- 蟇家族は母のモノでした
- おんちゃん。
- なんと切ない句でしょう。「母」は精一杯みなのことを考え、ふるまっていたのでしょうが、専制的かつ感情的な母親に振り回される「家族」の憤りと諦めと切なさが静かに噴き出してくるような作品です。一見、疣のある醜い「蟇」に「母」という存在を重ねているだけにも読めますが、実は切なく美しい声で鳴くのが「蟇」という生き物。母親には母親なりの信念と偏愛があるからこそ一筋縄ではいかないのです。「家族は母のモノでした」呟きのような詩語が示唆する悲しみの質量が読者の胸にひたひたと押し寄せます。俳句という文芸が持つ眩暈のするような奥行を突きつけられた心持がします。「蟇」は動かし難く、季語としての存在感を放っています。
- 蟇鳴くや蟇と気づかれないやうに
- あみま
- 「蟇」の鳴き声を勘違いしている俳人は意外と多いのです。低い声でブォーブォー鳴いているのは牛蛙。「蟇」は、か細く美しい声で鳴きます。初めて「蟇」の声を「蟇」だと認識して以来、水原秋桜子の「蟇ないて唐招提寺春いづこ」が名句であることを、強く実感した次第です。醜い疣を持った「蟇」は「蟇と気づかれないやうに」あの美しい句で鳴いているのだという発想。まさに「蟇」ならではの一句です。
- 蟇鳴けば空うらがえるうらがえる
- あるきしちはる
- 「蟇」の鳴き声をこんなふうに聞きとめる人もいます。透き通った高音の美しい声が響いてくると「空」は「うらがえる」かのようだというのです。「うらがえるうらがえる」のリフレインの音そのものも美しく感じられます。
- 蟇さして遠くもなき故郷
- る・こんと
- 「蟇」を眺めているのか、鳴き声を聞いているのか。「故郷」を思うこともあるけど、帰ろうと思うこともなく。「さして遠くもなき故郷」という措辞は、作者の心理的な距離感をうまく表現しています。「蟇」の声に乾いた望郷の念が重なります。
- 女湯に女居るらし蟇
- あいだほ
- 男湯にポツネンと一人で入っているのでしょう。壁を隔てているとはいえ、「女湯」の桶の音や湯を流す音が聞こえてくるのです。勿論、露天風呂を思ってもよいですね。「女湯に女居るらし」は呟きであり、状況を的確に語る措辞でもあり。「蟇」の声もほのほのと聞こえてきます。
- 「犬捨てるべからず」の沼蟇交む
- あまぶー
- 「犬捨てるべからず」という看板が立っている「沼」です。こんなところに仔犬を捨てるのでしょうか。ひょっとして死んだ犬を捨てにくる「沼」かもしないと思うと、「沼」の色や臭いまで変わってきます。そんな「沼」で交尾している「蟇」が二匹。生死の不条理を見せつけられているような気もしてきました。
- 田の水は濁りて清し蟇
- 中岡秀次
- 「田の水」を張っている頃の光景を思います。田植えの準備として耕運機が耕す「田」。そこに水が張られると、一旦は濁った田となりますが、やがて少しずつ澄んできます。「田の水は濁りて清し」は、一時期の状況を述べつつ、「田」というモノの本質も語る措辞。そんな光景の中で「蟇」も己の居場所を見つけ、生きているのです。
- 疣のうちに線量ぎしり蟇蛙
- なみはやらんる
- 「疣」の中には「線量」が「ぎしり」と詰まっているのだというのです。原発事故の影響下にあった「蟇蛙」の体内を、こんなふうに想像していることに驚きます。「蟇蛙」たちの生きて在る切なさが「ぎしり」というオノマトペに詰まっているかのようです。
- 蟇鳴いて月がさびさび欠けてゆく
- にゃん
- 「月」にはウサギではなく「蟇」がいるのだと見る民族もあるようです。「蟇」の、あの悲しい子犬のような声は、まさに「月」を「さびさび」と欠けさせていくかのよう。この句のオノマトペにも真実と詩があります。
- バーボンの滓のかく濃し蟇
- としなり
- 「バーボン」を熟成させる樽の中に残る「滓」。それを私は実際に見たことはないのですが、「かく濃し」という措辞に説得力があります。その「澱」はまるで「蟇」の皮膚のような色をしていて、その味は「蟇」の声のように香しいのでしょう。
- 蟇湿りてほのか火の匂ふ
- ヒカリゴケ
- 「蟇」が湿っているのは当たり前なのですが、「ほのか」に「火」が「匂ふ」かのようだという感覚に、不思議な共感を覚えます。勿論、この「火の匂ふ」は、「蟇」とは関係なくどこかで火を燃やしている匂いがしていると解釈してもよいのですか、「蟇」という生き物の属性に「火」というものがあるような気がしてならないのです。
- 引き算も苦手蟇も苦手
- いつき組リスナー班・旧重信のタイガース
- 「引き算」の「ひき」、「蟇」の「ひき」の音を楽しむ一句。どっちも「苦手」なのと、はにかむ子どもでしょうか。親の呟きでしょうか。自身の子ども時代を思い返していると読んでもいいですね。こんな子いるよね!という共感の一句。
- 猫の墓から蟇のまさか
- 花屋
- 実際にありそうなことだから、しょうかないというか、怖ろしいというか。「墓」「蟇」を重ねた句も幾つかありましたか、字面の面白さだけに終わってないのがこの作品。最後の「まさか」という終わり方が実に巧みです。破調も、句の内容に似合っています。
- みづいろはかなしきいろよひきがへる
- ほろろ。
- なぜ「ひきがへる」は「みづいろ」ではないのでしょう。この「ひきがへる」は美しい水色に生まれたかったのかもしれません。神様が、せめてと、彼らの声をあんな美しいものにしてくれたのかもしれません。切ない絵本のような作品です。