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中級者以上結果発表

2025年9月20日週の兼題

【曜日ごとに結果を公開中】

秀作

  • 柿の村社の先も柿の村

    円路

    選者コメント

    夏井いつき

     見渡す限りに柿が実っている村。まさに、日本の実りの秋の光景の一つです。村外れの「社」を過ぎると、その先にも「柿の村」が見えてきます。シンプルな言葉でもって、映像をしっかりと描写する。まさに、これが俳句という文芸なのです。
  • 瓦礫から土蔵のにほひ柿赤し

    山田不律

    選者コメント

    夏井いつき

     そこにあるのは瓦礫と柿の木だけです。積み重なった瓦礫から、土臭い匂いがします。それが「土蔵」の土壁の匂いであることに気付くのです。かつて、この柿の木は土蔵の傍らにあったのかもしれません。「柿赤し」の下五に、不条理な悲しみが噴き出します。
  • 柿たわわ大穴牟遅神の子だくさん

    常磐はぜ

    選者コメント

    夏井いつき

    「大穴牟遅神」は「おおあなむち」と読みます。大国主神(おおくにしのみこと)の別名でもあり、『古事記』によると百八十人の子供がいたそうです。この文字面の神の名と「柿たわわ」の取り合わせが愉快なのはいうまでもありませんが、声に出してみるとこの句の魅力が増しますよ。
  • 凡人や夕日と柿が似合うらし

    葉月庵郁斗

    選者コメント

    夏井いつき

     いきなり「凡人や」と詠嘆するものだから、一体何事かと思えば、「夕日と柿」の取り合わせばかりを考えている自分に気付いての、皮肉の一句でしょうか。凡人の自分には夕日と柿が「似合うらし」と呟いている貴方は、すでに凡人を脱していますよ。
  • 柿の蒂落なんてみずみずしき堕天

    ギル

    選者コメント

    夏井いつき

     熟れた柿がその蔕から自然に落ちるのが「柿の蒂落(ほぞおち)」。この豊饒な実りという名の落下こそが「みずみずしき堕天」である、と言い切ったところに美しい詩が生まれました。中七「なんて」の一語の、なんて瑞々しい詠嘆でしょう。
  • 朝捥いだ柿も覚悟もまだ未熟

    広島じょーかーず

    選者コメント

    夏井いつき

     今朝、自ら捥いできた「柿」は、どうにも硬くて美味いとはいえないものでした。そんな自分が胸に抱いている「覚悟」というものも「まだ未熟」で情けない限り。「柿も覚悟も」の音のリフレインが、わが身への乾いた失笑のようでもあります。
  • 漱石へ子規の添削柿の秋

    友咲恵子

    選者コメント

    夏井いつき

     子規と出会って俳句を始めた漱石。師匠然とした子規は、当然のように漱石の句を添削するのです。子規の柿好きは有名で柿の句も多々詠んでいますが、漱石にも『永日小品』に「柿」と題する文章があります。親友二人の、忘れ難い「柿の秋」です。
  • 柿四角生きる病と死ぬ病

    公木正

    選者コメント

    夏井いつき

     数多ある果物の中で、「柿」が四角っぽい実を成すのは自然界の不思議。人間の病気に「生きる病」と「死ぬ病」の二種類があるのもまた人体の不可思議。そんなことを思いつつも、今日の柿をひと齧りして、ひとまずは今日を生きるのです。
  • 柿の木の立派で柿に乏しくて

    多々良海月

    選者コメント

    夏井いつき

     代々大切にしてきた我が家の「柿の木」でしょうか、お庄屋さんのような古い家のものかもしれません。枝を張った立派な木なのに、柿の実はあまり成っていない。下五「乏しくて」の切れのない余韻に、老木の淋しさが凝っていくかのような味わいです。
  • 柿くえど身体のひだり側さびし

    みづちみわ

    選者コメント

    夏井いつき

    「柿」を食べてはみたものの「身体のひだり側」が淋しいとは、どういうことでしょう。そこにいるべき人がいないのか、左の手足が思うように動いてくれないのか。読者は「さびし」の一語の理由を我が事のように想像し始めます。

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