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俳句が「トゥルー」なのか「ファクト」なのかは

2026.04.23お便り

お便りを紹介します。
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●AIと俳句について……先日の、夏至流さんのAIに関するお便り、ご意見には私もほぼ同感です。私もAIが及ぼす俳句への影響について色々考えます。生成AIを語る時、よく「ファクト」(本物)か「フェイク」(嘘)かを、論じますが、AIの作ったものだからみなフェイクだということではありません。しかし俳句という作品を見たとき、分かりにくいのは「トゥルー」か「ファクト」かの違いで、トゥルーは「主観的事実」であり、ファクトは「客観的事実」で、どちらも「リアル=真実・現実」に違いはないのです。俳句に多くの人が求めるのは、実体験に基づく「リアリティ=人の実感」なのです。それはまさに「トゥルー」を根拠としています。一方「ファクト」に基づく俳句もあります。それは他人の経験、または知識や想像などによって触発されて作る俳句です。俳句がトゥルーなのかファクトなのかは、作者の人生や生活などを知らない限り、俳句を見ただけでは簡単には分かりませんが、それでも読者はそのどちらなのかを自らの判断で決めています。その根拠はやはり理屈よりも「リアリティという人間らしい感性の差」なのでしょう。AIは今のところ「頭脳」だけですから「トゥルー」を自身では持てません。今のAIは人間から与えられる「ファクト」に基づく俳句しか作れないのです。従って俳句に関する限り、AIは「作者」ではなく、「批評家、評論家」など俳句を読む立場としてある程度は有効です。しかし、たとえファクトに基づく俳句でも、人間に「素晴らしい」と云わせるリアリティある俳句は、人にもAIにも出来ますから、作者がAIだと判明したなら、素直にAIを褒めてやるべきでしょう。AIが作ったものかどうかなどの判定を、今は人間が懸命にやっていますが、その内AIがそれをやることにもなるでしょう。俳句を作る側よりも、俳句を鑑賞し、批評や評論を加える立場にある人達にとっては、中々難しい時代に入ったと言えるのではないでしょうか。/佐藤烏有
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※お便りありがとうございます♪ 皆で楽しく読ませていただいています。
写真タイトル:子規堂

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