トポル
桜井教人
夏井いつき選
作者は、「蒙古(もうこ)」をモンゴル地方、「烏拉(ウラル)」をアジアとヨーロッパの境のウラル山脈あたりとして詠んだとのこと。一句の場面そのものは「蓑虫」が一つぶら下がっているだけなのですが、この風はモンゴルやウラルから吹いてきているに違いないというのが、まさに鳥の目の発想。これも秀作への道の一つです。
「蓑虫」と「風」こそ最もベタになりがちな素材ですし、実際に凡人の沼に沈んだ句は山ほどありましたが、ベタな取り合わせを共感の土台として据えて、その上にオリジナリティをのせる。セオリー通りのやり方を、見事に完成させました。
「蓑虫へ風」でワンカット、そこから視点が一気に上空へ上がっていき、日本列島を見下ろし、さらに大陸が映り込んでくる画面を見せられている感覚です。「へ」「~より~より」の助詞の使い方も的確。「蒙古」「烏拉」という字面の効果も絶大です。
いさな歌鈴
夏井いつき選
兼題「蓑虫」について、色々調べてみるところから、句作はスタートします。季語をイメージだけで捉えてしまうと、発想は凡人の沼にハマってしまう。俳句は、観察、取材、情報収集などによって、真実味と独自性を手に入れることができるのです。
作者もかなり調べてくれたようです。「蓑虫はずっと1ヵ所で揺れているものだと思っていましたが、今回調べると大食漢で葉を求めて這い回ることを知りました。畑の害虫とされるだけのことはあります。」
俳句にこれだけの動詞を入れることは勇気が必要ですが、自分が調べた事実が、確信となっているのです。蓑虫の生きる様は、まさにこんな動詞の積み重ねなのだなと、納得させられます。同時投句「糞落とし蓑虫蓑の先を閉づ」も調べた内容から、映像を再生した佳句。蓑虫の動画を見せてもらっているような二句です。
次回の兼題も
皆さまふるって投句してください。
お待ちしています!
選者コメント
夏井いつき選
蓑虫がくっついていたままの枝を、焚き付けとして放り込んだのです。竈でしょうか、ドラム缶でしょうか、焚火でしょうか。蓑虫の殻に火が及んだ瞬間、「ぢりと」臭ったように感じたのです。それは、乾いた枯葉のような蓑虫の蓑の中に、生身のものがいることを、作者が知っているからこその虚の臭い。
さらに、蓑虫について知識があれば、雄は成虫になると蓑を出ていくが、雌は一生を蓑の中で過ごすことを思い出します。今、火に放り込んだ蓑虫の蓑の中に雌が生きていたかもしれない、と思う。「ぢり」は、火に焼ける音のようであり、虚の嗅覚の真実味でもある。作者の、詩的嗅覚の鮮度によって切り取られた佳句です。