お便りを紹介します。
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●もう一度「個性」について……「個性」とは簡単に言えば、良くも悪くもその人の持つ「癖」だと私は思います。俳句で言うなら、句として万人共通の「文法・規則」の下で作っている限り、発想、表現、言葉の選択、言い回しなどは全てその人の持つ「癖」です。ここでは敢えて名前を挙げませんが、ここ一、二年、木、金によく名前の出て来る何人かの人達の俳句を、私は検索で表示して眺めてみました。するとやはりその人独自の発想の仕方、表現の仕方、言葉の選び方、言い回しのユニークさなどが見えました。人によって多少似通ったところもあることはありますが、やはりその人毎に違う感性が感じられました。その昔も芭蕉の句と一茶の句は明らかに個性が違います。それは感性=個性=癖そのものであり、何も現代だから、ということではないのです。そこには、もちろん作者の工夫とか意図もあるのでしょうが、俳句に限らず人間がやることには全て、その人の「癖」というものが現われます。それはその人の生き様、価値観そのものなのでしょう。他人から見ればそれには好き嫌いがあり、好評もあれば不評も当然ありましょうが、人間に付いた「癖」はそう簡単に変化したりはしないのです。逆にその人の癖を他人が真似したり、盗んだりしようとしても、所詮自分のものになり切らないのが「癖」でもあります。本人がそれを強く自覚しているかどうかは別として、世の人々はその人の持つ「癖」に惹かれ、それを愛するのが「芸術」と云われるもの全てに当てはまる本質なのでしょう。だから私も俳句の規則に従いながら、自分の「癖」を貫いて俳句を作るだけだと思います。それに共感し好んでくれる人がいるなら嬉しいことでありますが、他人の好評を得るために、誰かの真似をするとか、時流に合わせて自分を無理に変えるというのは違うと、あらためて思いました。但し「癖」というものは、自分の生活や習慣が変われば、また自ずから変わりゆくものでもあるのです。/佐藤烏有
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※お便りありがとうございます♪ 皆で楽しく読ませていただいています。
写真タイトル:道後温泉本館 玄関
写真参照元:https://dogo.jp/download








