思いに囚われたのでしょうか。
口あたりの骨しか残らないということも今回知ったことの一つですが、捨てる部位がないほど人間に使い尽くされ、口の骨だけが残る。作者は、「鮫」と己の存在を重ねて「詩人の骨はつめたからう」という詩的感慨にたどりついたのかもしれません。
片頭痛食はせる鮫を飼つてゐる
土井デボン探花
虚の世界に遊んだ句も沢山ありました。「鮫」を飼うという発想は外にもあったのですが、その目的が「片頭痛」を食べさせるためというのが実にユニーク。水槽の中に小さな鮫を飼っていて、嗚呼、頭が痛いと思うたびに「偏頭痛」を餌として「食はせ」ている! そうか、だから「鮫」はあんな目を剥いたような顔してんだと、妙に納得がいって、面白かった作品です。

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