兼題「山眠る」に関する季語の考察をお寄せいただきました。
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●季語六角成分図「山眠る」より。(視覚)雪をかぶった白く輝く山、草木が枯れて蕭条とした山。具体的な山名を充てることも。晴れているor雪雲で曇っている空(雪が舞っていたとしても、吹雪いてはいない)。雪、枯草、枯木、凍った川・湖・滝、寒禽、鶴、雁など。(嗅覚)ほぼなし。(聴覚)静寂(胸が痛くなるほどのしじま)。雪の落ちる音、寒鴉、凩。(触覚)冷気、乾き、さらさらの雪。(味覚)なし。(連想力)眠り=死、活動量の低下、ゆりかご、休息を取りまた動き出す。何かを抱き、埋め、隠している。冬眠(熊、リス、ヤマネ…)、猟など人の営み、金属。★冬の山の静まり返ったさま。視覚、聴覚、連想力の順に強い。郭煕の画論「冬山惨淡として眠るが如し」に由来するとされる。他の季節にも「山笑ふ(春)」「山滴る(夏)」「山装う(秋)」の表現がある。★作句の最大のポイントは一句の中で擬人化をどう位置付けるか、という点か。「冬の山」との違いを考えてみると以下のような印象の違いを感じます。「冬の山」:名詞=即物的、孤高の自然、厳しく動かざるもの。「山眠る」:動詞=観念的、人の営みに寄り添う、穏やかに息づいているもの。★実は俳句ポスト2015年11月12日の週の既出の兼題である。天選「山眠る熊胆闇色に干され 牛後」や地選「蜂蜜に沈む知恵の輪山眠る 岩魚」などの佳句があり、これらに挑めというのか…組長は鬼や…(白目)となった(見なきゃ良かった)。★山がどこで、どう眠っているか、その眠りは深いか浅いか、など一物仕立てもしくはそれに近い句は、やりつくされている感がある。「眠る山薄目して蛾を生みつげり 堀口星眠」や「ひとかどの女の如し山眠る 守屋明俊」などが面白い。あえて一物仕立てに挑戦するのも、これぞという取り合わせを探すのもいい。発表週がとても楽しみな兼題です!/碧西里
●今回の兼題「山眠る」が発表され、歳時記を見ると「冬の山の静まりかえったさま」(角川ソフィア文庫「俳句歳時記 第五版 冬」)とありました。その後に、「冬山惨淡として眠るが如し」とあり、「おや?」となりました。「惨淡とは音としては『さんたん』だろうか。惨憺とは違うのだろうか。」手持ちの国語辞典に掲載されている「さんたん」には「惨淡」は掲載されてなく、一文字目の合致する「惨憺」について、「いたましく悲しいさま」とまずはあり、意味の3番目には「暗くてものすごいさま」。ここまでで、大学受験から学生時代についての記憶が蘇りました。「この言葉は漢和辞典と仲良くなれという奴だな」。学生時代愛用していた「漢語林」(大修館書店)だけは実家から持って出ていたので、久々に紐解いて「惨」の字を調べると、やはりありました「惨淡」。「漢語林」にある「惨淡」の意味の一番目は「うす暗い」二番目に「ものさびしい」。いわゆる「惨憺」は四番目でした。再び歳時記に戻り、「冬山惨淡而如睡」の出典が「林泉高致」からとあるので、webで調べると、「林泉高致集」の山水訓にこの文があるとのこと。我が家の近所の書店や図書館に「林泉高致集」は無く、代わりに大漢和辞典(大修館書店)の春山に文が掲載されていると知り、図書館に行って該当項目を探しました。学生の頃以来の大漢和辞典です。林泉高致集、11世紀の中国の山水画家、郭煕(かくき)の画論を息子の郭思(かくし)がまとめたものとのこと。大漢和辞典は「春山」の項目に、「(1)眞山水之煙[烟]嵐、四時不同、(2)春山澹冶而如笑(3)夏山蒼翠而欲[如]滴(4)秋山明淨而如粧[妝](5)冬山慘淡而如睡」とあります。なお、( )付きの数字は私が便宜的につけたもの、また、[ ]内の漢字はwebで見つけた山水訓での表記(※)です。さて、学生時代を思い出して一文字ずつ格闘です。(1)本当の山河の風景にある山霞は、四季を通して同じではない。・「煙」も「烟」も同じ意味なので、読みに影響はない(2)春の山のものはゆっくりと揺れ動き、静かであり、とけ、笑うようである(山笑う)。・「澹冶」の部分について「淡冶」としている資料もあるようであるが、この場合だと、「あっさりとなまめかしい」(大漢和辞典)となる。(3)夏の山のものは青緑、草のように青く、青黄色く、滴ろうとしている(山滴る)。 ・「如滴」としている場合もあるらしい。これだと、「滴るようである」という意味となる。(4)秋の山のものはけがれなく清く、白粉で化粧し、よそおっているようである(山粧う)。・「粧」が「妝」となっている場合もあるが、「粧」は「妝」の俗字体。ただし、より白粉で化粧をしているという意味が強く感じ取られる。(5)冬の山のものはうす暗く、ねむって(睡=座ったまま眠る、居眠りして)いるようである(山眠る)以下、ここまでやっての感想や考察です。・四季に応じた山の様子を「笑う」「滴る」「粧う」「眠る」としているので、山の擬人化季語として、まとめて季語を覚えてしまった方が良いかもしれない。・本来は山の様子ではなく、山霞についてのことを指した文章である。しかし、俳句では山の様子を指す。蓑虫が本当は鳴かないけど鳴くこととなっているのと同じ感触を受けた。・文の構造として、(1)において「四時不同」と記された後に四季それぞれの文(2)~(5)が続く。このことから、それぞれの季節の様子になる時間の変遷も感じ取られる(例えば、山眠るは、「山粧う」の時間経過後であったり、「山笑う」の兆しとしても存在する)。・「澹冶(あるいは淡冶)」、「蒼翠」、「明淨」、そして「惨淡」。これらの言葉が山の様子を表し、そのうえで擬人化季語が存在する。だから、例えば「山眠る何か昼からうす暗い」と書くと、「元から山眠るに、うす暗いという要素が入っている、季語の説明をしているだけ」となる。・もともとが山河の風景、山霞を捉えている文であり、山水画の画論から来ているという点に着眼すると、山に分け入って感じる季語というよりは、麓から山全体を見ている、俯瞰的な視座の季語ではないか。投句にあたっては、自分なりに調べ、感じ、考えた「山眠る」の句を作り、推敲し、投句することとしました。二句に絞りました。元々、「惨淡」に疑問を持って調べ出して意外なほどに労力を費やすこととなった季語でした。自分以外が読んでも良い句だと思っていただけたら、と願う限りです。※webで見つけた「山水訓」については、リンクフリーのサイト「小さな資料室」(http://sybrma.sakura.ne.jp/)内の「資料318 『林泉高致集』山水訓」(http://sybrma.sakura.ne.jp/318rinsenkouchi.sansuikun.html)を参照した。/千代 之人
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※たくさんのお便りありがとうございます♪ 皆で楽しく読ませていただいています。
写真タイトル 道後温泉別館 飛鳥乃湯泉_浴室(男)
写真参照元 https://dogo.jp/download