俳句ポスト365結果発表

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第256回 2020年12月10日週の兼題

狐火

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今週のお便り&俳句道場

■今週の俳句道場~初級者向け解説コーナー
さあ、今週も皆さんからいただいた投句をもとに、俳句のイロハを解説していきます。毎週読んでいるうちに俳句の作り方がわかってくる講座でございますよ。

◆俳句の表記~五七五の間は空けない
会いたしや 狐火すらも 墓の祖父 59224dog
灯台か 遠い狐火 波の音 Aco
かじかむて 急ぐ足どり かえりみち ときし
狐火みえぬ 松山も 栄えしや にしみなみし
狐火や 雲間の銀河 子守歌 鵠洋
狐火や 息急ききって 姉のいふ。 詩
こっくりさん 狐火を見て 腰抜かす 小林番茶
狐火や 無人畦道 人誘い 辛子
狐火を 数え供える 油揚げ 眞我 流田
○俳句は五七五の間を空けず一行に縦書きするのが正しい表記です。ネット俳壇の横書きは、泣く泣く許容しております。強い芸術的主張がある場合、敢えて分かち書きしたり、多行書きしたりもしますが、初心の時期は基本を守っていきましょう。
 この関門をクリアしないと、木曜日「並選」以上には進めません。俳句の修行の第一歩は、正しい表記から~♪次のご投句待ってますよ。

◆季重なりブラザーズ
寒空に ゆれる狐火 母慕う みつ子
地吹雪に 導き灯りは狐火か かっぱ
狐火や軋む塔婆に舞う落ち葉 くりすけ
除夜の鐘くゆる煙は狐火の くれい
狐火や婆に逢いたい年の暮 バーバラ
狐火の震え隙間風の寒さ HARUKO
狐火を見たよとホラをクリスマス わわ
眼下には狐火御来光を待っ 松風女
狐火や蟻の引っ越し導けり 柳浦総師
○季語が複数入っている名句もあるので、「季重なり」は絶対にダメ!とは言いませんが、複数の季語を作品として成立させるのは、上級者コースのウルトラ技。まずは、一句一季語からコツコツ練習です。

◆兼題の考え方
無残かな ごみ箱の 菊の花 大沢
少年の夢飛ばす 青空に 一線の雲 藤真
春遠しブルーシートのうす明かり 見習子
初雪や山彦さえもビブラート 桜英柑
洗い場の残り紅葉と朝霧と 沼のなまず
冬陽さす縁側で祖母猫になり 翠媛
煙草火が帰還する大晦日 反芻医
手袋を買いにきたよと息を吐く 明香
○本サイトでは毎週「兼題」と呼ばれるお題を出していますが、季語が出題された場合はその季語(あるいは、その季語の傍題)を必ず詠み込む、というのがたった一つのルールです。
今募集中の兼題は、2月17日24時締切の「卒業」です。ご投句お待ちしてます♪

墓参り狐イタズラ道迷い ひーばあちゃま
狐泣き亡き母の声聞こえけり 藤田由美子
田の畦の守り固める狐花 蝦名瑠緋
○「狐」という文字は入っていますが、兼題の季語「狐火」ではないですね。

◆季語深耕
●1 狐火(きつねび。三冬、地理、傍題:狐の提燈)「闇夜、山野や墓地の宙空に青白い焔がゆらめいていることがある。古来、狐が口から吐く火だといわれているが、その正体は光の異常屈折や発光虫のしわざであるとされ、時には実際の燈火をそう見違えることもあろう。一列に見える火を「狐の行列」、見え隠れするさまを「狐の嫁入り」などという。「王子の狐火」という行事があって、大晦日に王子稲荷に関八州の狐が多く出たと伝えられている。また、狐は冬季にもっとも活躍するため、冬の季語となったのであろう。「狐の提燈」ともいわれ、幻想的な雰囲気も、稲荷信仰が手伝ってか親しみが籠っている」(「カラー図説日本大歳時記 冬」講談社、1981年、藤村克明)。★ 「山野や墓地などで暗夜に見られる正体のはっきりしない青白い火。狐火の名は、狐が口吐くなどといわれる」(「俳句歳時記第四版増補 冬」(角川文庫、2011年、地理、傍題:狐の提灯)。★「冬の夜、墓場などで燃える青白い火。燐が」燃えるらしい)(「いちばんわかりやすい俳句歳時記 秋冬新年」主婦と生活社、2017年、地理、傍題:鬼火、狐の提灯)。
★ さて正体がよくわからぬ季語である。目撃談を信じるとすれば、実在する「現象」といってよい。それが「狐が口から吐いた火」か否かはともかく。ただ現象として、あるとしてもおそらく目撃したひとは作句者の中にいるか(いたりして・・)。見たとしても、それが後述の「鬼火」などと違うと言えるか。★「狐の嫁入り」wikiには、宝暦時代の越後国(現・新潟県)の地誌『越後名寄』には、怪火としての「狐の嫁入り」が以下のように書かれているらしい。すなわち「夜何時(いつ)何處(いづこ)共云う事なく折静かなる夜に、提灯或は炬の如くなる火凡(およそ)一里余も無間続きて遠方に見ゆる事有り。右何所にても稀に雖有、蒲原郡中には折節有之。これを児童輩狐の婚と云ひならはせり」云々。
★ 「狐火」類似の季語に「不知火」がある。これは俳句ポストでも2014年の兼題になっている。やはりそこでは「狐火」との詠み分けが論点になった。「不知火」は「九州有明と八代海の沖に、陰暦八月一日前後の午前二時ごろ、大小無数の燈が明滅してゆらめき、動く現象をいう。・・略・・古来から夜光虫であるとか燐光だとか、漁火だとか諸説があり、その中の大きな火は龍神の燈明であるとして説明されていた。現在の気象学では蜃気楼現象あるとされている。八月一日の未明は大干潮で、遠浅の湾には大きな干潟ができる。貝を漁る漁夫が古くは松明、のちにはカンテラを提げて干潟を歩く。また、沖には漁船が漁火を点す。海水の温度が高く、海上のあたためられた空気と冷えた空気が密度の違った小気塊となって移動して、そこを通る光を屈折させる。それが不知火であるというのが現在の定説である。気象学の発達しない昔の人々はどのようにか不思議に思ったであろう」(上記講談社、草間時彦)。仲秋、傍題:龍燈。
★ 似た現象・言葉に「鬼火」「蛍火」「人魂」「セントエルモの火」など。「鬼火」は主婦と生活社歳時記では「狐火」傍題扱いだが、他ではそうではない。しかし「鬼火」を季語らしく詠んだ句が多数ある(あるいは形式的には無季句というべきか。私の感覚では季節がわからない)。ネット等によれば「鬼火」は、日本各地に伝わる怪火(空中を浮遊する正体不明の火の玉)のこと。伝承上では人間や動物の死体から生じた霊、もしくは人間の怨念が火となって現れた姿、などと言われる。「狐火」は現象・伝承の性格が強く、「鬼火」はいわゆる「妖怪」「怨念」「精霊」のように感じられる。日本各地といわれる点および発光現象という点では共通する。歳時記上「不知火」は九州有明と八代海限定のように読める。しかし海上の妖しい火は海外では「セントエルモの火」などがある。これは海上ではなく帆船などのマストに現れるもののようだ。怪火の総称として「鬼火」がいわれ、広義では「狐火」もこれの範疇かも知れない。見た者の状態・地方地理・心理状態・季節などによって人魂としたり狐火としたり鬼火としたりするのかも知れないが実のところなんとも断定できない。ただ「人魂」というと幽霊を想起させ、夏の季語らしく感じられたりするが季語とは言い難い。★ 2「不知火」との大きな違いは季である。「鬼火」はおおく春から夏にかけて見られるらしく、雨の日によく見られるとか。上記講談社には「狐は冬季にもっとも活躍するため、冬の季語となったのであろう」ということから、どの季にも見られるが、そんな来歴から冬の季語になったのだとしたら季は違わない、ということになるのか。ただ以前の兼題「不知火」の火曜日・金曜日にあるとおり、「不知火」は海や水平線、かなり遠い視線を内包しているとはいえる。「狐火」は陸上である。
★ あ、最後に。「狐の嫁入り」は「狐火」傍題だが、「鬼火」を狐の嫁入りとも呼ぶことはしらなかった。「狐の嫁入り」は晴れているのに雨が降ることのみと思っていた。どちらが先かわからないが両方の意味を持つのだろう。「狐の嫁入り」wikiには、宝暦時代の越後国(現・新潟県)の地誌『越後名寄』には、怪火としての「狐の嫁入り」が以下のように書かれているらしい。すなわち「夜何時(いつ)何處(いづこ)共云う事なく折静かなる夜に、提灯或は炬の如くなる火凡(およそ)一里余も無間続きて遠方に見ゆる事有り。右何所にても稀に雖有、蒲原郡中には折節有之。これを児童輩狐の婚と云ひならはせり」云々。「狐の嫁入り」といえば黒澤明監督の「夢」(1990年日米合作オムニバス映画)第1エピソード「「日照り雨」がある。思い出しても恐ろしい。未見の方はぜひ。
★ やはり「狐火」の背後には狐がいて、祝言があり、また、どうしても生き物の生臭さを持っている。同時にやはり怪しい・妖しい・少し恐ろしい感じも持つ。不吉とまでは言わないけれど。なお「狐」(動物)は形式上も冬の動物季語である。詠み分けは難しいが、出てきた句を吟味するとき、このあたりが判断の分かれ目になりそうだ。最後に。地理分類の季語であること。これをどう捉えるか。これら怪火については、「不知火・人魂・狐火」神田左京、中公文庫、1992年(原著1931年)があるが締切までには読めなかった。水木しげる、柳田国男・小松和彦の著作など、角川ソフィア文庫「日本俗信辞典 動物編」など、興味は尽きないが時間がなかった・・(←いいわけ)。あ締切。それでわ。/すりいぴい
●先の季語深耕の「蛍火」はかなり性質が違いますね・・。失礼しました。/すりいぴい
○すりいぴいくん、いつもありがとう。一人でこれだけのことを毎回調べるのは、大変なことです。無理のないようにして下さいね。 4月の新年度から、俳句ポスト365はリニューアルします。投句数が多くなりすぎて、システムが対応できなくなっています。選句にかかる時間が膨大になっていて、さまざまなところに無理が生じています。
 長く続けるためには、無理が一番の毒。お互いに無理の無いやり方を工夫していきましょう。長いお付き合いしたいですから。

●「狐火」を見たことのある人はどれぐらいいるのでしょう?「雪女(冬の季語)」よりは見たという人がいそうな気はします。では「鎌鼬(冬の季語)」はどうでしょう? と、ちょっと謎めいた季語、実際にはたぶん無いだろうと思われる季語だと、虚構の世界に飛んでいけるので(今の私には)安心して作句に挑めそうです。そんな「狐火」は「不知火」と似て非なる季語だと思い、調べました。すると、この俳句ポスト365で過去に兼題(第83回 2014年9月11日週の兼題)になっているではないですか!大いに参考になりました。さらに、そこから「落し水」の回(第82回 2014年9月4日週の兼題)の「俳句道場」での、「見たことのないものを俳句にするって?」についての組長のお言葉もためになりました。「狐火」の本意としては、陸地(山、里、墓場etc)、光が1つまたは列、暗闇、生臭さ(狐からくるもの)、不可思議さ・怪しさ・恐ろしさといったところが主なところでしょうか。/高橋寅次
○過去の兼題で役立ちそうな内容、ありがちな質問を整理して、目次として保存していけば、役立てやすいかも!と思うのですが、なんせ時間ないし、手が足りない。残念です。

●季語六角成分図「狐火」より。(視覚)色→赤が主流だが黄色や青白、緑というところも。動き→一列に長く伸び、時には数kmという記録も。一個点いたら急に増えたり、急に全部消えたりする。場所→山道、野辺、川、森、墓地、城、神社、王子稲荷(王子の狐火は行事としては別季語)など。濃い闇夜。骨。(嗅覚)獣の生臭さ。死体の臭い。(聴覚)狐の鳴き声、行列のざわめき、太鼓などが考えられるが、基本的には無音か。(触覚)近づくと消えるので触れないとも。もし触れたらどんな温度だろうという発想の組長の名句がありますね。生温いのか、氷のように冷たいのか。(味覚)なし。(連想力)狐の神としての神聖さ(田の神、稲荷信仰など)と物の怪としての怪しさ(九尾の狐、化けた女など)。気味悪さ、畏怖、心細さ。妖怪、百鬼夜行。民俗、土着、地方名。 ★冬の夜に現れるという怪しい火。狐の吐く息とも、狐が嫁入りするときの松明とも、科学的には光の屈折とも(なんとつまらない解釈!)。人に対しての働きかけは、人を追いかける、道に迷わせる、高熱を出させる、逆に道案内をしてくれる、瑞兆となる、など色んなパターンがあります。 ★昔の冬の夜は明かりがない真の暗闇で、凍えるほど寒く、死に限りなく近い時間だったでしょう。その闇に浮かぶ不思議な火を狐が吐いていると考えた昔の方の心情は興味深いです。 ★そもそもの狐と日本人の関係を紐解くと大変複雑で面白いです。狐は元々、稲を守る益獣として素朴な信仰の対象であり、後に稲荷信仰と結びつくなど神聖視される一方、中国文化の影響で人を化かすずる賢いあやかしという見方もあり、異類婚姻譚や狐憑きの話も多く、善と悪のイメージが渾然一体となっています。昔の日本人は、自然を含むムラという共同体の中で、狐の複雑な性質もあるがままに受け入れ共生していたようです。そこで暮らしていた人にとって、狐に化かされた話や狐火の目撃談はまぎれもない真実だったのでしょう。今の日本人が失ってしまった精神性です。 ★2014年9月の兼題「不知火」の選評に狐火との比較考察があります。不知火が海の景色、潮の臭いを内包し青白い曇りを持っているのに対し、狐火は生き物としての気配、生温さや生臭さを感じるという主旨でした。であれば、「狐火」は上述のような狐と日本人との関わりを無視しては作れないのではないか。とても悩んでしまいました。/碧西里
○2月9日発売の「公募ガイド」3月号は、俳句の特集です。六角成分図の使い方についても解説されています。是非、手にとってみて下さい、ね、碧西里ちゃん♪

◆季語雑学部
●季語雑学部  狐火の名画といえば、安藤広重の「王子装束ゑの木大晦日の狐火」という版画があります。その絵では、大晦日の夜に関東中から集まった狐たちが大きな榎の下に集まって身支度をととのえ、王子稲荷神社に参詣するという内容。実際にその場所には昭和4年まで榎の木があったそうですが、現在は北本通りの拡張工事に伴い切り倒されてしまったそうです。現在の東京都北区王子1丁目と2丁目の間の交差点の中央付近にあったとされ、北東側の歯医者さん辺りから南西の城北信用金庫方面を見ている構図となるようです。榎のあった場所から王子稲荷神社までは西へ300mほどの距離ですが、現在はJRの線路で分断されており、この場所から王子稲荷神社は見えません。線路の下には北区稲荷前ガードという地下道があり、西側出口付近には7匹のキツネの絵が描かれてあります。ちなみに榎が切り倒された後は、交差点から北東に90mの位置に装束稲荷神社として榎の木を御神木にした神社が祀られており、大晦日からの年越しの際、王子 狐の行列というイベントも行われているようです。それと交差点から2km南東には狐灯という名の居酒屋さんも存在しています。/山香ばし
○多種多様な情報が寄せられています。非常に興味深い。さらに知りたいことが次々にでてきて、わくわくします。

●長野の奇談集「信濃怪奇傳説集」に狐火の話があった。雪のピタリと止んだ夜、ある村人が火葬場の傍で妙な音を聞いた。それは狐が人骨をガリガリと囓る音であった。次の瞬間、狐は人骨を咥えたまま雪原を真一文字に走り、その人骨は人魂が這うように真青に光った。山へ山へと登る其の怪火を、後に村人は人々へと語ったらしい。
 突然だが、人体におけるリンと言う物質はその80%強が歯と骨にリン酸カルシウムとして存在する。筋肉などの組織だとリン脂質として細胞膜を構成して16%程度が存在している。リンが発火、発光しているとすれば狐火は骨格由来の発火、発光現象であるのではないかと納得できる。しかもリンは水に溶けやすく、雨のあとや高湿度の場で発生し易いこともにも辻褄が合う。先の狐の話であれば、リンが唾液に溶けたのかもしれないなどと考えてしまう。土葬よりも火葬の方が雨に溶けるリンの量が多く、地に拡散したのではないかと仮定すれば、埋葬方々の異なる時代や土地において、狐火の発生率に有意差がでるかもしれない。しかし、リン説にも否定材料があり、結局のところ現在においても摩訶不思議な現象であることには変わりないようだ。/古瀬まさあき
○さすがは医学系、分かりやすい解説だなあ。一つだけ確認「土葬よりも火葬の方が雨に溶けるリンの量が多く」の部分は、正しい?

●狐火の正体が燐の燃焼の様子だという説があると知り、ささやかな興奮を覚えましたので、少し調べてみました。参考程度に高校化学の復習も含めました。 リン(元素記号: P)の単体は、赤リン・黄リン(厳密に言えば黄リンは不純物なので、正しくは白リン。ただ、高校の教科書は未だ黄リン)・黒リン・紫リンなどがあります。 黄リンは、淡黄色ろう状の固体です。発火点が低く反応性が高いため、自然発火します。そのため、水中で保存される物質です。その上黄リンは毒性が強いです。 赤リンは、我々が最も親しんでいるリンの単体で、マッチの原料に使われています。250℃以上で燃焼し、無毒です。 ちなみにですが、現在のマッチは赤リン製ですが、昔のマッチは黄リン製であったそうで、「トムとジェリー」でもトムがマッチを尻尾に擦って発火させる場面がありますが、あの現象は赤リンでは説明が付かないので、黄リン時代のマッチの話であると聞いたことがあります。 リンは、単体としてはあまり親しみのない物質ですが、実は化合物としては我々とは切っても切れない縁にある物質です。例えば、リンを含む重要分子として、DNAやRNA(即ち核酸)があり、生体内でエネルギー通過として利用されているATPもリン化合物です。また、骨と言いますと、皆様「カルシウム」というイメージがあると思いますが、カルシウムは骨にリン酸カルシウムとして貯蔵されています。 では、何故そのリンが、今回の兼題「狐火」にも関係しているのでしょうか。狐火は、解説にもありましたが、墓場・畦道で見られるものとあります。墓場にはお骨があります。そのお骨は先述の通りリン酸カルシウムが大部分ですから、その成分たるリンが燃えると、墓場に光が見えるというのです。 他にも、農業に使われる肥料としてリン酸カルシウムは多用されます。ですから墓地についての説明と同様に、畑周辺、畦道で目撃されてもおかしくはないと説明されます。 しかしながら、個人的にはこの説明には不十分な点が山ほどあります。リン酸カルシウム自然発火する必要がありますが、リン酸カルシウムは特別自然発火する物質ではありません(もしそんなことがあれば、骨や肥料が大変です)。 何とも怪しさ満点な季語「狐火」ですね。/磐田小
○なんと、化学の授業みたいで、これも面白い!

●夏井先生 正人さま スタッフの皆様いつも有難うございます  今回は(狐火)以前沖縄の世界文化遺産 (斎場御嶽)へ訪れた事があります  そこから見えた神の島(久高島)1960年代まで風葬の習慣があったとか  以前から島の洞窟は墓所となっており狐火も生まれていたかも!そんな想像をしました/水夢
○風葬というのは、考え漏らしてた……。

●ハロー、組長&ハイポニストの皆様! 狐火は、英語で言うところの「フォックスファイヤー」と呼ばれる現象だと思われますが、この現象は、朽木に生息するいくつかの菌糸類の生物発光によるもので、その蒼い光は、ルシフェリンと言う物質が、ルシフェラーゼと言う酵素によって酸化されて発する光です。菌糸類の他に、蛍、深海魚、海月、微生物などもこの原理で生物発光します。ちなみに、フォックスファイヤーは、「フェアリーファイヤー」(妖精の火)や「チンパンジーファイヤー」とも呼ばれるそうです。神秘的でとても美しい光です。。。/蒼求
○へえ~さすがは生物教師♪ 名前がもたらすイメージって、ほんと大きいよね。

◆俳句文法研究部
●俳句文法研究部。兼題「鮫」の天「竈へ火ハレの日の鮫切り分けて/いさな歌鈴」素晴らしい句でした。俳句文法として興味深いなと思ったのは「竈へ火」の「へ」です。これがもし「竈に火」だと、助詞「に」は場所・存在を示すので、竈に既に火がある、準備万端!といった感じになるんですね。「竈へ火」であることで、助詞「へ」は方向を示すので、これから竈に火を熾す、あるいはその最中といった感じになります。これが句の後半の「切り分けて」と響き合って、ハレの日の宴がいよいよこれから始まるのだと、そういう期待感を高める効果を持っているように思います。ただの文法ではなく「俳句文法」としての助詞「へ」の効果を引き出した、素晴らしい俳句であると、改めて感じ入った次第です。/いかちゃん
○この分析も非常に正しいですね。他者の作品から学ぶ、この姿勢が自分を肥やしていきます。

●(俳句文法研究部) 文法の解説書では省かれて書かれてないことが、辞書には載っています。そういうこともあるので、きちんと辞書で調べるのは大事。/ひでやん
○おっしゃるとおりです、ひでやん。私も常に、辞書を手にします。何度も何度も同じことを調べいるうちに、やっとその一つを覚える。それもまた楽し♪です。

◆こんなお便り届いてます!
●「鮫」の俳句道場にて「今回の類想ワード」の集計、どうもありがとうございました。自分でも、無意識に類想の句をたくさん詠んでいました。そこから、どうオリジナリティに持っていくかが大事なことなのですね。もっとがんばります!/渋谷晶
●「鮫」とても難しかったですが、結果にも泣かされた後、ツカビッチさんの「水族館の鮫は季語として成立するのか」を思い出し、一部引用失礼いたします、「もしかすると、季語の古来の本意を継いでいくことだけでなく、現代の本意を探すことも現代の俳人である我々の役目なのかもしれない。」という締めの言葉に少し希望を持つことが出来ました。/Karino
○季語は生き物。その本意は、時代と共に揺れ動いていきます。

◆なぜ、冬の季語?
● 何故狐火は冬の季語なのでしょうか? 火の玉も季語になるのですか?/ぱぷりかまめ
●狐火は年間を通じて見られるものだったのに、どうして冬になったのでしょうか。比較的多かったから冬になったという経緯ならば、私の中でUFOが春の季語になる日も近いです。/からあげあげた
●兼題が狐火とのことで、鬼火や燐火などの言葉も調べてはみたのですが、違いが分からなかったので教えていただきたいです。狐火だけ冬としての季語の力があるのでしょうか?/空都ゆきの
●狐火=人魂=夏だと思ったら、冬の季語なんですね。風情があっていいなあと思いつつ、風情もへったくれもない句を詠んでしまいました。精進が足りませぬ。/浅河祥子
●狐火は肝試しなど夏の行事のイメージですが、何故冬の季語なのでしょうか?/素々なゆた
○季語深耕&季語雑学部情報を参照して下さい。

◆「狐火」に苦しんだ人たち
●狐火は現代人には過酷な兼題だと思う、現代の生活の中で体験することが出来ないからです。兼題にはもっと身近なものをお願いします。/安平
●今回の兼題は昨年の「雪女」と同じく虚の季題だが、雪女ほど想像力が刺激されず、手こずりました。/虚実子
●いつも兼題を調べて勉強していますが、今回はちょっと苦しみました。 あれが狐火だったのかもとの記憶をたどり何とか一句作り拡げてゆきました。/びんごおもて
●狐火の妖しさからイメージを広げるのが難しくて、妖しい魅力の句が、なかなか詠めませんでした。/みやこわすれ
●少しオカルトがかりの兼題季語でした。想像吟行でしか詠めない。/句詩呼
●狐火は、現実のものとして考えるのか、空想のものとして考えるのか迷いました。結局、自分で見たことがないため、空想のものとして句を作りましたが、いかがなものでしょうか。/砂楽梨
●実感がないので、発想をひろげられませんでした /裾野51
●今回の兼題には参りました。見た事も聞いた事も無いとはこの事です。火の玉みたいな物と言われても想像でしかない訳です。そんな中何とか6句作りました。一度でいいから天、地に選ばれてみたいものです。 /中原柊ニ
● 狐火が季語であることにびっくりです。句友のあけみさんは実際に見たことがあるとか。羨ましい。  冬ざれの野にふわりと点る青白い火、是非見てみたいと思います。/中根由起子
●狐火が季語とは知らずに「野分」が兼題の際に使ってました。力不足の季重なり恥ずかしいです。/中村すじこ
●ちょうど角川「俳句」に冬の季語が特集されていて、たまたま「狐火」も取り上げられていた中で、「思い切り想像力を働かせて遊びたい」とあったので、そちらの方向へ舵を切ろうと思いました。が、「魂」「死」みたいなフレーズと即き過ぎてしまって、思いの外想像力が遊んでくれません。/る・こんと
●兼題『狐火』の感想:人玉は見たことがあるから、想像できるけど。狐火は見たことがないですよ。狐だから油揚げと提灯を持って行列で歩いているのかな。想像したこともないので難しいです。こーんと叫んで踊ってたりして?/藤川鴎叫
●組長、兼光様、正人様、スタッフの皆様、2020年最後の兼題「狐火」となりました。本年も有難うございました。兼題の度に毎回「難しいー!」と新たな壁に唸り続けていましたがなんとか投句し続けることが出来ました。一番辛いのは、その兼題についてよく知らないとか深く関わったことがないとかそういうことではなくて、その兼題に心がなかなか動いてくれない時です。そんな時は、何かに引っ掛かって心が僅かにでも動く瞬間を求めて、調べたり探したりイメージしてみたり出来る範囲で試みます。自分なりの何か発見があればあとはどう表していくかということに移行していく訳ですが、そこ迄の道のりがうんと長い兼題もあり・・・。「キツくてもツラくない!」筋肉体操のように「俳筋力は裏切らない!」と自分を励まして2021年も地道に頑張ります。/蜂里ななつ
○脳内吟行の精度をあげるのは、なかなかハードルが高いな……。

◆「狐火」を楽しんだ人たち
●実に的確な季語を兼題にいただき思うような句が詠めました。/銀 次郎
●実際に体験したことのない季語だと、自由に妄想できてしまうように思うのですが、 俳句としてどこに着地するんだろう、と悩みながら作句しました。 自分の生活や体験とどこかでリンクさせないといけないのでしょうか。 今回は全部、想像と妄想とファンタジーです。 いやもう、楽しくてならないのですが、独りよがりなのかなあと。 超初心者の抱いた疑問です。/ゆさんこんめ
●「狐火」と向き合ってみたら、今は亡き人達を思ってしまった。なぜかな。/丘るみこ

●狐火は見たことがないのでとても難しかったです。地理の季語と気づいてからは、知っている地名と取り合わせつつ妄想が膨らんでしまいました。秋田や山形では良いことがある前兆と言われているとのこと。怖いイメージしかなかったので新しい発見でした。/月見柑
●私、雪女や百物語より「狐火」という季語が好きです。哀愁がこもっているからだろうと思います。/砂山恵子
●狐火でどんどん広がるのですが、ここまでにします。見たよりも「心象」が多くなり、好きな季語です。 雪女より怖くなく「寂しさ。寂寥感」人の「どうしようもない悲しみ、死、運命」を感じるから/砂山恵子
○心象世界を遊べるようになると、虚構の季語の魅力がますます♪

●ぽぉっ…と。/こま
●青い?/こま
●怪しげな狐の臭い。 /トマト使いめりるりら
●狐火=燐火/干しのいも子
●狐火は人魂のことなのかな。/あかりまる
●狐火の傍題が鬼火だったり、狐火と鬼火は別ものとすることもあったり。あえて「鬼火」を使うほどではなかったので難しく考える必要はありませんでしたが、気になります。/イサク
●狐火のような空想的かつ馴染みが少ない季語の俳句は難しいですね。 そこが、伸び代なのでしょうが。/のもとみな
●狐火、見たことないです。 臭いとかあるのかなぁ。/朝月沙都子
●狐火を実際に見た方は、何人ぐらいいらしゃるのですかね..僕はあると信じてます。/正岡丹ん
●久しぶりに子供のころに初めて見た時は怖いもの見たさで、見ていた記憶から現在に至るまで走馬灯のよう人生を眺めています。/村上優貴
●2020年春から俳句ポストに投句し始めて、初・虚構の季語が兼題でした。見に行こうにも見に行ける代物ではないので、ひとまず俳句ポストの中から「雪女」「不知火」のページを探し当てました。作品や季語道場を読んでみたうえで、あらためて狐火の本意って、なんやろ……と。狐にまつわる迷信からは、人を騙す、人に憑く・祟るとかですね。「コックリさん=狐憑き」説もあったなぁ。それに狐の嫁入り。あとは、狐火って人を迷い込ませたりするような伝説があるそうなので、なんとなく「神隠し」に近い印象も受けました。/オサカナクッション
●狐火 の使い方が間違っているかもしれないかなと、思いながら作りました。 妖しい、良くないようなイメージのものだったでしょうか。/宝塚京
●狐火、言葉と意味がつながらなかったです。火の玉とは違うんでしょうね。地域の伝承とかによるのでしょうか。/山羊座の千賀子
●私の生家は六甲山系のある山の麓近くにあり、その山裾には墓場があります。残念ながら?私自身は人魂や狐火を見たことはありません。祖父が夕方の散歩で数回見かけたと言ってました。こんな見たことないもん、どうすんねん?と頭を抱えておりました。兼題「鮫」の天の句の講評の「情報収集に基づく脳内吟行」を読み、ちょっと励みになりました。お世話になったのは「山怪ー山人が語る不思議な話」(田中康弘)。実物を見たい、でも怖い…と複雑な気持ちでした。/アガニョーク
●王子の狐伝説や麒麟山の狐火、今回は関東の方に地の利があるかなと、火曜は静観しています。職場の築地出身の人に『王子の狐って知ってる?』と聞くと、「八王子に狐なんて出るの?」でしたが、農家さんが高齢化してるそうで「狐かア、出るかもしれねえなあ。」江戸弁ぽかったので、俳句にもらいました。/若生淡霧(わこたんのまま改め)
●お稲荷さんとか何々塚とか 集落から離れた所にありびっくりすること あります 昔は集落に隣接していたと聞きました 大都市は逆に街に飲み込まれいます 流石に今は夜も明るい街には狐火見た噂も聞きません 狐火はそんなに悪さするものでは無い 昭和初期に火葬場だったとこ公園になって居ます 令和は明るい街灯り想像が難しい/狩谷和寓
●新田次郎が子ども向けの科学えほんとして『きつね火』という作品を書いています。それによると、春先や秋の初め頃、池の周辺で起こるものとして、不知火と原理が同じだとしています。気象学の知識豊かな新田なりの解釈で、冬の季語としての狐火とは違うようでした。残念。/西川由野
●この世には理屈で説明できない事が沢山あります。私の親友も幼少期にここには書くことが出来ないほどの境遇の持ち主でした。その出来事のせいかは定かではありませんが、向かい合って話をしていても私の背後をチラチラ見たりするのは当たり前で、ある晩その親友から電話がかかってきて「玄関の前に血だらけの女の子が座っていて家に入れないから泊めてくれ」と言われたときはさすがに驚きました。私の父親もやはり何かを感じたり見えたりする人でしたので、足首に強い力で握られた手のアザが翌朝着いていたりと私自身が直接見えなくてもその存在は確かにあるものだと思っています。(生き霊は見たことがありますが(^^;))だからなおさらに、何かに感謝をしたり毎日を尊く慎ましく生きなければとそんなおもいがあります。そして、狐火も直接掴む事は出来ないものであっても確かに存在するものではないかと思っています。この世は不思議な事ばかりです。/藤田ゆきまち
●「狐火」について正体は今なお不明との記述がウィキペディアにありました。昨今のスマホの普及率やSNSの規模からいけば、もっとたくさんの狐火の目撃情報などが上がり、その正体も考察され、また現代の科学で解明され得てもちっとも不思議ではないのに、研究する方がいらっしゃらないのか、はたまた妖怪たちは日本から消え果ててしまったのか、いまだに謎のままとはおもしろいですね。もしくはその「わからない」部分こそを妖怪と呼ぶのだとすれば解明されてない今時点こそ存在してると言えるのかも。/鷹見雛雪
●鮫、鷹、二音は難しい、と思っていたら、四音の季語。今回の言い訳は「見たことのない季語は難しい」でお願いします。もしかしたら多くのハイポニストの皆さまの中に狐火を見たことがあると言う方がいらっしゃるかも。狐火を見たことがある、と言う方の投句やメッセージが楽しみです。/毒林檎
○「狐火」の目撃情報も届いてますよ。以下、どうぞ♪

◆季語との遭遇
●狐火、私子どものころ見たことあります。土葬の地域だったので目撃談は多かったのですが、実際に見たときには目が離せずまばたきもせず目で追ったのですが、突然ふっと消えたのです。その消えた場所が今でもその近くを通るたびに、あ、人魂消えた場所、と思っています。(あれが狐火という認識でいいのでしょうか?)/ツユマメ@いつき組広ブロ俳句部
●狐火。子どもの時に、友だちの家の前で見たと言う人がおりまして。証言によると、田んぼのほうからふらふらとやって来て、その人の頭上をぽおんと越えて行ったそうです。「蛍でしょう?」と否定するも「絶対違う!!!」と頑固に言い張ります。信じるか信じないかは…。/いしはまらんる
●子供の頃は大人の話として結構狐火や人魂を見たという事を聞きました。/花南天anne @TFP句会
●幼い頃に何度か見て怖い思い出があります。祖父母から正体を聞いて納得したものの、やはり怖いものは怖いと思ったものです。/忍冬
●父は二度見たことがあると言っていた。昭和の始めの頃のことだろうと思う。一度は田んぼの遠くで、一度は墓の近くで。子供の頃に聞いただけなので、大分忘れてしまい、あやふやだ。いつ見たのか、どんな色だったのか、もっとよく聞いておけばよかったと思う。人魂のようなもの思い込み、勝手に夏のものだと思っていたが、冬の季語だそうで、びっくりしている。しかし、ネットで狐火を調べると、春から秋、と書いてあるものもあり、色も青い、というもの、オレンジ、と書いてあるものもあった。 季語としての狐火は、冬の暗夜、山野に見える怪しい火。寒い夜の怪しい青白い火をイメージして句を考えた。/葱ポーポー
●夏井先生スタッフの皆様こんにちは。今回の兼題「狐火」は私自身は全くないのですが身内や友人に狐火・鬼火(人魂)を見た経験がある人達がいることに驚いています。 今回は子供だけでなく、主人も投稿することになりました。また、友人も参加する予定です。 俳句の輪がどんどん広がって嬉しいです。 最近俳句のことを考えるあまり夢でも作句していました。内容は忘れてしまいましたが。 今年は短い間でしたがお世話になりました。また来年も宜しくお願い致します。 /秀田狢
●トマトの通ってた大学は、校舎裏が墓場だった。グラウンドに行くには、そこを通ってくわけだけど、冬になると真っ暗になってることも。そんな中、誰かが歩きながら煙草吸ってると…いや、トマトの勘違いであの時のあれはもしかして…!?。 /トマト使いめりるりら
●人生で一度きり、約50年前10才のころだと思います。12月29日か30日(両親が正月準備のため不在だったので多分そうだろうと思います)の夜、風呂場の窓ガラス越しに何か光が見えて、なんだろうと窓を開けると隣の家の裏の細い路地を上下に揺れながら火の玉が近づいてきました。それは白く光り歩くより速いような速度で向かってきて近づくやひょいっと直角に曲がり山の方へ向かう路地にそって進み消えていきました。 まさかその体験がここで生きる?とは思いませんでした。と、言って良い句ができるものではありませんが・・・/楽花生
●兼題「狐火」に色々と考察し、実体験で幼い頃に人だまを縁側で見た記憶があります。 一説には燐が燃えて浮遊している現象とありますが、昔火葬せず、土葬していた頃、埋めた遺体からガスが出て、何かの原因(線香・ろうそくなど)で燃えて浮遊する現象との記述があります。 全国を見てみると「王子稲荷」、山形の出羽、秋田の「狐松明(きつねたいまつ)」、岡山県、備前地方、鳥取県ではうした怪火を「宙狐(ちゅうこ)」と呼び、一般的な狐火と違って比較的低空を浮遊するもので、岡山の邑久郡豊原村では、老いたキツネが宙狐と化すという。また同じく邑久郡・玉津村の竜宮島では、雨模様の夜に現れる提灯ほどの大きさの怪火を宙狐と呼び、ときには地面に落ちて周囲を明るく照らし、やがて跡形もなく消え去るという説もあります。いずれにしても現在なお正体不明の部分が多いみたいですね。~お漬物より~/お漬物
○「狐松明」「宙狐」という言葉にも惹かれますね。

◆季語「狐火」とは
●狐火、原因は未だ不明だそうですね。山中や田舎に見られるらしく、やはり土との関わりが濃いと思いました。神秘的というよりは不気味さが強く、従来のイメージ通り霊的なものや死と相性が良いと感じました。が、そのままだと類想・類句から抜け出せないということもわかりました。/夏 湖乃
●この季語の最大の疑問は、分類が〈地理〉であること。 火曜日の俳ポニストのご意見を拝見するのを楽しみにします。/東京堕天使
●狐火。多分誰もはっきり「見た」と言い切れないからこそ、存在感を如何に感じさせられるかが肝なのでしょうね。しかしながら類想類句が続出しそうで怖い季語でもあります。そして冬の季語ですが、身体的な寒さより心理的な寒さを感じさせる例句が多い気がします。どんな狐火が出てくるか、今回も金曜日が楽しみです!/霞山旅
●謎をたくさん含んだ季語で、苦しみつつ楽しみました。遠野物語に狐火の話が見当たらず、意外に思いました。/松山めゐ
●この季語も初めて知りました。 そして広重の素敵な版画もこの季語のおかげで知ることができました。ありがとうございます。/笑姫天臼
●狐火と聞くと、まずは怪談などに描かれるおどろおどろしい様が思い浮かびますが、狐火を考えるにあたっては、どうやら「狐」そのものについて考えないといけないようです。狐はそもそもは神様の眷属(使い)であり、人を化かしたり呪ったりといった負のイメージは、中世以降に広まったものだそうです(参考?『神様になった動物たち』大和書房)。一方、今でも全国には「稲荷神社」があり、狐はあちこちで守護神として祀られています。有名な「王子の狐火」を描いた、歌川広重の「王子装束ゑの木大晦日の狐火」には、妖怪画の趣きと同時に、どこか厳かで神々しいものを感じます。いい狐と悪い狐がいるというよりは、神様と妖怪両方の性質を併せ持つのが狐というものなのだと考えたくなります。ゆらゆらと揺れる狐火を見て、人はそれを恐れ、かつ畏れたのでしょう。/真井とうか
●「狐火」には、「不知火」や「鬼火」に比較して悲壮感が少なく、いじったり笑いに変えたりしやすい雰囲気があります。「陸上にある」という安心感と、「昔話の狐のイメージ」の刷り込みがあるからでしょうか。今でも日本のどこかではタヌキやイタチやムジナと張り合って、人間の化かしあいをしているのかなあ・・・と。/イサク
●冬の夜の正体不明の青白い光を狐のせいにした昔の人々。制御できない身近なものが怖いのは今も一緒かも…/うに子
●人間では到底及ぶことのできない、神々の戯れに思えました。恐ろしいものなのか幸運の兆しなのか、諸説あるみたいですが、例えば、能面の狐は、良い神の使いだというし、なんにしても、能のように、あの世とこの世を繋ぐ狭間に現れる、正に狐につままれるような、妖しい魅惑の現象なのだろうかと思います。/間仁田彩
●組長、こんにちは。 狐火に似ている季語として不知火があると思いますが、不知火は海、狐火は陸(特に農業や稲荷信仰)に関わる季語だとの違いで認識しています。 狐火について、狐は人を化かす、惑わす、狐火に当たれば高熱に侵されるなど祟りをもたらす神霊として伝承されているものもありますが、私は、狐火で翌年の田畑の吉凶を占う、また稲荷信仰と狐火という人々の暮らしに根差した親しみのある方の解釈を掘り下げたいなと思いました。 まず、狐火で翌年の田畑の吉凶を占うとはどういうことかを調べました。 狐火が多く見られると翌年は豊作で縁起がよい、狐火が少ないと凶作とされるそうです。 古来より狐は、農作物の天敵であるネズミを食べてくれる、農作物をネズミから守ってくれる存在として、人々に神の使いとして崇められてきました。 狐への民衆の信仰が宗教の形になったのが、いわゆる「お稲荷さん」稲荷神。 そのため、狐火が多い=狐が多い、狐が多いと農作物の天敵であるネズミが減る。だから、豊作になる。ということが理由の一端かなと解釈しました。 稲荷信仰に関して「王子の狐火」という行事のことは歳時記にも載っているので割愛します。 このように、狐火とは当時の人々の暮らしに関わる事象として捉えられており、狐火をお迎えできるかどうかというのは、重要なことだったのではないかなと勝手に推測しました。 狐火の例句を見ると、どこか怖い、不気味という句が多いように感じましたが、私は、狐火は縁起がよいものという捉え方の句を中心に挑戦したいと思います。 縁起がよい例句は「狐火のそのとき富士も空に顕つ 皆吉爽雨」が挙げられるでしょうか。 それから、狐火は狐が口から吐く火だとされていたり、狐が松明などを持っているとされていたり、この辺りをどう表現するか悩みどころです。 あと横道に逸れますが、お稲荷さんへのお供え物が豆腐の油揚げになった理由について。 当時の人々は狐の好物である「ネズミの油揚げ」をお供えしていました。 では、なぜ今は豆腐の油揚げになったのか。 理由は、日本に仏教が伝来したこと。 仏の教えではどんな生き物であろうと殺生は良くないと教えられます。 そのため、ネズミをお供え物のために殺生するのは良くないという思想から、豆腐を使った油揚げをお供えするようになったのだそうです。 長くなりましたが以上です。 ありがとうございました。/いさな歌鈴
●組長、すみません。 先に長々と書いた季語レポートですが、「王子の狐火」という冬の行事の別季語を、行事そのものとして捉えずに、狐火のひとつの側面として捉えられれば狐火として成立するのではないかと思い、あれこれやっていたのですが、どうもそれ自体が盛大に的外れな気がしてきて、今、変な汗が止まりません。 王子の狐火以外にも、狐火に案内されて相応しい土地を見つけたとか良い伝承があるみたいなのですが…。 どうなんでしょう…わからなくなってきました。 まさに人を惑わす狐火。 (私が惑わされているだけですが) 何とか他に考えて投句します。/いさな歌鈴
○こうやって、あれこれ迷うのも句作の楽しさですな、歌鈴ちゃん♪

◆「狐火」についてさまざまな情報も!
●新潟県で狐火と言えば、麒麟山のある津川地区でございます。 麒麟山には、古くから狐火(鬼火)と呼ばれる光が見られました。津川の狐火の出現率は世界一と言われていた。 狐火にまつわる話も沢山あります。 狐の嫁入り行列は有名な話です。嫁入り行列の提灯と狐火が平行して見えていたようです。 素人考えですが、狐火は夏というイメージです。 火の玉なら見たことあるんですが…/抹茶子
●「狐火」といえば「鬼平犯科帳」を思い出します。密偵おまさの想い人が、盗賊「狐火」一味の頭だったんですよね…。/渋谷晶
●狐火というと狐火まつりの花嫁行列を思い出すのですが、調べたら各地に狐の嫁入りを再現するまつりがあることを知りました。飛騨古川の狐火まつりは秋ですが、その狐メイクの花嫁から想像して冬の狐火の句を作りました。/藤井天晴
●狐火は妖怪譚の題材ではあるものの、人魂や不知火とは少し違ったニュアンスがあるように感じます。人魂ほど恐ろしくなく、不知火ほど自然現象でもない。「恐ろしいけれども少しユーモラス」といったところではないかと思います。 他の方からの考察もあるでしょうが、狐火は沖縄以外の日本各地に伝説として残っています。ということで、地元の図書館で市内の古老から聞き取り採取した伝承、民話の本を読んできました。 それによるとタヌキに化かされる話が街中に多いのに対し、狐が稲作との結びつきの強い動物ゆえか、狐火は郊外での目撃談が多い印象がありました。 また、「小雨のしとしと降る日に多い」、「昭和の中頃までは普通に見えた」、「点々と山へ続く(狐の行列)」という目撃談に加え、「追うと道に迷う」、「田畑や肥溜めに落とされる」「財布も服もなくなった」とどこか笑ってしまう程度の化かされ方という特徴がありそうでした。多くが行商等で街に出て売上を持った帰りに遭遇するため、都会で朝まで酒や博打その他悪い遊びに散財した言い訳として便利だったのかもしれません。(ごく一部に戦死した人が狐火になって帰ってきたという話もありました。) 季語としては地理の季語であることを踏まえつつ、不知火、雪女郎(天文)などとのニュアンスの差を意識して作ってみます。 /池之端モルト
●大晦日年越の時間に 王子で行われる“狐の嫁入り”を見に行きました 狐面の従者を引き連れた嫁入り道中の後ろには 狐顔であればOKの 一般参加者が続きます 手作りの面やフェイスペインティング ほっぺにひげを描いた幼児まで…  その時 6人のイギリス人観光客に会いました 全員 紙コップを下から数センチで切って輪ゴムを付けた鼻 (ブタでしょ!)を付けて 大盛り上がりでした 彼らは Fox Festival があると聞いてきたとかで どうやら 動物の仮装をするお祭りと思ったらしいです 間違ってはいませんが 実際に行列をみてどう思ったのかは ちょっと分かりません /定吉
●熊本の山間で育った私の少年時代には、キツネに化かされたという話がまことしやかに語られていました。その化かされた人が決まって食わされるのが、ホカホカ湯気を立てている新鮮な馬の糞の饅頭。中にはお土産に馬の糞をどっさりもらって戻ってきたという実在のお爺さんの話も。化かされて以来、そのお爺さんは馬をたくさん飼うようになったということで、実際、牛馬から耕耘機や軽トラックへと時代が変わっても馬を飼い続けておられました。多分、変わり者のそのお爺さんのことを面白おかしく脚色するためにキツネに化かされた話が作られたのでしょうが、時代など我関せずで好きな馬たちと暮らすお爺さんにちょっとした憧れを抱いていたのを、今回の兼題で思い出しました。/冬樹 立
●狐火といふ兼題で真っ先に思い浮かんだのは、説教節「しのだづま」の子別れの場面。異類婚姻譚と子を残して去らなければならなくなる母親の物語の背景には差別の問題があることを思い、子への断ち切れない思いや、不条理を強いる差別という闇の深さなどを句にできないかと考えました。/冬樹 立
●「狐火」といえば、歌川広重の「名所江戸百景 王子装束ゑの木大晦日」で王子稲荷神社が描かれていると句友から聞き、同じ区に住んでいるのもなにかのご縁だろうと一人吟行してきました。 大晦日になると関東一円の狐が榎のもとに集まり、装束を整え、王子稲荷神社へ初詣をしたという伝説があるとのこと。 外出自粛の影響もあるかと思いますが、王子稲荷神社は人が少なく、狛犬ならぬ狛狐様がいっぱい。マスクをしている狐様もいます。じっと見つめかえしてくるので、慌てて目を逸らしたり。なんだか静かにおやすみのところ足を踏み入れて申し訳ないような気持ちで、ぺこぺこお辞儀をしながら隅々までお参りしました。 昔はこのあたりは狐がたくさん住んでいたそうで、奥に狐穴をそのまま残している場所がありました。そこに願掛けの石という、願い事が叶うなら軽く感じ、叶い難いなら重く感じる石が祀ってありました。チャレンジした結果、ものすごく重くて、1ミリも持ち上がりませんでした(笑)そこには小さな狐がたくさん祀ってあるのですが、ケタケタと笑われた気がしました。後日訪れた句友は軽々だったそうなので、やや落ち込んでいます... 俳句ポストの結果が出たら、お礼参りに行きたいと思っています。また石も持ち上げてみます(懲りない)。/藤色葉菜
●兼題「狐火」、歌川広重の浮世絵に「王子装束ゑの木大晦日の狐火」があることを知り、先日王子に吟行にでかけました。まちなかが狐にあふれていてびっくり。王子稲荷と反対側の飛鳥山には、渋沢栄一の資料館があり(王子製紙といえば渋沢栄一でした)、虚と実が同居している感じが面白く感じました。/南方日午
●アガサ・クリスティーの作品中に、死者の周りに浮かぶ緑の火が目撃されるというのがあったと思うのですが、題名忘れました。庭に撒かれた肥料に含まれるリンだったかと。 狐火って、こういうリンが自然発火したものなのかなと。実在のような、幻想のような、不思議な季語ですね。/播磨陽子
●「狐の提灯行列」とか「狐の嫁入り」とか、狐は昔から人の周りにいて、人とは関係深い動物のような気がします。 ところが、私の廻りからも狐も、狸も、年に2回以上は、見ることができなくなりました。 狐を自然で見ることができる国民は、本当に少なくなっただろうと思います。 しかし、季語では「狐」も、生き続けるのでしょうね。 このように、季語の世界だけで生き続ける動植物・行事等々、結構あるのでしょうね。 /風間昭彦
●狐に関する季語は、夏(狐の提灯)と冬(狐火、狐罠)があります。 このように二つ以上の季節に出てくる季語は他にもあるのでしょうね。 どういう場合に、二つ以上の季節に関連するのでしょうか? /風間昭彦
●この兼題に際し、「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」という本を読みました(大変興味深い本で、おすすめです!)。ざっくりと要約すると、昔の日本人は、自然を「シゼン」ではなく「ジネン」=おのずからのものととらえ、普段の生活で我欲を持つことを穢れと考え、死ねばその穢れを清めジネンに還ると考えていた。また、自然を含む全てのものを自分の村の中に作りなおす技として、身体性を継承していった。そのような生命性と身体性の歴史の中で生きており、その中では狐に化かされることも当たり前にとらえていた... 現代の私たちは、この生命性と身体性をあらかた失ってしまっています(その理由は、本の中で様々に考察されています)。過剰な知性と合理性に支配された現代では、狐火とは不合理で認識されえないものなのです。そんな感覚でいくら想像力を働かせても全て嘘臭く感じてしまい、狐火はいつも以上に深く悩み立ち止まっています。単なるホラー句ではだめな気がします。どうしよう・・・結果発表週にヒントがあるといいなぁ。/碧西里
○お勧めの本「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」手に入れてみます。情報ありがとう。

◆推敲って楽しい♪
●今回の句作では、助詞を「や」にするか「に」にするかで3日近く悩んでおりました。「推敲」とは、唐の賈島という詩人が、「僧が門を『推す』とするがいいか『敲く』とするがいいか」でうんうん悩んだという故事に由来するそうですが、当然俳人の皆さんも、誰もが同じ体験をしてこられたでしょう。詩作を通して千年以上前時代を生きた詩人と同じ体験をし、数多の創作者の人々と繋がれるというのは、全くもって不思議、かつ素敵なことだなぁと思います。皆様言わずもがなでしょうがあえて叫びます。推敲、楽しい!めっちゃわかるわー賈島さん!(笑)/真井とうか
○ほんと推敲って楽しいよね。さらに、自分の句を十句とか三十句とかに構成していく作業も好き♪

●兼題季語で俳句を考える時、ランダムに考えるのではなく風景、風情、世の中の話題、人について、思い出など焦点を絞った方が良いのでしょうか。/午勢至(ごせいし)
●次の兼題『春の夕焼(はるのゆうや)』は字数が6になる。『春夕焼(はるゆうや)』として字数5として作っては駄目だろうか?意味は同じになるが。/藤川鴎叫
○「春夕焼」は、「はるゆやけ」とも読みます。これで5音です。
 本サイトでは、兼題季語について共に挑戦することや、季語についての情報交換を第一義としてやっております。俳句一般の質問について、お答えしていく余力が、今、私たちにはありません。
 さまざまな種類の質問は、是非、YouTube『夏井いつき俳句チャンネル』のコメント欄に書き込んでいただければと思います。すでにお答えしている質問もありますし、これからのお答えリストに加えることができるかと思います。以上、よろしくご協力下さい。

●こんにちは、初めて投稿させていただきます。質問です。良い俳句・悪い俳句とはどのような基準で付けられるのでしょうか。学校の俳句の授業にて兼題季語の句会を毎週行っています。学生の選句では私の俳句もある程度特選に選んでもらうことはありますが、俳人である講師からはなかなか良い評価をもらえません。講師の選評ではどうやら私の俳句が思い浮かびにくいようです。私の技術がまだまだ未熟なこともありますが、講師が良いものとして選ぶ俳句はどれも恋人や仲睦まじさを連想させるものばかりで、結局のところ好みなのかなと感じています。途方に暮れている私に何か助言をください。/橋野炭
●選句方法について御質問です。 教えてください、知り合いの間で問題になっています。選句についての疑問です。 私の推測ですが、先ずは行間開け、季語重なり、季語無視は初心者の話の種として火曜日に掲示、次に投稿者毎に投句の中よりベストを1句選考するが、とんでもない俳句の投稿は面白いものは月曜日、非常識やとんでも無いものは落選とし、それ以外は投稿者のベストを1句選んで並選合格、そこから天、地、人、を抽出、優秀者?(大人の事情分?)はニ句選択とすれば簡単簡単屁のカッパ、完全落選は少しで済みます。どうでしょうか? どなたかが掲示されている、365統計なるものを計算すると一目瞭然、別に悪いとは言いませんが、並選合格は最低合格の参加賞であると公に認めて頂きたい。並選合格で才能があると喜ぶ輩がなんと多い事か。 過去10題の統計を見ると(唐辛子)以外は参加者数よりも合格者数が多いです。これはニ句の合格者が複数人居るからだと思います。 いかがでしょうか?私は決して問題を大きくしてどうこうとかは考えておりません。知りえた情報の範囲内で推測できることを確認したいだけです。よろしくお願い致します。/選句は明確に
○俳句の学びは、「信」を根底にして成立します。「自分が信じる選者=師」に句を投じ、そこから何を吸収するか。それが学びです。
 「結局のところ好みなのか」とか「大人の事情」があると疑うところに「信」はありません。是非、「この人から学びたいと確信できる俳人」を探して、その先生から真摯に学んで下さい。せっかく俳句と出会われたのですから、よりよき学びを手に入れられることを心から願っています。

 

●新しい投句・投稿システムについてのお願い
 投句・投稿フォームが新しくなっています。投句数の増加に伴って、仕分け作業に多くの時間を要します。以下の事項を守って投句投稿して下さると、組長の負担が大きく減ります。ご協力よろしくお願いします。

①俳句の欄には俳句のみ記入して下さい。一つの欄に一句を厳守。

②「俳句に対するコメント」の欄は記入する必要はありません。(特に気になることがあれば記入していただいても結構です。)

③「ギャ句」「聞き倣し季語」は俳句欄に記入して下さい。ギャ句の原句は「俳句に対するコメント」の欄に必ず記入して下さい。

④「兼題季語についての質問・考察・情報(火曜日「俳句道場」)」は、火曜日「俳句道場」への投稿です。

⑤「『俳句ポスト365』への感想・質問・要望・俳号の変更・各地の吟行情報など」「組長&ハイポニストたちへのお便り・近況報告など」はそれぞれ水曜日への投稿です。内容に合った欄に書き込んで下さい。

 

※『俳句ポスト365』の文字が小さすぎる?
 この問題に関しては「それぞれのパソコンの個性によって見え方が違ってくるので、統一して同じ大きさにするのが難しい」のだそうです。次の方法でひとまず対処して下さい。
 「CTRL(コントロール)」のキーを押さえておいて「+(プラス)」のキーを押すと、自動的に文字が拡大されます。同じ方法で「-(マイナス)」のキーを押すと小さくなります。一度この方法を試してみて下さい。

夏井先生

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